もんすん日記

2004年04月29日(木) きちんと渇くために

気分を変えようと、久々に美容院へ。
ばっさばっさと落ちて行く毛束を見ているのが気持ちいい。
それにしても、どんなオーダーの仕方をしても、いつも高島礼子のをちょっと短くしたような髪型になるのは何故?(少し伸びたら高島礼子の髪型)
すっきりしたけど、どうせなら襟足も切って短めボブにすればよかった。

私が特に人間関係において、いつも自分にいい聞かせていることは
「結局皆平等につくられている」
「因果応報」
「どこかで全部繋がっている」
ということ。
激しく相手を好きになったり嫌いになったりする場合、常に鏡の自分と向き合っているようなものである。

江原啓之氏のスピリチュアルブックを読んでいる。
彼を推薦している人達があまり好きでなかったのもあって(林真理子とか)、どうも胡散臭いと思っていたが、雑誌の人生相談やコラムを読んでいると、言葉を大事にしているひとだな〜と最近気になってきたので読んでみた。
この人はあれだな。
コーラやジュースやコーヒー紅茶もいいけど、やっぱり自然の水が一番うまい、と思わせる言葉の使い方ができるひとだ。
彼が書いているように、出会うべくして手にとった本だなあ、と実感する。
スピリチュアルなんとか、というのはぴんとこないけど、「どこかで全部繋がっている」という漠然とした思いが、江原氏にかかると絵本でも見せてもらっているようにすーっと理解できるし、馴染む。

きちんと学んで、きちんと渇けということだな。
寂しいと感じるから満たされることを知るわけで、寂しいと感じるまいとおかしなものでふたをしていると、いつまでたっても満たされることがない。

それにしても、私は植物をよく枯らしちゃうんだけど、本当に緑が疲れを吸い取ってくれたのかもしれない。
自分がマイナスエネルギーを出しているときって、手におえないくらい酷いから、植物も大変だったろう。
ありがたいことだ。


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