ふつうっぽい日記
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2016年08月07日(日) |
哲学書や哲学的エッセーをなぜ読むのか |
哲学書や哲学的エッセーをなぜ読むのか。 それは、文体を自分の中へ取り込むためだ。 一時的にガツンと入り込んだそれは、アウトプットされるときに影響を与える。
本だけではないかもしれない。 言葉に影響を与えるもの。 新しい文体をインストールしたい衝動に今駆られている。 どの文体にするのか「誰」が決めるのだろう。 「手」だろうか、「頭」だろうか、「脳」だろうか、「意識」だろうか、「経験」だろうか、「過去」だろうか、「未来」だろうか。
…「私」だろうか、「僕」ではない「私」?
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