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―― 連ねた意味も、持てない小鳥。
氷室火 生来
回帰

2007年01月15日(月)
納得いかなきゃ全てが駄目だ。なんて。


この間言っていた、映画についていけない病。
例えば地上波で流れるような洋画は力技でも完結が見えるじゃないですか。
一過性の、生命保存本能だかで惹かれあうお決まりのロマンチックでも、区切りを見せてくれるものは随分と優しい。

先日見せられた映画は韓国辺りのもので、以前見たその辺のものがひどく支離滅裂だった為多少抵抗があったものの固定観念を取り払うよい機会かもしれないと視聴する事に。
結果はまぁ惨敗というかそもそも邦画でだって消化不良であったり先に言った洋画でさえ中にはそうだったりつまり映画自体が納得いかないみたいなんですが多くは。
終わり方が無理くりで納得出来ないこじ付けもありますが幾ら時間が無いからと言っても端折り過ぎな場所が多かったりすると更に辟易。理解力が試されているのかもしれませんが自己満足が多い気がする。
して、その台湾だか中国だかの映画は輪を掛けて横暴理不尽、時に寝てしまっていたので中盤以降こそ動きがあるのかもしれませんから内容に関するツッコミは出来ないものの、終わり方がおかしい。
おかしいも何もあったもんじゃない。何故何故ゆえそうなるのか、それによって何の意味が有るのか、有るとしたらそれはどんな意味で、考えられ得る選択肢の中一つは全編否定するものだし一つは主人公の一人の存在意義を疑ってしまうしもう一つもやっぱりそんなもんだしというかどう考えても納得いかないものにしか。なんだろう。あの終わりをつける事に何の意味があったんだろう。それとも考える事さえ不毛なんだろうか。そうして終わった、完、それで納得しなくちゃいけないんだろうか。いや無理だ(キパ)。
難しい。面白い映画を探すのはより難しい。納得行く映画は更に輪を掛けて、難しい。
余韻は、いいんだろう。区別の難しい、ほったらかしと、されてしまえば、ただの視聴者の未熟さと言い憚れるのか。


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