気分を変えようと、久々に美容院へ。 ばっさばっさと落ちて行く毛束を見ているのが気持ちいい。 それにしても、どんなオーダーの仕方をしても、いつも高島礼子のをちょっと短くしたような髪型になるのは何故?(少し伸びたら高島礼子の髪型) すっきりしたけど、どうせなら襟足も切って短めボブにすればよかった。
私が特に人間関係において、いつも自分にいい聞かせていることは 「結局皆平等につくられている」 「因果応報」 「どこかで全部繋がっている」ということ。 激しく相手を好きになったり嫌いになったりする場合、常に鏡の自分と向き合っているようなものである。
江原啓之氏のスピリチュアルブックを読んでいる。 彼を推薦している人達があまり好きでなかったのもあって(林真理子とか)、どうも胡散臭いと思っていたが、雑誌の人生相談やコラムを読んでいると、言葉を大事にしているひとだな〜と最近気になってきたので読んでみた。 この人はあれだな。 コーラやジュースやコーヒー紅茶もいいけど、やっぱり自然の水が一番うまい、と思わせる言葉の使い方ができるひとだ。 彼が書いているように、出会うべくして手にとった本だなあ、と実感する。 スピリチュアルなんとか、というのはぴんとこないけど、「どこかで全部繋がっている」という漠然とした思いが、江原氏にかかると絵本でも見せてもらっているようにすーっと理解できるし、馴染む。
きちんと学んで、きちんと渇けということだな。 寂しいと感じるから満たされることを知るわけで、寂しいと感じるまいとおかしなものでふたをしていると、いつまでたっても満たされることがない。
それにしても、私は植物をよく枯らしちゃうんだけど、本当に緑が疲れを吸い取ってくれたのかもしれない。 自分がマイナスエネルギーを出しているときって、手におえないくらい酷いから、植物も大変だったろう。 ありがたいことだ。
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