イタリアの空(わからんて)(2002.1.14)
| 2001年10月08日(月) |
++祖父母との最後の旅(多分) 2日め++ |
10時に寝た・・・ハズだったんだが。
家では快適枕を使っているため、旅館の枕で1時間ほど寝ている間に後頭部が痛くなってきた。 「枕がかてぇ・・・。」とつぶやいていると母も 「じゃろ〜。頭痛いわ。」と言い出した。
文句言っても仕方ないので、我慢して寝ることにする。
ぐおおおおお 「おや、どこからか地鳴りが。」 ぐががががが 寝れん・・・・・。
周りを見渡すと、母を覗く3人がすごいイビキをかいていた。 布団にもぐりこみ、「寝るのだ! 私は寝るのだぁ!」と自分に言い聞かせていると、 父 権三(仮名)のイビキが止まり、変わりにこんな奇怪な寝息が聞こえてきた。 すぅ〜〜〜ぷぅぅぅぅ すぅ〜〜〜ぷぅぅぅぅ ( ̄m ̄)ぷ すぅ〜〜〜ぷぅぅぅぅ すぅ〜〜〜ぷぅぅぅぅ ぎゃははははは(爆笑) ←ツボにはまった
どうやら権三(仮名)は鼻ではなく口で息をしているようだ。 しかもその口をすぼめていたため「ぷぅぅぅ」という音が出ていたらしい。 昔、同じ部屋で寝ていた妹がよく 「す〜〜ぴ〜〜す〜〜ぴ〜〜」という寝息をしていたが(鼻づまりで鼻が「ぴー」と鳴っていた) 新しいバージョンである。
数十分止まっては、またその寝息をはじめるので笑えて寝れなかった。 ついでに祖母が何度か夜中に起き出し、 「お水飲みたい〜。」だの「今何時?」だの言い出すし、 祖父もやたら起きあがっていたのでほとんど寝れないまま朝を迎えた。 やはり年寄りは眠りが浅いらしい。
早朝5時に目が覚め、バッチリ眉を描く(笑) 朝はバイキング形式だったので、入って最初に目についたひじきの煮物(大好物)によって和食にすることにした。 ごはん、みそ汁、ひじき、肉じゃが、冷や奴、オムレツ、サラダを取ったところで(後半に和食では無いものが含まれています) 席に戻ろうと歩いていると、目の前を走っていった子供のトレイの上にシャケが載っているのを発見。 私がまわった時にはすでにシャケは無くなっていたのに・・・(゜◇゜)~ガーン
食べてみるとみそ汁がうっとりするくらいおいしかった。 和食テーマにしておいて良かったわ(シャケが無かったけど)。
朝食が終わり、部屋に戻ってテレビをつけてみると、 「アフガニスタンへ攻撃開始」のニュースをやっていた。 一同、テレビに目が釘付け。
「とうとう始まっちゃったねぇ。」
しみじみとテレビを見ながらも出発の準備をした。
竹原は「安芸の小京都」と言われる町並みがある。 せっかくなので情緒ある町並みを見に行こうということになった。
祖父は歩くのがしんどいので、町並み保存センターというところで権三(仮名)と一緒に待っていてもらうことにした。 そこで町並みを紹介した映画が流されていたのだ。
女三人でまずは「なんちゃって清水寺」を見に行くことに(笑) 京都の清水寺の造りを真似て造ったらしい普明閣。 階段を上りに上ったところに位置し、こんぴらさんを思い出すような見晴らしの良さでした。
そこから下りて、町並みを少し散策する。 松阪邸という塩田で栄えた家の中に入れるようになっていたので、 入場料を払って入ってみた。 母が小さい頃には部屋を暖めるものが火鉢しか無かったらしいが、 そこはその頃よりもっと昔なのに電気ストーブなどがあった!
「金持ちの家には昔からあったのね・・・。」
自分の家の貧乏さ加減を目の当たりにして無言になる母。 一方、祖母は出口がわからなくなり勝手にウロウロしていた。
捕獲。
祖父と権三(仮名)の待つセンターに戻る途中、商店で「金平糖弁当」なるものを発見。 ごはんの部分が金平糖で、おかずは飴でリアルに作ってあってすごく可愛い。 一瞬買いそうになったが、「所詮は飴と金平糖だ!」と財布のヒモを固くした。
センターに戻って権三(仮名)に「普明閣と松阪邸に行ってきた」と報告すると、 それらの説明をスラスラとしゃべり始めた。
「なんで知ってんの?!」 「待ってる間に映画を3回も4回も見たから覚えてしまった」
なんだ、元から知ってたのかと思ったのに・・・そんなわきゃないか(笑)
祖父母の疲労もピークに達したようなので、帰ることにした。 途中、福山でごはんを食べようということになり、 権三(仮名)の希望でラーメン屋を探す。
見つけたお店はいかにも中華料理の店といった感じであったが、 中に入ってメニューをみると、「渡る世間は鬼ばかり」の幸楽みたいであった。 ラーメンはいまいちだけど炒飯が激うま〜〜☆
祖父母と一緒に行ったおかげでゆったり旅でございました♪
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