TOI,TOI,TOI!
オッフェンバッハ作曲の「トトの城」というオペレッタがある。 ある、といっても存在しているのはスコア譜だけ。 上演されたことあるんだかないんだかよくわかんないこの作品を、ほとんど学生だけの力で上演しよう、という企画に参加していた。先月のこと。
フォーヒャルトから、「コンミスを探してるというから、キミやってみなさい」と言われて引き受けたのだった。先生も企画の内容はあまりよく把握してないみたいだった。
楽譜は、練習初日になってもまだ全部揃わなかった。その日にもらった楽譜をその場で読んで弾く、というのが数日間は続いた。 それに加え、練習では、とにかくミスプリントによるすごい音がいっぱい鳴った。 初見な上にそんななので、もうぐちゃぐちゃで、端から見たらただの下手なオーケストラだった。オペラ(オペレッタ)を振るのは人生初に違いない若い指揮者はどんどんイライラしていった。 楽譜作りを手作業(コンピュータ)でやると、よっぽど気をつけていてもどうしてもミスが出る。ちゃんとした出版社による楽譜ですら、ミスプリは珍しくないのだから、素人の作業で出るミスは、それ以上になって当たり前だ。
練習場所の問題で、練習開始が20時になった日もあった。20時から24時までのプローベなんて、いくらなんでもひどすぎる。全員疲れと共にイライラも頂点に達した。
練習の大半を譜面の確認作業に費やし、その他のことがなにも出来ない。指揮者はイライラしてものすごく態度が悪かった。私と指揮者も個人的にうまくいってなかった。人種差別だかなにが気に入らないんだか知らないが、明らかに私のことは無視し、私の隣のイングリット(ドイツ人)と全ての事を進めていたので、私は非常にむかついていた。
ある日、指揮者の、信じられないほど失礼な行動に、私はプチンと切れた。 私はもうこの企画を降りたくなったので、指揮者に電話して言いたいことを全てぶちまけたあと、出来る事なら明日から弾きたくないんだけど、それは可能か。と言いきった。 彼は、今までおとなしかったアジア人の突然の逆襲にたじろいで、しばらく口がきけなくなっていた。そのあと「申し訳ない」を繰り返した。 そのあと、この企画のまとめ役である、演出のアレクサンダーから電話がかかってきて、 「話を聞いた。彼は明らかに間違っていた。降りることが出来るかという質問だが、キミは降りることはできない。キミが必要だからだ。頼むから明日来てくれ。」 と長い長い説得をされた。キミが必要だ、というあまりにもくさい台詞に笑えてしまって、怒りも消えた。
次の日からはBad Emsに移動してのプローべだった。 Bad Emsというフランクフルトから電車で二時間ぐらい離れた小さな町にある劇場で、その3日後に本番だった。
アレクサンダーから話を全て聞いたイングリットと、移動のバスの中でいろいろ話をした。かなり救われた。
その日の練習の休憩時間に、イングリットが抱きついてきて、「ノブコ、おめでとう!」 と言った。「今日、誕生日だって、今携帯メール見て・・・」 マライケだった。
休憩後の練習で、オケ全員でいっせいにハッピーバースデーを弾いてくれた。舞台の上の歌手も合唱もわざわざ集まって歌ってくれた。イングリットが休憩中に急いでみんなに伝えてくれたのだった。
この『びっくりハッピーバースデー』は本当に嬉しい。 なにも知らずに譜面にある音を弾いた瞬間!いっせいに「♪ハッピバースデー・・・」と全員での大合奏。今回はしかも、合唱つきだなんて・・・もうきっと二度とないだろう。
イングリットに「ありがとう〜。イングリットがやってくれたんでしょ」 と言うと、「マライケにお礼言って。彼女のおかげだから」と言っていた。
指揮者にその日の練習後、呼び出された。彼は「私が間違いだった。すまなかった。うまくいかなくて焦って、おかしくなっていた。」 と誤った。とにかく本番を成功させましょう、と話して和解した。
本番の日は、私は朝からフランクフルトで別のプローべがあったため、一度フランクフルトに帰って夜の本番に間に合うように戻るという危険なスケジュールだった。 どじな私は、ホームを間違えるという単純なミスで乗るはずだった電車に乗れなかった。全身の血が引く。次の電車は本番10分前にバートエムス駅につくという電車。 「誰か駅に車で迎えに来て!無理ならタクシーでいく」とオケのメンバーに電話した。 この話は一瞬で劇場中のスタッフに広まり、みんなただでさえ本番前でテンパッているところにこの話で、劇場中大騒ぎになった、と友人。
結局途中のコブレンツという駅で一時間もの乗り換え時間があることが分かり、コブレンツに車で迎えに来てもらった。車だと20分程の距離だった。
というわけで、結局本番30分前に余裕で劇場に入った。 とにかくお騒がせしまくりの今回の私だった。 本番はうまくいったのでホッとした。
≪ ≫
|