TOI,TOI,TOI!
2002年04月26日(金) |
久しぶりなのに、重い話。 |
この2ヶ月近く・・・いろいろあった。
今日は『あの日』のことをここに書いておこうと思う。
1ヶ月半も前のことだ。もう自分の中では消化している。でもあの日のことは、今でもすべて鮮明に思い出すことができる。 重い話になってしまうと思うが、自分のためにここに書いて残しておきたいと思う。
カッセルで居候させてもらっているお宅は、たくさんの鳥を飼っている。 オウムが3羽に小鳥が3羽。南国の鳥だそうで、鳥小屋は暖房付き、決まった時間になると自動的に雨が降る。3畳ぐらいはある立派な小屋。
オウムは、緑色をした雄が2羽、雌は真っ赤。両方ともなんとも鮮やかな色だ。この世にこんなに鮮やかな色の生き物がいるのか!と思った。
小鳥達は、空色と白の混じったのが1羽、赤、緑、黄と混じったのが2羽。いつも3羽くっついてピーチクパーチクにぎやか。
「立派でしょう!可愛いでしょう!」 ご夫婦自慢の鳥達なのだった。
ミド、という雄のオウムがいた。 ほかの2羽が立派なのとは対照的に、見るからに弱々しい。ストレスで自分の毛をむしってしまって、体の半分ぐらいは灰色だった。そいつは、ほかの2羽にいじめられてるみたいだった。
2月、私が初めてこの家にお邪魔したその日、ご主人が鳥小屋を見て 「Unglaublich!(信じられない!)」 を連発していた。ミドが、飛んでいる!という。ミドは、3年前にここに来てからただの一度も飛んだことがなかったそうなのだ。確かに、その弱そうなオウムが、ばさばさっと不器用そうに飛んでいた。 私が初めて鳥達に会ったその日は、偶然にもそんな日だった。 目に涙を浮かべていつまでも小屋を見ているご主人を見てたら、ミドに今日会ったばかりの私までなんだか胸がきゅんとしてしまったのだった。
ご夫妻がアフリカに2週間ほど旅行に行っている間、私は植木の水やりと、鳥の世話をすることになった。
伸「3月10日、11日と2日間だけフランクフルトにいなければなりませんが、それ以外はずっとカッセルにいます。」餌は3日に1回で大丈夫だそうだ。3日間で空になるから、というメモがあった。
3月12日。 カッセルに戻り、家のドアの鍵を開けた瞬間、鳥小屋から・・・。
「ビー!!ビー!!ビー!!!ビー!!!ビ―――――!!!!!」
ただごとではない、鳴き方だった。 胸騒ぎがした・・・。
急いで小屋に行くと、留守にする前とは明らかに小屋の空気が違っていた。 殺伐としていた。 オウムがものすごい目つきをして、叫んでいた。怒っているのだ。私に対して怒っている。怖い。 空になっている餌箱に餌を入れると、オウムがものすごい勢いで飛びついてきて、慌てて餌箱から手を離した。胸の鼓動が一気に速くなった。
次の瞬間・・・私は目を疑った。
「うそだ」
私は、思わず声に出してつぶやいていた。
目を疑うしかなかった。うそであってほしかった。
小鳥が1羽、仰向けになって死んでいた。
私の胸に、すーっと冷たい風が入り込んできて、一瞬で凍り付いてしまった。 息が出来なかった。
ひっくり返ったその死体は、苦しい最期だったことを物語っていた。
私の中に、そのままにしておいてはいけないという気がおこった。
その子を拾い上げた。
私の手は震えが止まらなかった。
その子の顔には、はっきりと苦しみの表情が浮かんでいた。
目の後ろに、目と同じぐらいの大きさの穴がぽっかりと開いていた。 オウムからの攻撃を受けたことは、明らかだった。
身体はまだ温かいような気がした。自分の手が震えていて分からなかったが、まだ息があったのかも知れなかった。
その子を部屋にいれ、ティッシュにくるむと、この事実を事実として受け入れるしかなくなった。これは現実なのだ。
そして・・・私は小屋を見た。
ミドがいない。
私は、はっとした。留守にする前日から、姿が見えなかったのをそのときになって思い出したのだ。そのときは、そんなに気にも留めていなかった。再び、激しく胸騒ぎがした。いやな予感がした。
ティッシュにくるまれた小鳥を見た。 あんなに、ピーチクパーチク楽しそうに生きてたのに、今はティッシュの中で固くなっている。
ミドがいないことを、今になって思い出した私。私は、仕事のことで頭がいっぱいだったのだ。 小鳥の死体は、私に訴えてきた。 「飼い主が世話をしなければ、俺達は死ぬのさ。」 それがペットというものなのだ。自分で食料を調達してくることが出来ない。小屋の中にいるのだから。檻の中に。なにかとてつもなく重大なことを気付かされた気がした。
私は、言われたとおりに世話をした。だから私のせいじゃない。 しかし。あんなにご夫婦が愛情を持って世話をしているのに、私はこれっぽっちの愛情も注いでいなかったことに、そのとき気付いた。そして鳥達はそれを敏感に感じている、と思った。
ミドのことが気になりながらも、その日も仕事に行かなければならなかった。いつもの景色も違って見えると思いながら、こんな日は誰にも会いたくないのに、と思いながら出かけた。楽器を弾いてても上の空だった。自分以外のすべての人間は普通に正しく生きている。自分だけが最低の人間。そんな風に見えた。この時点であの事実を知っているのは自分だけだった。これは現実ではないのなら、どんなにいいだろう・・・とまだ夢の中にでもいるような気分だった。オケにいったら、いつもどおりの日常的な風景があった。それが辛かった。すべては、やはり現実なんだと言われている気がした。
夜、帰って、鳥小屋にいった。
意を決して、隠れられそうなところを全部探した。
暗い中、それはピンク色のプラスチックのように見えた。 ミドのくちばしだった。
そして、 一瞬しか見なかったが、それは私の目にしっかりと焼きついた。 ミドに、無数の虫が集っていた。
あまりのことに、私は大声を上げてしまった。
もう自分ひとりで抱えていられる問題ではなくなっていた。 隣りの家の人を呼んだ。すぐ来てくれて、見てくれた。 死んでいるね。と言った。 虫がたかっているね。とも言った。 知っていた。私も見たから。でも初めて人に話したことにより、本当にこれを現実だと認めざるを得なくなった。これは夢でもなんでもなくて・・・。
私の中で何かが切れた。
涙が出た。拭いても拭いても出た。
次の日から、2羽の小鳥達は、ぴったりとくっついてひとつのボールのようになってじっとしていた。こちらに背中を向けて、ずっと丸くなってじっとしていた。
とても悲しい光景だった。
2日後、空色の小鳥が落ちていた。
仰向けになるでもなく、ただ静かに死んでいた。
生きているのに疲れたんです。そんな風に言っているようだった。
もう私は何も考えられなくなった。気が狂いそうだった。
友達は、私のせいじゃないと言ってくれた。 私は何も悪いことしてないじゃない、と。
確かにそうかもしれない。
でも、死体を見た瞬間、理屈抜きに 「私が殺した」 と思った、その気持ちの方が強い。
それからご夫婦が戻るまでの1週間は、長かった。 何も知らずに帰ってきたら、かわいがっていた鳥たちが、半分の数になっているのだ。どれだけ悲しむかを想像しては、辛くなっていた。
でもこれを伝えるのは私の役目だった。私のせいじゃないとか、そういう気持ちなしに、事実だけをきちんと説明しなければならない。
「あなたのせいじゃないわ。辛い思いをさせてしまったわね。ごめんなさいね」
ご夫婦はそう言ってくれた。
肩の荷がすっと下りていった。
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