日々雑感
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アパートの同じ敷地内にある大家さんの家に家賃を届けに行く。玄関の前には鉢植えの黄色い福寿草と小ぶりの梅の木。梅の花びらが玄関先に散らばっている。
大家さんは、もう80歳に届くくらいだろうか。姿勢がよく、朝早くから箒を片手にくるくると動き回っている。とても丁寧な人で、毎月家賃を届けるたびに「どうも、すみませんねえ」と言って深々とお辞儀する(つられてこちらも、両手と両足をそろえてお辞儀する)。道端で会ったときも、ちゃんと足をとめて同じようにお辞儀してくれる。
この大家さんを見ていると、母方の曾祖母を思い出す。ちょうど今の大家さんくらいの年齢の姿。曾祖母のことは、みんなして「ばばちゃん」と呼んでいた。居間のすぐ隣りにある「ばばちゃん」の部屋は、少し薄暗く、いつも湿った匂いがしていた。犬のぬいぐるみやいろんなおもちゃがあって、その部屋にいるのは大好きだった。食事が終わると必ずその部屋にいって、しばらく遊んでいたのだ。けれども、ばばちゃんの声が思い出せない。思い浮かぶのは、笑いながら、じっと静かに座っている姿ばかりである。
最近になって、若い頃の話を聞いた。ばばちゃんは女ばかり6人の子どもを産んだ。人の世話をやくことがとにかく好きで、いつも大鍋いっぱいに何か料理をつくっては、見知らぬ人も家に上げて食べさせていたという。大きな橋の工事のために遠くからやってきた人たち、行商の人たち、近所の子どもたち。「学校から家に帰ると、いっつも知らない人が寝転がったりしてたなあ」6人姉妹のいちばん上だった祖母は言う。元気で、気が強く、よくしゃべる。町内の女相撲に出場したこともあったらしい。
静かに座っていたばばちゃんの姿と、ときには男の人をも叱りとばすような若い頃の姿と、どうしてもうまく結びつかない。けれども、それも確かに「ばばちゃん」だったのだ。いろんな風景が、ばばちゃんの中でひっそりと層をなしていたのだ。
ばばちゃんの娘たちは今も皆元気で、6人ともよくしゃべって、よく笑う。その姿を見ていて「ああ、若い頃はこんな感じだったのか」とハッとした。なるほど。
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