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2007年06月14日(木)
・д・)ノ〔● ォ'`ョゥ○〕ヽ(・д・`●)
人生の真価が問われる時期といえば、50歳代の10年間である。
30歳代までは、仕事や家庭の問題にただガムシャラの時期であり 40歳代は、ある程度の余裕ができ、基礎が確立できる時期。 50歳代が、その全てが熟成された結果ができて、自在に出来る時期になる。 自分の過去を振り返ってみて、充実という意味では一番安定していた時期であった。 そういえば、父親も亡くなる前に、50代が一番良かったと回顧していた!
私の場合、 20歳代までの三十年は、がむしゃら 30歳代は、自分の力の出し方がわかりかけてきた時期 40歳代は、色いろな部分で矛盾や失敗の揺り戻しがあり 50歳代は、もう一度、それまでの人生を見直しをしながら自己修正の時期 60歳代は、徹底的に足元を見つめなおす時期 というのが、現在の心境である
ところで人生は全て過去に覆われていて、その窓は「いま、ここ」だけである。 過去は打ち消すことが出来ない。過去の構造が「いま、ここ」をベースにする。 未来への意思は「いま、ここ」の中で、頑丈なものにする。
真価を問われた50代を過ぎた、60歳から80歳すぎは、 無防備に過ごしてきた人にとっては大変な時期となる。 性欲も、食欲も減退し、体力は落ちる一方で、 自分ひとりで切り開いていかなければならない時期に、 それまでの生き方が問われる。 その為、何十年かけて、その準備をしなくてはならない。 ただ生きている人生ほどつまらないものはないからである。
準備。 この成果が重要というより、前向きに生きる姿勢こそ、真価といえる。 50歳代か〜! 面白かった! ヾ(´Д`、)マタネ ・・・・・・・・ 2006年06月14日(水) 1898, 結婚の三条件 \(^▽^*)おはようございます! (*^▽^)/ 息子も結婚の適齢年齢になってきたが、 最近の結婚条件が以前の三高から3Cに変化してきたという。 ーその3Cとは、 Comfortable(快適な) - 今の生活水準を落とさない十分な収入。 Communicative(理解しあえる、通じ合える) - 価値観やライフスタイルが一緒。 Cooperative(協力的) - 家事や育児に協力的。 バブル期の「三高」(高学歴、高収入、高身長)と比較すると、 「高収入」は変わってないが他の条件が 「個人的な快適さや満足感」に変わっている。 女性が 「自慢できる夫」という見栄より、 「ラクさせてくれる結婚相手」を欲しがるようになった。 自分の満足を追求する時代の風潮であろう。 それに加え、最近では「三低」が求められるという。 「三低」とは、 ・低姿勢 ーレディーファースト ・低リスク ーリスクの低い安定した職業(公務員、資格保持者など) ・低依存 ー束縛しない、お互いの生活を尊重の男性 これは男性に対して言えることではなく、女性に対しても要求されることである。 こういうことが情報化社会で知られると、男女の結婚難の原因になる。 そんな男女何処にいるの?と考えてみたら、 共働きなら、そうせざるをえないか、前提条件になる?
それでは、自分は如何であろうか? 三高なら適応しないが、 3Cと三低なら、大筋は合致している? いやしていないか! 低姿勢は、三十数年の間に躾けられた?結果でしかない・・・ 低リスクは最近怪しくなってきたか? 低依存は、ただ無視されているだけか!
ー結婚を迷っている人に告ぐ! 鏡をジックリみて、 自分の履歴書をみて、 自分の両親をみて、 冷静に自分を判断しなさい! 貴方は特別な存在ではないのです。 自分を評価しすぎるな! ただそれだけである。 但し 卑下することもない! (。・∀・)ノ゙バイ! ・・・・・・ 2005年06月14日(火) 1533, タイソンの終焉
一昨日の昼、タイソンとマクブライトとの(ノンタイトルだが)、 ボクシング・ヘビー級の一戦がwowowで放映された。
6回終了後、試合放棄でタイソンが敗れたが、 試合後のインタビューでは涙を流して、「もう気力が出てこない!」 と言ったのが印象的であった。 一時代を築いた男も、これで終わりであろう。
相手のマクブライトは、明らかに2流選手。 肉体は贅肉でブヨブヨ、2メートルの巨体で出来る戦術は 小柄のタイソンに覆いかぶさって肉体的な疲れを待つだけ。 それに、まんまと引っかかった平凡な試合であった。 あの肉体に突き刺すようなフックやパンチは影を潜めていた。 終わりはこんなものだろう。
あと数日で39歳というから丁度引退時期。 20年前の野獣のような試合も、今は昔の話。 解説者のコメント「野獣が人間に戻ってしまった!」が、言いえて妙である。 日本での、まさかのKO負けや、イベンダー・ホリフィルドの激戦を思い出す。
あるHPに歴代のヘビー級の強さのランキングがあった。 もちろん時代が違うので、主観なのだろうが。 タイソンと、ロッキー・マルシャーノが入れ替えれば、こんなものである。
やはりモハメッド・アリは一番である! そういえば、この試合の前座でアリの娘が女子ヘビー級の試合をしていた。 娘が勝ったが、アリ本人も会場にいた。
このHPのランキングの殆どの選手を子供の頃から知っていた。 当時は、ボクシングと野球と相撲ぐらいしか、スポーツはなかった。 丁度、白黒TVが出はじめた頃に、ジョー・ルイスや、 ロッキー・マルシアノなどの過去の映像が流されていた。 現在は、歴代に残るようなスター選手はヘビー級にはいない。
ーーーー ー歴代ヘビー級ランキングー
1位 モハメド・アリ 2位 ジョー・ルイス 3位 マイク・タイソン 4位 ジャック・デンプシー 5位 ジョージ・フォアマン 6位 ジョー・フレイジャー 7位 ジャック・ジョンソン 8位 ロッキー・マルシアノ 9位 ラリー・ホームズ 10位 イベンダー・ホリフィールド
ーマイク・タイソンー
スーパースターの光と影。スポットライトを浴びる量が増えれば増える程、 影もまた大きくなっていく。 マイク・タイソンほどその影の部分が強調されるボクサーもいないだろう。 マイケル・ジェラルド・タイソンの世界デビューはセンセーショナルだった。 86年11月トレバー・バービックを鮮やかな2回TKOに下し、WBC世界ヘビー級王座へ。 20歳4ヶ月の史上最年少ヘビー級王者が誕生した。 アリ・ボクシングに欠けていたもの−パワーと迫力を再びヘビー級に持ち込んだ タイソンの登場は、時代の潮流として必然だったのかもしれない。
87年にはWBA王者ジェームズ・スミス、IBF王者トニー・タッカーを破り3団体の王座を統一。 90年2月、”世紀の番狂わせ”でジェームズ・ダグラスに10回KO負けで王座を失った。 私生活の乱れから、ボクシングにも狂いが生じたのだった。 ついには婦女暴行罪で収監され、4年間のブランクまで作ってしまう。 95年に復活したタイソンは、翌年3月フランク・ブルーノを3回TKOで破り WBC王座にカムバック。 半年後にはブルース・セルドンに1回TKO勝ち、WBA王座も手に入れた。 そして11月ホリフィールドの執念の前に番狂わせの11回TKO負けを喫する。 97年の再戦では有名な”耳噛み事件”で失格負け。ライセンスもサスペンドされた。
99年のカムバック後、順調に白星を積み重ねルイス挑戦も視界に捉える位置に上がって来た。 しかし、ここに来てまた私生活のお騒がせが増えている。 ルイス戦の勝敗の行方は、タイソンの”自らとの戦い”の如何によると言ってもいいだろう。 ー52戦48勝(42KO)4敗1NC。
・・・・・・・・ 2004年06月14日(月) 1168, 笑いについてー2
笑いについて、度々この随想日記で書いている。 動物のなかで笑うことができるのは、人間だけである。 人間はちょっと工夫すれば、いつでも笑うことができるし、 笑いの習慣化も可能である。
とくに、自分を笑うことができれば、その効果が倍増する。 自分を深刻に考えている時ほど、可笑しいことはない。 深刻な出来事も10年も経ってしまえば、どうでもよい出来事でしかない。 いや、むしろ滑稽とさえ思える事だ。 笑いは陽気な客観化をしてくれるし、自分自身の癒しになる。
また笑いは周囲の笑いを引き出すことができる。 自分が笑っていれば周囲にも笑いが広がる。 笑いは神が与えてくれた最大の贈り物である。
私の場合以前にも書いたことがあるが、日曜日を笑いの日にしている。 特にTVのお笑い番組みを効率よく使っている。 「新婚さん、いらっしゃい」 「笑点」 「からくりTV] 前日に録画した「BS笑点」である。 笑ってやろうと、待ち構えていると倍は笑える。 笑うから、可笑しいということが実感できるのだ。 笑えば心が軽くなるし、消化もよくなる。
同じ時間を過ごすなら、楽しい時間を過ごした方がよい。 とくに笑っている時間は人生で最も貴重な時間帯の一つである。 「笑え、笑え、もっと笑え!」 笑ってさえいれば、肩に背負った重荷は半減をする。 すべての悩みは、いずれは時間が解決をしてくれる。
どこの国でも「ジョーク」がある。 日本では落語があったし、川柳もあった。 これは笑いを国民レベルで創作をしていたのだ。 この随想日記にも「ジョーク」のコーナーがある。 最近は書き込みが少ないが。
まあ一番の笑いは、いい歳をして「お笑い」を見て大笑いしている自分だろう。 -- 以前書いた笑いについてを貼り付けておきます。 ーー 笑いについてー 1
2001年12月22日(土)
私の最大の素質は腹から笑える事だ! 昔からいろいろあったが、これは子供の時からの特技である。 激しい真ん中(商家)に生きていたからだろう。 笑っていなくては、やってられない!
TVの漫才をみて笑っていたら、親戚の叔母が見ていて不思議そうな 顔をして「どうしたらそうして笑えるの?」と学生の時聞いたことがあった。
笑うとは何だろう?もちろん理屈はある程度解かっている。 でも実感としての(笑)とは何?と考えた事があるか?
人生から笑いをとったら、残るのは何だろう? 笑う為に生きてきたみたいなものだ。それだけで人生元を取ったように 思える。いや感動・感激もいえる。
魂の顕現化といっていい!それでは落語家か、漫才家になればよい。 しかしそれは商品でしかない。
実際の(笑)は違う。心、いや魂の緩みだ! どういうわけか、過去を振り返ってみて、笑いだけは常にあった。 笑えない時期でも(笑)は別腹であったことは事実である。 その理由は今でも解かってないが、結局は背後に豊かさがあった為だろう。
家内に言わせると、どんな時期でもTVの「落語や漫才」を見て、 大笑いをしていたらしい。 でも本当にそうかと自問してみるとそうでもないか! 「凍りつくような時期」ではどうであろうか?笑いはなっかった! やはり結婚をして,家庭を持ってからはどんな時期にも笑いだけはあった。 それが家庭の効用?か。
・・・・・・・・ 2003年06月14日(土) 801, 一期一会 「一語一会」−2
「一期一会」それは元来、お茶の世界のこころとして 「すべての客を一生に一度の出会いとして、悔いのないようにもてなしなさい」 という意味である。
私が酒を人と飲む時に常に「一期一会」で飲むことにしている。 そうすると、飲み方が変わるのだ。 ある会が面白かった、といってそれはそのTPOS がたまたま良かっただけと 割り切るのだ。一回ごと徹底的に割り切って飲む。 店でもそうだ、一回こっきりと常に割り切って楽しむ。 そうすると酒の味も、その場の感じ方が全く違ってくる。 スナックなどでボトルを入れる人の気持も解らないでもはないが、私は絶対に入れない。 従ってあまり飲み屋のママにはいい顔をされないが、明日から二度と来ないかもしれない、 という緊張感が良いのだ。 そういえば一期一会の酒を数限りなく飲んできた。 そして、その全てが思いで深い、よい酒であった。 桜と同じである。一回性だからこそよいのだ。 年齢を重ねてくると、この意味が今更のように思い知らされる。 「べき時に、べく事を、べくすべし」を常に意識してことがよかった。 これは酒席だけの事を言っているのではない。
言語学者の西江雅之のー「ことば」の課外授業ーという本に 「ことば」はその場、その時、一回限りである、という趣旨のことがあった。 ー以下に少し書きうつしてみるー 現実の場では、人はことばを二度と同じようには言えない。 すべての発言は「一回限り」である。 たとえば「これは何ですか」と、同じ調子で二回言ったら、二回目はくどい と思われます。怒鳴っていったり、これも当然違ってきます。 また何か言う場合には、必ず前後関係があります。それによって嫌味になったり、 単なる質問でしかなかったり、・・・・・・・・・
以上のとおり、ことばも一期一会である。 もじれば「一語一会」といえる。 その意味では「ことば」にもっと注意をして話さなければならなかったと反省している。 それと感銘した「ことば」こそ一語一会と言える。 その意味でー事業百訓というカタチで、その時々に書き残してきたことも一語一会を 記録してきた事になる。 この随想日記もそういうことになる。
・・・・・・・・ 2002年06月14日(金) 437,地球に気が満ちている
朝散歩をしていて、今までにない全身に気が満ちていて驚いた。 何故だろうか、そうだサッカーのせいだ。 一球に地球上の多くの人の気が集まっている、それを毎日見ている為だ。 ワールドカップはサッカーを通した国家間の戦争ともいえる。
オリンピックは多くの競技で行われるが、 サッカーはその時間帯では一試合か二試合である。 それも自国の試合だけでなく、他の国も微妙に関係してくる。 少しのミスが取り返しのきかない致命傷になったりする。 数億いや10億人以上が全神経を集中してみている。
庶民レベルでは、今地球上のイベントでは最大の催事といってよいだろう。 地元で行われることにより、私のようなあまり興味のない人間でも 俄かファンになってしまう。
その為か見ている自分にまでも、そのエネルギーが流れてくる。 地球上がこの期間、人の気で満ち溢れる。 これからは勝ち進んでいく国にそれが集中していくのだろう。
フランスが前回優勝した時のフランスの気は、満ち満ちていただろう。 これとオリンピックが隔年で行われるのだから、丁度よいバランスである。
・・・・・・・ 2001年06月14日(木) [52] つれづれに
情報化社会がもたらしている時代の変化をつくずく感じる。 共産社会‐ソ連も東側ベルリンの壁も、遅くなったが自民党ー経政会?も 壊してしてしまった。 情報端末の究極は携帯TV電話だという。これが普及はじめる3〜4年先は想像不能だ!
この秋玩具メーカーから7〜8万円で撮影機のついた移動式ロボットが売り出されるという。 これだとTV携帯電話に連動すれば家の移動式防犯カメラになり、警備会社の存亡の危機 になりかねない。
ホームページに連動して個人や情報の公開や、お店なども家にいながら観て回れる。 あらゆる場所に固定して置いて、自由に公開しておけば世界のあらゆる場所に、 視界と言う意味で自由に何処でも飛べるようになる。
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