samahani
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2002年10月01日(火) ちょっと悲しい父親との関係

わたしは大学4年のときに、当時の総理大臣の秘書のうち5人が働いている、衆議院議員会館でアルバイトをしていたことがある。秘書のお手伝いなので、電話番をしたり、他の議員秘書のところへお使いに行ったり、来客にお茶を出したりという、本当に下働きの仕事だった。

ある時、総理官邸にたくさんの資料を持って行かなければいけない用事があり、年配の男性秘書と一緒に大きな紙袋を2つずつ持って、官邸まで歩いてついて行くことになった。

官邸は、議員会館と通りひとつ隔てた目と鼻の先にあるのだが、門の前にも建物の前にも、数人ずつのSP(警備員)がいて、いやでも緊張させられる雰囲気を作っていた。

一歩、官邸の中に入ると正面の奥に階段があり、通路に沿ってふかふかの赤い絨毯が敷きつめられていた。ドアの内側に居たふたりのSPに両脇から最敬礼されて、わたしはとても戸惑った。

その赤い絨毯とSPの最敬礼を実感したときわたしは、総理大臣になりたいと思う人の気持ちがよく分かった気がした。確かにそこには日本の最高権力があると、若干ハタチを過ぎたばかりの小娘は興奮気味に思ったのだ。

これを経験したわたしは、なんだか、もう怖いものなしだと思い、急に有名になって勘違いしてしまう歌手や俳優の気持ちも分かると、そんな気持ちになった。

当時、付き合っていた彼(いまの夫)に、この話をすると、
「さとこは、そういうもの(権力)に反感を持って、そういうものに迎合しない姿勢でいる人だったのに・・・」と、悲しい顔をされてしまった。

「違うよ、その権力を欲しがる人の気持ちがよーーく分かった気がしたと言っただけだよ」と、反論したけれど。


卒業前の、ある時、父が、議員会館に来るように秘書に呼ばれて、わざわざそのためだけに上京してきた。わたしは父に 「中で余計なことを言わないで」と部屋の前で、小声で耳打ちした。すると父は本当になんにも喋らず、「はい、はい」と、かしこまって従順に返事をするだけだった。

ああ〜っ、違うって! 「余計なことは言わないで」とは言ったけど、 「なんにも喋らないで」 とは言ってないと、心の中で繰り返したが、無駄だった。

わたしは、1年近くアルバイトをしていて、皆に「先生」と呼ばれる国会議員とエレベータで乗り合わせたり、不意に部屋に訪ねてくる、同じ派閥の新人議員の対応をしたりと、もう慣れている場所だった議員会館だけれど、父はもしかしたら入ることさえ初めてで緊張していたのかもしれない。

議員会館での第一秘書が、特に用もないのに父を呼びつけ、奥の部屋のソファに父と私を並んで座らせて、目の前でえらそうにしているしているのと対照的に、そのときの父がとても小さく見えた。

きっと誰にでも親を超えたと思うときがあるものかもしれないが、いままでずっと尊敬していた父が、もう、わたしの上にいる人ではなく、わたしは父を超えたのだと(不遜にも)思った、ちょっと悲しい瞬間だった。






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あの頃の平均時給って650円くらいだったと思う。


さとこ |mail

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