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―― 連ねた意味も、持てない小鳥。
氷室火 生来
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2007年03月09日(金)
飼い慣らす木馬。


こういう事を言うと、いや言っても仕方が無いと言いますか、でもほらこういう場所で無いという機会が無いので。ちょっち汚い感じのお話。又かよ。
自分は風呂がきらいです。きらいというのは語弊がありますが、入っていれば速やかに終えますし、なんというかは入るまでがだるい。ひたすら面倒臭いという気持ちを振り切れない。でも汚いのはいやだったりしますから入ります。
でも放っておくと二、三日忘れてしまう事もざらではない。優先順位が低いのだから認識出来なくて当たり前と言い訳は出来ますが、正直言って一時期騒がれたオギャルなんて一時期の自分の足元にも及びません。
勿論誰かに会う時とかはちゃんと入りますけどね。外出せずとも暮らしてゆける自堕落な時代にはお風呂なんて縁の無いものでした。
では何故入らないのだろう。そりゃ面倒臭いからだろう。いや御尤も。
では何故面倒臭いのだろう。日本国に一般の状態で生まれ付けば家庭が教えてくれる筈。つまりその家庭がなっておらず父君様は兎も角、彼等は子供の活動時間外に起きて出掛けて帰ってきて過ごしているので見かけたら珍獣扱いでした。でもこれも割合一般的。全国の父君様不憫。
母君様は、必要なくば、あっても外へは出たがらない人。故に彼女の代わりに出かける事も数多くあれど、習慣として覚えたのは、外に出なくても生きていける事、会う必要が無ければ見咎められないのだから風呂にも入らなくてよし、と。
どちらかと言えば、入る事は悪い事でした。給食費は払っていたと思いますしパチンコだって彼等は週九の勢いで通っていたんですが寧ろ金が入る度そうだから貧乏なんだろうとか思いますが貧乏だったので、水道代の高くつく風呂は一週間に一回でも贅沢でした。言わずもがな洗濯機も頻度はその程度、凄まじいのはトイレは小なら流さない。溜まりに溜まってトレペで埋め尽くされて水位が上昇して良しと彼女が決めた段階で始めて流されます。換気率が良かったので臭いはしませんでしたが正味自分は家のトイレにはあまり入りたくなかった。序での理由で、壁も見たくなかった。今は大きな世界地図のカレンダーが張られている向こうの壁紙には過日の狂乱が落書きとして記されているから。それは痛いものだけれど痛いからいやなんじゃなくて、書き足したくなるからいやだった。いやなんだ、多分今もほんのちょっと。
此処まで来ると少々哀れまれたりしますがいや自分で書いていてそっと哀れんでやりたくなりますが仕方が無い、これが普通なのだから。お風呂とは毎日入るものだと常識を知って、驚きつつまぁいいやそれを許されない金銭的状況なんだからとパチンコ屋に行く親の背を見て納得。諦めよりは納得。
家全体に隙間風が流れているようなものでしたからって押し過ぎると逆に疑われますが臭くは無いんです。ないんですが指摘するなら煙草臭かった。二人ともばかすか吸うので家全体が黄色かった。部屋干ししていたり衣類を放置していたりすれば被害にあうので片付ける習慣が付きました。
そうして水回りの環境が粗悪かと思えば帰宅後の手洗い嗽は必須でしたし三食後の歯磨きも通例。言うのは野暮ってもんですがちょっとお宅の教育方針間違ってません?
その他諸所面白い物はありますが今回のピックアップは水回りなので置いといて。
普通は反面教師、その生活から脱したのなら風呂入り放題になるんでしょうが生活として染み付いたのでなんとなく入ってはいけないんじゃないか、そうでなくとも面倒臭いと今に到る。但しトイレは流します。ぼっとん便所じゃないんだから。
反発するように手洗い嗽や歯磨きは一時期疎かになりました。今は元通りでは無いですが適当なペースではあります。
でありながら、何故風呂だけは変わらないのだろう。いやいや頻度は全然上がりましたし人に会う前は入っているという事はつまり殆どなんですが、感情の問題です。
炊事洗濯掃除他至らぬ親の代わりに幼い頃からこなしてきた自分は反動として家事をやりたがりません。出来るけどやりたくないんです。つまり必要に駆られなければ、他にやる人がおらず自分で許せない範囲になったら仕方ないから、やる。
それに近いものがありますお風呂。義務とか、自分で限界とかで、仕方がなく。入ればいいけど、入るまでがどうしても。料理作ったり掃除している時もやる内にさくさくいくけど、やるまでが、ね。
矢張り願わくば、三秒で全身洗浄してくれる機械の登場しかないという事です。えー。待望。


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