古びたのれんをくぐり、薄暗い店内に進むと。 小さなメガネを鼻の上に乗せた、老いた店員が一人居る。
この頃少し生活に張りが無いんですよ。
そう言うと店員は、ホコリっぽい棚の上から小さな紙箱を取り出し。 フタを開いてこちらに向けながら言う。
こんなのはどうだね。
覗き込むと、
「ヨメさんの浮気」
と書いてある。俺は頭を左右に振った。 店員は、それなら、と次の箱を出し、フタを開けてみせる。
「後輩が美人と熱烈恋愛電撃入籍」
と書いてある。俺が首を傾げてみせると、店員は上目遣いにこちらを見て。 ふむと言った。
そして店員は、古いパイプ椅子を奥から出して来て、そいつに登ると。 一番上の棚にある引き戸を開け、年代物らしき箱をうやうやしく取り出した。
その箱の中に入っていたものは、俺を満足させた。 そこで俺は代金を支払い、灯りのついた家に戻った。
…。
それで? と家人が言うので。 つまり。 何の不満も怒りも不自由も無い生活には、張りも無ければ成長も無いってこと。 と答えると。
なるほどね、と家人は言った。 この大騒ぎは、貴方がわざわざ買って来てくれたというわけ。
そして呆れた風に笑うんで、こちらも笑った。
小僧は反抗期。 チビは夜泣き。 ラーメンも食いに行けねー生活。 ひっくり返されたコップ。しみだらけのカーペット。 挙げ句の果ては砂場になったフローリング。 その原因物質である所の観葉植物は一鉢瀕死の重傷だが、そうとも。
わざわざバネを買って来たんだよ。
夫婦喧嘩もWEB上のくだらねェアレコレも全部。 てめえの人生のバネ。 てめえが夢ン中で買ってきたバネ。
そうとでも思わにゃやってられねー事ばかり。 てめえに限ったことじゃ無い。
せめて気の利いたバネで人生に張りを。
ただし、どのバネを選ぶもお決めになるのはご自分次第。 そいつをお間違え無きよう願いますと。
くだんの店員は言うてたよ。
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