和泉流:野村萬家の狂言師である野村与十郎さん個人の会の、昨年9月の旗揚げに続く第2回公演in宝生能楽堂(東京ドームの近く)に出かけた。今日の演目は大人数が登場する『業平餅(なりひらもち)』、言葉遊びの楽しい『魚説法』、上演の珍しい(難しい)『三人片輪』の3曲。与十郎さんはこのうち1曲目と3曲目でシテ(主役)を務める。そして2曲目『魚説法』のシテは与十郎さんご長男:虎之介くん(6歳)だ。この『魚説法』、以前放送していたTV企画“ウリナリ狂言部”を見ていた方なら馴染みがあると思うが、あの中でチューヤンが頑張っていたのがこの狂言の語り部分を抜粋したものだった。「説法を頼まれたにわか坊主が、知っている魚の名前を羅列して説法のように取り繕う」内容で、語りの中には「蛸」だの「どじょう」だの掛詞のように魚の名前が多数登場する。そんな大人が聞いていたってなんやよくわからない語りを6歳の子供が楽しそうにやってしまうのだからびっくり仰天だ。語りを聞かせる相手はおじいちゃんである萬さんなのだが、孫と祖父の図はそれだけで和やかなムードになっていい。しかしよそ見な私は舞台の隅に控えていた(後見と言って、小道具を渡したり役者に何か起こった時に代わりを務める人)ご贔屓:野村万禄さんに気を取られていたのだった。今日の場合は特に、虎ちゃんが万が一言葉が詰まってしまった時に教えてあげられるように万禄さんも虎ちゃんと同じ語りを呟いていたのだ、見てあげないと!って(笑)3曲目の『三人片輪』。この曲の上演が難しいのは題名でわかるとおり身体の不自由な方を題材にしたものだから。「片輪」という差別用語を活字としては載せられないという声も聞かれる。内容は「障害者を雇い入れると告知したお偉さんのもとに、ばくちで一文なしになった男達がそれぞれ目が見えない人、足の不自由な人、口のきけない人と偽って雇ってもらったものの、主人の留守中に酒盛りをはじめてしまい結局正体がばれる」というもの。実は狂言には弱者を扱ったものが何曲かあって、そのうちには驚くほどに切ない内容のものもある。そういう曲とは違ってこの狂言は明るく、障害を持つ方との共生という意味合いも持ったものだとは思うのだけれど、それでも「口のきけない人の真似をすることで観客が笑う・・・」というような内容にいい気はしない人も多いだろう。私が見たのも今日がまだ2度目だし、そんな意味でなかなか上演には到らない狂言なのだ。今日この狂言を演じたのは全員30代の狂言師さん4人。自分と年の近いこの4人が大好きな私なので、それでも個人的にはたくさん笑って楽しく鑑賞することが出来た。伝統芸能の世界のいいところに、自分が少し舞台鑑賞から離れることがあってもまた復帰した時には(廃業でもしない限りは)まだご贔屓さんが活躍していてくれるということがあると思う。私が50代になればこの4人も50代、70代で舞台を見ることがあってもまだ十分現役として頑張っていらっしゃるのだ。虎ちゃんなんて初舞台から見ているのだから、ずい分経ってから「あの頃はこうだったね」と懐かしく語ることも出来るし、これからその成長過程を追っていくことになる。悲しいかな、入れ替わりの激しい四季ではご贔屓さんが10年後も同じ活躍をして下さっている保証はない(もちろんそう願っているけれど)。終演後は狂言仲間PさんYさんと神保町方面へ。Yさんがチェックしてきてくれたショップリストの中から【メナムのほとり】というタイレストランに入る。一番客だった私達の後にはぞくぞくお客さんが! どうやら人気店らしい。かなり美味〜な料理の数々だったので興味のある方は是非どうぞ。余談だがこのYさん、この春に会社を退職して以前から興味のあった(狂言とは違う)伝統芸能の道を目指すことに決めたらしい。私と1歳しか違わないので決してもう若くはない。それでも周りを説き伏せ夢を実現させるために頑張ることに決めたのだ。昨日も憧れを実現させた友人の話を聞いたこともあって、いろいろ考えさせられる。すごいなみんな。とりあえず今はYさんの試験合格を祈ろうと思う。 −−−過去の今日のこと−−− 2002年03月22日(金) さくら便り・4