Opportunity knocks
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| 2002年09月12日(木) |
愛すべき俗物とそうでない俗物 |
今日は1日家にこもってずっと本読み。 コンタクトも化粧もせず、はねまくった髪の毛のまま(洗顔と歯磨きくらいはした)ソファに寝転んで「フラニーとゾーイー」を読んだ。
結論、というか感想をさっきから書こうとしているのだけど、なかなか、というか全く言葉がでてこない。ようするに自分でもこの小説のことをどう思っているのかはっきりしないのだと思う。 ゾーイーが乗り越え、フラニーが乗り越えようとしているものの先にあるもの、それはある程度の高みなのだということはわかる。そこに到達することで、彼らはようやく心の平穏を手にする事ができるのだということもわかる気がする。ゾーイーは経験的にそれを知っているからこそ、フラニーをそこへ導こうとするのだ。それは確かに美しい兄弟愛なのかもしれない。そういうものをがすごく緻密に系統立てて書かれていると思う。
フラニーもゾーイーももしかして可哀相な人なのかもしれない。多くの人が気付かずに素通りしていけるものを彼らは見過ごす事ができないのかもしれない。それはすごく多難な人生なのかもしれない。サリンジャーはそういう風にしか生きていけない人間のことを書きたかったのかもしれない。
読み終えてからも、自分がこの小説のことを好ましく思ってるのかどうかよくわからない。でも、それでも読む意味のある小説だとは思った。 今度出る村上春樹氏訳のライ麦畑〜を読んだら、少しはサリンジャーの世界をより理解できるようになるかもしれない。
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