
戯 言ノ源
―― 連ねた意味も、持てない小鳥。
氷室火 生来
回帰
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| 2007年01月20日(土) ■ |
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| 喜びの歌の一節。 |
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不慮の事態から数取り団に変わって行なわれている忍者は、なんとなく、哀れみに満ちた笑いが零れてきませんか。普通にマジカルバナナですがな。
イライラしてしまうのは勿論楽しくはない訳で、悟られたらみっともないと抑えたがるも出来るくらいならイライラしていない訳で、仕事中ですから煙草が吸えないというのもイライラを増進させている訳で、若しも誰かに何か怒ってる? なんて聞かれてしまってもそれを楯に出来る訳で。 なんだろう、結局自分は、人と関わりあうのが出来ないタイプなのかもしれない。些細な事で腹を立てて口には出来ないから内々に勝手に溜め込んで、それでも爆発したら態度に滲み出てしまう幼さとか、誰が気付かなくったって一番嫌悪するのはいつだって自分。それは、いい事かもしれないけれど。 馬が合わない事も反りが合わない事も、そりっていうなら馬よりトナカイのがいいんじゃないかと時期的も過ぎてるのに思いつつ、人其々ですからあるのは当然で、人並み以下に馴染めないからいつまで経っても人以下なのも矢張り自覚は有るんですがそれでも駄目だ、やっぱり。一緒にいても楽しくない人は楽しくない。 否、きっと踏み込まず上辺だけの時なら、楽しかったんだ。
相手にその自覚があるのかは判りませんが何を話しても自慢になる。それだけ大層な事をしているのかといえば、場合にもよりますしやっていないよりやっている方がよいのだろうけど、須く言い方の問題。 全て直結するのは、こんな事までやっちゃう私って凄いでしょう? そういう話の展開しか出来ない方なんですね。話運びがワンパターンだからつまらないのもありますし、自賛される程煌く過去だと思えない事も一理あるのでしょう。 例えば一般的な生活からしてみれば自分だってだいぶ特異な時間を過ごしてきました。人によっては、大変だったねと慰めか労い、凄いねと哀れみ混じりの賞賛、頂ける事も屡です。 そうして欲しいのかは別にして、話す事になんの衒いも無いのがおかしいと、寧ろ聞いてしまった方がなんだかごめんなさい、思わず謝るような過去もそれなりに謳歌している訳ですが。 故に一般的な同世代より出来ない事もあるけれど、出来る事もあるんです。若干ちょびっツみたいな流れになって参りましたがそれを褒められたとしてもただ単に経験の差で、おまけに自分が何をしたというより取り巻く周囲によっての差で有ったりしますから、それを誇る気にはなれない訳です。寧ろ与えられた環境でただ生きてきただけの事を誉めそやされると何かを投げ飛ばしたい気分です。行き先注意。恥ずかしさを、隠したいのかも。照れ屋さんv(爽) 自分と同じ価値観を持てなんてとてもとても烏滸がましいですし思った事も無いけれど、そういう自分だからなのか、彼女の話を聞いても労いも慰めも賞賛も大手を振れない訳です。表面は兎も角。 自ら言って聞かせる武勇伝ではありませんが話す事に躊躇いは無いので話の流れからたまに自分の過去に触れたりもしますが、それによって起こる周囲からの言葉が、彼女は許せないみたいです。 無意識にと言いますかいつでも自分が注目されたいとでもいうのか、極端に言えばそれに近く、あんまり軽んじられるからとふっと吐いてみた自分の過去が火種でより彼女の自慢癖に磨きが掛かって付き合わされる方としてはなんだかかんだか。磨きかけたのが自分だとしても。 尤もそれが彼女に対してイラついてしまう原因では無くて、一端であったとしても要因では全く無く、絶対こうした方が事がスムーズに運ぶのに、という事をしてくれない故のもどかしさだったり。己の仕事を遂げようとする姿勢は正しいですし、時間内に終わりそうでなければ躍起になるのも判りますが、周囲に迷惑振り撒いてまで行なうべきなのか、と思うと。矢張り、自分に迷惑振り掛ける人は好きになれないです。 個人プレーも大いに結構ですが、たまには私が私がでは無く周囲を見て欲しい、なんて、そんな事、自分だって出来てるんだか怪しいものなのに酷い要求です。
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