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―― 連ねた意味も、持てない小鳥。
氷室火 生来
回帰

2008年02月03日(日)
時には喜びの歌を。


昨日の続きのようにも思えますが、ちょっと屁理屈混じりを自覚しているので、マナーとは別箇だと思ってます。それでも、指摘する側の姿勢と言い分を鑑みるに、受け入れられないのでちょっと辛口。
時は昨年、比較的交流のある親類の家に寝泊りした際、関東ではありますが自身の生活圏からは比べ物にならない程冷え込みがきつく、防犯のみならず防寒対策としてシャッターを閉める必要のある家での事。
あまりの寒さにストッキングを履いたまま寝てよいかと、少々常識から外れている事を感じた上で聞いたところ、快くOKしてくれたので実行してみる。
しかし後日談として、共に泊まりに行った母親に娘の教育がなっていないのではないかと、お小言が行った訳です。
その内容が、矢張り常識外の行動で、他所様のお宅で披露したら嘲笑される、といったものだったそうで。
では何故自分自身にそれを言わないのか?
確認した際に拒否しなかったのか?
本人に言わない姿勢は、単純に言い辛かったのかもしれません。
拒否権が無い訳でもないけれど問われたら肯定せざるを得ないのやもしれない。
しかしだ。それが間違っていると言うのなら、故に正してやりたいと思ったのなら、そんな遠回しなやり方で指摘したって本人に届くのは遅いし、その発言の意味を問い返す機会を失わせ、充分に納得する場を奪うのは、行動の発端から反している。
或いは妥協案の一つも見せず、即答で許可を出しておきながら、蒸し返すのは所謂後出しじゃんけん的な卑怯さに思えてならない。
大体他所様では笑われるって、思っている時点でその人物もまた自分を見下したのであり、悪い点だと感じたのであり、不快感を覚えたのなら、そう述べるべきだ。いもしない第三者を仕立て上げその評価が芳しくないという理由で否定するなんて、まるで悪い見本そのもの。
納得の反論としては、ストッキングという外で着用するもので寝具を汚されるだとか、或いは製品の性質が為傷つけるであるとか、故に却下するというのなら、そりゃもう納得します。その点を考慮してわざわざ確認したのだから。
普通しないから、誰かが笑うから、そんな理由、だいっきらいだ。人が死ぬ事が哀しい、自分が死ぬのはいやだ、だから他人を殺してはいけないというのなら理解出来るけど、法律で罰せられるから殺人がいけないなんて、そんな風に教える人間になるのはいやなんだ。
利害関係を伴わない上で常識を超えたものを、些細であれ非難するのは常だけど、笑いたきゃ笑えばいいじゃないか。そうされても自分は、嗚呼あの人は陰でこそこそ笑う人なのだと別の認識を持つだけで、恥により苦しんだりしないのだから。気に留めてもいない誰かが笑う事をおそれてたら生きてなんかいけるものか。
評価や品位を落とす行動を寧ろこれからも望んで実行してやると、歪んだ思想をより強く自分に植え付けたのは、良かれと思ってか知りませんがわざわざ御親切に本人を介さず御指摘下さったその人自身であり、それがその人の誠意への答えです。ざまぁみろ。


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