| 2004年12月29日(水) |
人は、何かをした報酬としてもらった愛情では満足できません。 |
愛されるために何かをしてしまうと、 相手が愛情を返してくれたとしても、 その思いをほとんど受け取れなくなってしまいます。 何かをしてご褒美や、 お礼のように感じてしまうからです。
また、「これだけやったんだから、もらって当然よ」 「あれだけ頑張ったのに、これしかくれないの?」 という要求をしてしまいます。(略) 人は、 何かをした報酬としてもらった愛情では満足できません。
「本当に愛されてるの?」 根本 裕幸+原 裕輝著
本当にそうだなぁ…と思う。
愛されたいがために、何かをやってしまうと、 愛をもらうためにやったのに、 愛をもらっても、それが実感できないのだなぁ… これは、皮肉なことだなぁ…
といって、何もせずに愛をもらえるとは、 なかなか思えなかったり、 何かをするほうが、自分でも愛があるように感じたり…
つまり、何かをするときには、 「愛されるため」とか「感謝されるため」とか 何かをもらうことを期待してやるのでなくて、 自分がやりたいからやる、という 自発的な気持ちでやることが大切なんだと思う。
そういう気持ちでやれば…、 きっとやってあげたことが報酬とは思えなくなって (だって自分がやりたいからしたのだから) 自分のためにしたのに、愛をもらえて、 かえってありがとう、という感謝の気持ちを 持てるのかも知れない。
そうキレイごとではないかもしれないが…
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