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Written by ビノ
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2002年07月10日(水)
Dead or Alive.
「死ぬのが恐い」ってのは、最近の価値観なんだそうです。もっと宗教が幅を利かせていた時代は死ぬことは恐いことではなかったそうです。
キリスト教でも、仏教でも(イスラム教は知らん)、死と生は連続で、断絶していません。キリスト教であれば神の国へ迎えられる(ネロとパトラッシュのように)、仏教であれば仏となる、或いは輪廻する、といったようなことです。そのように生と死が連続しているということは、つまり「死なない」ということです。よって、死ぬことは死ぬことにあらず、そして死を恐れる必然性がない、ということになります。
それがどれだけ信用できることか、ということには疑問が残ります。なぜなら、そもそも宗教というものが、死の恐怖への対抗手段として生まれたのではないかと思うからです。人間(生物)は元来死の恐怖を抱えており、だからこそそれを和らげるために宗教が生まれたのではないか、と思うのです。もしそうだとすれば、いかに宗教が幅を利かせていようと、やはり人間の根源には死への恐怖があることを宗教の存在自体が後押ししているわけで、相当盲目的に宗教に傾倒している人以外は、根源的に死を恐れていたのではないかと思うのです。
しかしなんにせよ、それにより死への恐怖が和らげられていた、ということは事実なのではないかと思います。そこに効果が認められるからこそ、宗教が幅を利かすことが出来たのではないかと思うからです。
「仕事が大変なのは当たり前」とよく耳にします。それは本当に当たり前のことなのか?と私は疑問を抱きます。ただ単に、仕事を「大変に」することで死への恐怖を忘れようとしているだけなのではないのでしょうか?そもそも「当たり前」という言葉自体、科学的というよりむしろ宗教的な言葉のように思います。宗教が衰退した現代、結局人は「仕事が大変なのは当たり前」という宗教に依存して、死への恐怖を忘れようとしているだけなのではないかと、そう私は思うのです。
と、言い訳じみたことを書いてみました。つーか、日記ぢゃないし。 |
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