Opportunity knocks
DiaryINDEXpastwill


2002年04月22日(月) 方向性

2回生になって履修する教科書やらテキストやらが、どかっと送られてきた。
文学概論、中国文学史、中国古典文化史、東洋文化史、仏教文学概論、比較文学
などなど。興味があるものもあるし、全くと言っていいほどないものもある。

言語学概論のテキストをぱらぱら流し読みしてみたのだけど、なかなか興味深い内容だった。言葉の起源からはじまって、言語と大脳の関わり合いといった生理学的なものから、チンパンジーの言語習得訓練に関する記述や第2言語習得についてのメカニズム、時代の変遷による言語の変種について、言語と社会のかかわり(方言や敬語の使い方)などなど面白いものが結構あった。
中でも、「ピジンとクレオール」という単元はかなり興味をひかれた。
ピジン、というのはおおまかにいうと混成語という意味になるかと思う。
英語のbusinessという言葉が中国風に訛ってできた言葉で、中国人とヨーロッパ人が商取引の際に使ったというのが起源らしい。
語源に関しては所説あるようだけど、ようするに言語を異とする人たちの間で使われた、商用的で単純化された言語がひとつのかたちとして定着したものといえるかもしれない。

そのようにして使われるようになったピジンをもっと日常化し、さらに第1言語(母語)として使うようになったものがクレオールらしい。
クレオールといえば、アメリカの南部がまだフランスの植民地だったころのなごりで、フランス文化とアメリカ文化が融合した文化のことが頭に浮かぶのだけど、
ようするに、2つの異なる言語、または文化が互いに影響しあって生まれた言葉
ということなのだろうか。

「お互いの言語を知らない人たちが、ある期間、継続的に接触して意志の疎通を図らなければならないような場合には、どこにおいてもピジンのような言語が生まれたと考えられる」とテキストに書いてあったのだけど、ピジンは世界中に分布している。歴史的にみて、十字軍、奴隷貿易、各国との交易、植民地開拓などがピジンの生まれた要因になっているようだ。
スワヒリ語なども、クレオールの1つに分類されるらしい。
テキストをみてみると、もともと使われていた現地語であるバンツー語と、商人の使っていたアラビア語が接触して生まれた言語、とある。
現在スワヒリ語は、ケニアとタンザニアの公用語となっていてかなりの人々に使われる言語となっている。

日本語にあてはめて考えてみると、ブラジルやハワイ、アメリカの西海岸などへ移住した人たちや、戦後日本に駐留したアメリカ人との間で使われていた言葉が、それにあたるらしい。

ピジンに関する部分を読みながら、何となくこういうものに自分は興味があるんだなあ、というのがおぼろげながらわかってきた。
2つの異なるものが影響しあった結果生み出されるもの、わたしはそんなものにみょうにひかれてしまうのだ。ラフカディオ・ハーンに興味があるのもそういう理由からだと思うし、比較文学に興味があるのも同じ理由だと思う。

まだ荒地に鍬を入れたばかりの状態で、どんな実りがあるのかもわからないけれど
いつかはそれなりの収穫を手に入れたいと思う。
がんばろう、うん。


n |MAIL