| 2009年06月24日(水) |
■「できない」ということをどうして証明するか? |
「できない」ということはどうやって証明できるでしょう? やってみてできなくても、もう一回やればできるかもしれない。 それでできたらやっぱりできたということです。
二回目でダメでも、あと十回やればできるかもしれない。 あるいは、千回目にできるかもしれない。 千回ずっとダメだったとしても、それは、 千一回目にできないということの証明には決してならないのです。 だから、どこまでいっても「できない」ということは、 証明できないはずです。 (略)
「私にはできない」ということを 信じ込んでいる人というのは、 まったく妄信的な人、だと私は思うのです。
出典元 「壁」 おすすめ度 4 著者名 石井 裕之
なるほど、そうか… 今はできなくても、2年後、3年後にできても、 「できた」と言えるのだと思った。 しかし、人はだいたい、 今できないと「できない」と断定し、これから先も、 恐らく「できない」のではないかと思いがちだ。 また、2,3回できないと「できない」と決めがちだ。
しかし、論理的には、 「今はできないかもしれないけれど、 いつかはできる可能性がある」 と言う方が正しいのかもしれない。 どこで、「できない」と決めるか、言うかは、 自分の判断なのかもしれない。
もちろん、期限があったり、レベルがあったりすれば、 その中で「できない」こともあると思う。 しかし、自分の人生の中では、今はできないけれど、 いつかはできる可能性があることが多いのではないかと思う。 ただ時間をかけるのがイヤだったり、 何度もやるのがおっくうだったりして、 「できない」のではなく、「やらない」のかもしれない。 そんなことを考えたことばだった。
■「ぼちぼち、お散歩日記」↓ 「なぜ、不平不満、愚痴を言い、非難するのか?」
ということを、本を読みながら、考えてみました。 いい事例が、すぐそばにあったので…
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