Opportunity knocks
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「第四の手」読了。 どちらかというとコメディっぽい感じ。 思ったより楽しくテンポ良く読めた。
帯には抱腹の純愛小説と書いてあるのだけど、普通に想像する純愛物語とはかなり趣が違う。アーヴィングに純愛ものを書かせると自然にこんな感じになってしまうのだろう。そこらへんが可笑しくて読みながらくすくす笑ってしまった。
ライオンに手を食べられてしまったTVマン、TVマンに移植された夫の手に対して面会権を主張する未亡人・・いつもながら突飛なシチュエーションなのだけど、なぜか、なぜか現実味を感じてしまう。 特に、未亡人に結婚を申し込みに行く日の前日、「あなたの子種が欲しい」と迫る女性に押しきられてしまい、子作りに協力してしまう場面とか、(しかも彼はわかってもらえるという希望的観測のもとにそのことを、今から結婚を申し込もうとする人に話してしまう)確固たる意思を持って結婚したいという人がいるにもかかわらず、メーク係の女の子に欲情してしまう場面など、なんて節操のないやつ…と憤慨するのだけど、これこそ男の本当の心理なのではないかと、思わず考えてしまうのだ。
(うーむ・・この文章を読む限り何だかむちゃくちゃな小説じゃないかと思われてしまいそうだけど、それはわたしの書き方が悪いせいであって、小説自体はすごくバランスのとれた面白い小説です、ほんとうです)
それにしてもアーヴィングの小説は読後がとても良い。 良いというのは、単純にあー良かった、ということではなくて、良い感じの余韻を残すという意味。「未亡人の一年」を読んだときも「ガープの世界」を読んだときも「サイダーハウス・ルール」を読んだときもそうだった。たぶんそれはふくらみにふくらんだ物語が、おさまるべき場所へきちんと収束されていくからではないかと思う。それはつまり、プロットの骨組みが揺るぎ無くしっかりしているということなのではないだろうか。
表現とプロットの折り合いってすごくたいへんだと思う。あれもこれも表現しようとすると、プロットが次第に揺らいで全体的にまとまりのない小説になってしまうし、表現力が感じられない小説はプロットがしっかりしていても、あまり魅力があるとは言えない。アーヴィングの小説は違和感なくそのバランスを絶妙に保っている。ほんとうにすごいと思う。
アーヴィングは1つの小説を書くのに第一稿に2年かけ、書きなおしに最低でも一年かけるのだいうことを何かのインタービュー記事で読んだ。あれだけの長編をかくわけだから、それくらいの時間はかかるだろうと思うのだけど、その間の作品にかける集中力とある種の根気強さみたいなものを考えると、本当にタフな人だなと感嘆してしまう。そういう感動を感じたいがためにわたしはアーヴィングの小説を読んでしまうのだろう、きっと。
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