原案帳#20(since 1973-) by会津里花
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2003年09月28日(日) おやまあ

★1・FAQ
★2・FAQ:2
★3・「ふつう」という特殊性



★1・FAQ

うちのHPで言われたのはこれが初めてだけど、口汚い罵り言葉がごく当たり前になっている匿名掲示板なんかを見るとときどき見られる、初歩的な罵詈雑言:
もちろん、不愉快だからこうやってさらしものにしてしまうんだけど。

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お前らみたいなのが存在するから
迷惑するんだよ!!! 消えろ! 死ね!
ウダウダ言ってねーでカウンセリングでも受けろ
お前らはキチガイなんだよ。

男は男。切っても付けても女にはなれねぇーんだよ
悔しかったら子供産んでみな できねーだろ!


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わたしはそれに対して、まず「子ども産むだけなら犬猫でもできるよ」と答えることにしている。
(っていうかそこまで言わざるを得ないほどひどい罵り方をオフラインでされたことがあったので、それ以来咄嗟にその言葉が出てきてしまうようになった)
こんな言い方をすると「犬猫」がかわいそうだけど……

(もしもちょっと前の「国立」のことで恨まれているのだとしたら、わたしなんかにそんな影響力があるのか、と目を丸くしてしまう。
そうではなく、たまたま本当にそういう問題を抱えている人がこのHPを見つけてしまったのだとしたら、知名度が上がってきたんだな、とちょっと嬉しい。
わたしの個人的事情を勘ぐって「煽り」を入れているのだとしたら、その人は恥ずかしい勘違いをしている。
見ていて相手のほうが憐れに思えてしまう)

へえへえ。
カウンセリングは受けてます。
子どもは産めないけど、純女さんたちにも産めない人はいくらかいるので、↑の書き込みをした人(どうやら女性らしいけど)は、実は女性も敵に回しているんですよね。

あと、子どもを産めるか産めないかを人間の価値であるかのように言い立てるのは、「戦争してたくさん殺し合いをしよう」と言ってるのとあまり変わらない、とも付け加えておきましょう。

もう21世紀なのにね。
まだまだわかってない人はたくさんいるんだよね。
GIDとしての活動、やっぱりがんばらなくっちゃ。……あ、無理のない程度にね。

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★2・FAQ:2

これは他人事じゃない。わたしの元配偶者ももしかしたらそんなふうに思っているかもしれない。
(細部は違っているけど。それに、彼女はこんな見苦しいことを書くような人間じゃない)

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一緒に住んでいる彼は、このようなHPを拝見し、
ホルモン剤を飲むようになりました。

でも私と知り合ってから男性を取り戻し薬は止めました。
しかし一緒に住むようになり、私と彼の身内の方とゴタゴタしてしまい、
(私には全く悪気は無かったのですが。ただのバカでした)
それが原因かどうか判りかねますが、薬を再び飲むようになりました。

私の事を女性としては見なくなりました。
私は女性としての自信も無くなり、在価価値すらも見失いました。

それをずっと我慢して、ずっと、なるべく作り笑いをしてました。

もう限界でした。それを、その関係のHPに不満をぶつけてしまいました。
訳が判らなくなりました。頭の中が混乱してしまいました。

もう生きる気力は有りません。

申し訳ございませんでした。
……(以下略)

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「ただのバカでした」というのは書いているご本人がそうなのか、それとも相手(彼の身内)なのか、ちょっとわかりにくい。
それも気になるけど、もっと気になるのは「彼がホルモン剤を飲むようになった」=「自分のことを女性として見なくなった」と短絡しているところ。
(レスにも書いた)
この二つのことは、関係がない。
こういうことは、もしも協力できるなら、二人でそろってメンタル系のカウンセリングを受けるとかするべきだと思う。
で、きちんと問題の所在を明らかにしながら解決するべきだと思う。

っていうか、GID当事者の皆さん、わたしが言うのはほんっと余計なお世話なんですけれど、カウンセリングはちゃんと受けましょうね。
もしも「身体的性別の恋人や配偶者」がいる人は、その人との関係と自分のGIDをごっちゃにしないよう、充分気をつけましょうね。
GID全体が誤解されるのを防ぐために。

……あ。言ってることが自分に跳ね返ってきちゃった。

でも、わたしはわたしの問題と精一杯取り組まなければならないし(それが子どものためでもある)、わたしの元配偶者は彼女自身の問題と精一杯取り組まなければならない。
それは、お互いが自立した状態で行うべきだ。

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★3・「ふつう」という特殊性

(このことはあんまり詳しく書かないほうがいいのだけれど、これだけは書かせて!)

「ふつう男だったら……」
という言い方を、何度も何度もされた。
そのたびに、わたしは「ああ、この人はそんなにがんじがらめになっているんだ(かわいそうに)」と思うようになってしまった。

なんか、社会的ステイタスの高い職に「男として」就いていたほうが、今みたいに定職も持たずに性別も「一見女(だけど本当は男なんだろ?)」という状態で生きるよりもいいじゃないか、ということをしつこく言われたような気がする。
けれど、それ、わたしにとっては「はぁ!?」の世界なのだ。

確かにわたしも、そういう「縛り」の中で生きていたことはあった。
でも、それがどれほど無意味か、全身でわかってしまった今となっては、いくらそういうことを力説されても
「ああ、この人(『ふつう男は』を連発する人)かわいそう」
としか思えないのだ。

(はるか昔のことはよく知らないけれど、少なくともここ百年ほどの間は)「ふつう」というのがそのまま通用するのは、せいぜい10年がいいところだと思う。
誰もがいつまでも変わらない「ふつう」を求めてしまうものなのかもしれないけれど、どんなにしがみついてもそれはせいぜい10年くらいしかもたない、脆くて儚くて、根拠レスな「思い込み」に過ぎないのだ。

「人を殺すな」が「ふつう誰でもそう思うに決まっていること」?
冗談じゃない。戦争が起きてしまえば、敵国人だけは殺していいことになってしまうじゃないか。
そんな「常識の転覆」は起きてほしくはないけど。

わたしは「考えるまでもなくふつう当たり前」といわれるような「常識」は一切信用していない。
そういう考えもある、ということを自分がものごとを判断するときの参考にするだけだ。
そのくらいにしておかないと、道を踏み誤ってしまうのだ。
(わたしには現実にそういう体験があったし、たぶん多くの人にとってそういうものなのではないだろうか。
「己の欲するところに従えどもおのずから規を超えず」ということわざにもあるように?←意味を間違えて捉えてるかもしれないけど
「考えるまでもなく当然のこと」というのは、実はよほど人生の全てを経験し尽くした高齢者か、神のように全てのことを見通せるほどの達人にしかできないことだと思う)


あ、そうそう。付け加えておこう。

わたしは、無理して男のフリをして「まともな仕事」をして、「ちゃんと家庭を維持」していた頃よりも、女に戻れた今のほうがずっと幸せだ。
経済的に不安定でも、社会的に差別されやすい立場でも、少なくとも「自分でいられる」から。

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