| 2004年11月05日(金) |
いつも有能で、自制心があって、なんでも知っているように思われたい。 |
われわれはたいてい、初心者になることを 極力避けようとする。 いつも有能で、自制心があって、 なんでも知っているように思われたい。
しかし、これは人間の普遍的な目標ではない。 それどころが仏教徒はいわゆる“初心者”を追い求める。 「わたしは知らない」という心の姿勢だが、 無知や無分別とは違う。 むしろ、そこにあるものと無心に向きあうことだ。 それについて考えたり語ったりしない。
『「思い」と「言葉」と「身体」は密接につながっている』より マシュー・バド医学博士&ラリー・ロスシュタイン教育学博士著 VOICE
「いつも有能で、自制心があって、 なんでも知っているように思われたい」
私のことだな… (あっ、「朝まで生テレビ」に出てる人たちもだな、 全部じゃないかも知れないが…) そうか…無心に向き合うのか… むっ難しい…
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