愛より淡く
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お彼岸なので、夫の実家のお仏壇にお線香をあげに行く。
夫の実家は、歩いて数分のところにあるけれど、さらにいつも近道を通っていく。
近道は、道が整備されていないので、雑草だらけで、昨日雨が降ったためにぬかるんでいた。
実家に着くと、玄関の前で、夫の母が、イスに座って、なにやら作業をされていた。
声をかけても気がつかれなかったので、義母の顔をのぞきこんで、両手を合わせて、「お線香をあげに来ました。」という意思をゼスチャーを示した。
了解という感じで義母は、小さくうなずいた。
お線香をあげて、帰り際に、義母から葡萄とおはぎときゅうりをいただいた。
庭木のコスモスが愛らしかった。
夫の実家の向かいの家は、すっかり廃屋と化していた。
上の子が生まれて間もない頃、夫の実家に同居していた時のことをふと思い出す。
あの頃は、まだお向かいには、S子さん夫婦が住んでいらした。
S子さんは、子供のように無邪気な人だった。
毎朝旦那さんが出勤されるとき
「行ってらっしゃーい、はやくかえってきてねーー」
と、不自由な両手を懸命に振りながら、大きな、大きな声で見送られていた。
そして、旦那さんの車が見えなくなるまで、ずっとずっと手を振られていた。
やがて旦那さんの車が見えなくなると、さみしげな表情を浮かべ、肩を落とし気味に、やや左足をひきずりながら、家の中に入って行かれるのだった。
私は、ほぼ毎朝、その一部始終を、洗濯物を干しながら眺めていた。
S子さんは、交通事故に遭われてから、脳にダメージを受け、両手と下半身に麻痺が残り、知能にも障害が生じてしまわれた。
S子さんの毎朝のお見送り風景は、いつも胸にぐっとくるものがあった。
映画の感動的なワンシーンを見せてもらっているような気になった。
S子さんの旦那さんは、「おらが町のサブちゃん」と呼ばれるくらいのカラオケの名手だったようだ。
ここに来てまだ間もないころ、町内会のお花見の余興で、歌われていたことを思い出す。
正直歌声は覚えていない。
覚えているのは、S子さんの旦那さんよりも、Mさんのところの徳さん(仮名 当時80代)の熱唱だ。
マイクを握り締めて
「いくつになっても、わたしはおんな〜どこまでいってもわたしはお〜ん〜な〜♪」
と、めいっぱい感情を込めて、ものすごい迫力で歌われていた。
周囲も度肝を抜かれていたという感じだった。
あの時の光景は、脳裏に焼きついてしまっているので、今でも鮮明に思い出すことができる。
徳さんは、すでにもう他界されている。
S子さんも、S子さんの旦那さんも他界されている。
S子さんが亡くなってから、まるで後を追うように旦那さんも亡くなられた。
歳を重ねるごとに、
この土地に来て知り合いになった人が、一人去り、二人去り、
と、いなくなってしまわれる。
それは自然の流れで仕方のないことなのだろうけど。
彼岸。
この土地に嫁いできて、これまでに出会った人のことを
あれこれと思い出しながら、来た道とは違う道を通って帰った。
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