股・戯れ言
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ブルートレイン、車上の愛(中編)

満を持してブルートレインに乗車した私の目の前には、憧れ続けたベンチシートがあった。毛布とシーツと枕と浴衣(!)がきれいに畳んで置いてある。
ディス・イズ・旅!そう思った。
ベンチシートは横になっても十分余るほどスペースがある。おまけにカーテンを張り巡らせれば立派な個室だ。ライトもつけることができる。完璧だ。
夜行列車に住むことだって可能じゃないか、と思った。
しかしいきなり横になるのも勿体ない気がしたので、毛布の山によっかかって座り、出発の時を待つ。もう頭の中は銀河鉄道999のイントロでいっぱいだ。
ブルートレインと聞いて、頭に描くものは2つある。
ひとつは先にも述べた銀河鉄道999。星野鉄郎似の顔面を持つ私としては、ポンチョ持参なのである。乗車した途端に羽織りました。
もうひとつはドカベンである。ブルートレイン学園。あそこのピッチャーは隼だったな・・・そう、私が乗っているのも熊本行き夜行列車「はやぶさ」なのだ。なんたる偶然!なんたる幸運!
ワクワクしているうちに発車。あっけない。
ウェル歌夢・トゥ・17時間の旅・・・

17時間の旅といっても、東海道線のレールを使っての旅なので、品川、横浜、大船という道順に目新しいものはない。なので、横浜過ぎ頃には知らず知らずのうちに眠りについていた。
目を覚ましたら沼津。小田原や熱海はとっくに過ぎていたらしい。
大学の頃、なんとなく授業出るのがイヤになって東海道線で沼津まで行ったことがある。大学とは無関係の友達を誘ったら130円切符を買ってついてきたんだった。(私は定期使用)沼津なんて遠いなーもうJR東日本管轄じゃなくてJR東海管轄だよ、わーずいぶん遠くまで来たんだなーなどと大騒ぎをしたものだが、それから5年。沼津は遠いところではなくなっていた。私が目下目指しているのは熊本なのだから。
ちなみにこの沼津旅は帰りの列車がテキ屋夫婦との相席で、そのテキ屋夫婦の話すヤクザ話がおもしろくてたまらなかった。旅はいろいろな人との出会いといろいろなアクシデントとの出会いだと心から思う。
熊本に行くまでに出くわすアクシデントは一体どのようなものなんだろうか。

などと呑気に思っている場合ではなかった。
沼津を通り過ぎ、静岡を通り過ぎ、順調に進んでいくはずの「はやぶさ」がなんでか知らないが菊川という駅で停車した。
あれ、この駅で停まる予定はなかったんではないのか?ベンチシートにすっかり横になっていた私は頭を上げて窓の外を見た。雨が降っているようで、ホームでは高校生がふざけあっている。田舎の駅は電車がなかなか来ないからね、そりゃ待ち時間にふざけあいもするわな、などと微笑ましく思ってから5分、10分、20分・・・動かない。電車が前に進もうとしない。
なんでだよ!
コレ特急だろうよ!
いやーな予感が立ち込める。不貞腐れて買ってきた本を読み始めることにした。本のタイトルは「妻は多重人格者」。なんでこれを選んだのかはよくわからない。別に24人のビリー・ミリガンや5番目のサリーや多重人格少女ヒロ(別人格の名前がヤンキーとかビジュアル系好き女の当て字っぽくて胡散臭かった、すぐアニメ声出すし)が好きというわけではない。適当に時間が潰せると思っただけだ。
読んでいるうちに放送が入る。
「磐田駅で起こりました人身事故の影響で、しばらく停車になります」

しまった。
新幹線に慣れた我が身はすっかり忘れていたのだった。
「寝台特急はローカル線と同じ線路を使っている」ということを。
つまり踏み切りはそこかしこにある。つまり踏み切りに置石をするバカだっているし、「ラスト・ソング」のように線路の上を歩くバカだっているんだった。
どこのバカが電車走行を妨げるんだよ。恨めしい気持ちになる。
「妻は多重人格」を読んでも読んでも電車は動きそうにないので不貞寝をする。起きる。不貞寝をする。起きる。読む。タバコを吸う。寝る。起きる。
・・・こんなにいろんなことをしてもなんで動かないんだよ!
イライラが募る。自分がせっかちであることを自覚する。
気がつけば窓の外でふざけていた高校生の姿も見えなくなっている。ああ、反対方面は動きだしていたのか。それもとっくの昔に。

電車が再び動き出したのは約2時間後のことだった。
本も終わりぐらいまで読んでしまった。磐田駅を通り過ぎると、駅の周りにはパトカーや救急車が止まっていた。何があったかは知らない。確実にいえることは、11時30分熊本着だったはずなのに、到着は13時30分以降にもつれるということだ。
作業は16時45分からだが、もしかしたら間に合わないかもしれないじゃないか・・・!
頼む、遅くとも14時までには到着しテー。(なぜならば作業前に風呂に入りたくてたまらんからだ)

そんな気持ちに駆られながら、いつしか深い眠りに落ちていた。
浜名湖を通り過ぎたことも覚えてないし、セントラルタワーの下を通過していったことも覚えていない。
名古屋までも在来線で行ったことがあったが、その時の背中・腰・尻の痛くなり具合といったらたまったもんではなかった。横になれるというのは偉大なことである。さっきも書いたが、私が在来線線路をたどって目指しているのは熊本なのだ。名古屋よりもうんと遠い。横になれてナンボである。

次に目が覚めたのは、真夜中の3時ごろだった。
どこを走ってるのかもわからないくらいの真夜中である。もう神戸辺りだろうな、と思ってしばらく窓の外を眺めていた。なぜ神戸辺りだと思ったかに根拠はないんだが、ぐっすりと眠ってしまったので関西を通り過ぎるくらいだろうと思ったからだ。というか、2時間の遅れを巻き返してくれてるだろうな、いろんなところを足早に通り過ぎてくれただろうな、という寝台列車に対する脅迫みたいな気持ちがあったのだ。とりあえず進んでくれ。停まらないでくれ。ウォーク・オン・バイー、ウォーク・オン・バーイ〜とヒュー・コーンウェルばりに心の中で叫び続ける。心臓がジャン・ジャック・バーネルのベース音のようにブンブン唸りださんばかりの勢いだった。

しかし、そんな私の期待も空しく、列車が通り過ぎた駅は「茨木」。
ああ、大阪にも辿り着いてないンだね、この列車。
泣きたい。
アイ・ジャスト・ウォント・トゥ・クラ〜イ、ウォーク・オン・バ〜イ〜ウォーク・オン・バ〜イウォーク・オン・バ〜イ
という部分が脳内エンドレスになったのは言うまでもない。

と思っていたら大阪駅から乗ってきたのか、それまでもずっと乗っていたのかは定かではないんだが、乗客の女性が小声で車掌に話しかけている声が聞こえてきた。
「この列車、3時間遅れてるってことは、振替乗車できますよね?どっかの駅から新幹線に振替乗車して欲しいんですけど」
大胆な話だ。振替乗車は電車事故の場合はよくある話だが、在来線から新幹線に乗り換えて。すごい申請しているな、としばらく感心していたのだが、途中である事実に気づいてハッとする。
3時間遅れてるってことは、11時30分の到着が14時30分の到着になるってことではないか。
作業先が熊本駅から近いのか遠いのかだって定かではないのに、16時45分に間に合うのかコレ。間に合わなかったらどうなるんだ・・・間に合わなかった理由が「夜行列車で熊本に向かってたから」なんてことになったら大変だ。「だから飛行機で行けって言っただろうよ!」というみんなの声が聞こえる・・・みんなの痛みを感じる・・・正確には「オマエ、ホントにイタイ奴」と思われるのを感じる・・・
次に無感覚になる。単にすぐ眠くなったので、考えずにまた寝てしまっただけなんだが。

再び目が覚めたときは、空が白んでいた。
夜が明けたのか。夜が明けたら、一番早い汽車に乗って・・・
って、もう乗ってるしな。
と浅川マキの曲に心の中でツッコミを入れて、ここがどこなのかをまず考える。
進行方向から右手には山、そして左手には漁港らしき海が広がっている。造船所の煙突のようなものもちらほら見える。
山のふもとの街には急な階段がたくさん見えた。
・・・尾道だ!
これが尾道なのか、と思うと感慨もひとしおだった。しかも夜明けという最高のシチュエーションだ。瀬戸内海というと夕日が美しいというイメージがあるが(実際、高松に行った際に夕暮れの瀬戸内海をわたった事があるが、心の中でG線上のアリアが鳴り響いたほど素晴らしい景色だった)、朝日だって十分麗しかった。
夜行列車に乗ってきてよかったなと思う。夜行列車に失望しかけていた自分を恥じる。さよならそんな俺!

そして再び眠りについたのだが、ほどなくして車掌が「新幹線に接続しますんで、お急ぎの方はお申し出てください」と回ってきた。新岩国だか徳山だかで新幹線に乗り換えてもかまわないという。
尾道を見る前までは新幹線に乗り換える気マンマンだったのだが、もうここまで来たらこいつに乗って熊本まで行ってやらぁ。落ち着いている人間ならば新幹線に乗り換えるのが得策だろうし、俺もそろそろ落ち着く年齢にきてるのはわかっているのだ。
だけどだけども人生は長いじゃない。そう、夜行列車で行くあの街はきっといいよ。そう思った。いつだって身軽な俺じゃないか。
このままウォーク・オン・バイすることにした。

つづく
2005年03月02日(水)

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