
戯 言ノ源
―― 連ねた意味も、持てない小鳥。
氷室火 生来
回帰
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| 2006年11月15日(水) ■ |
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| いい子ねって、云われたかった日もある。 |
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どうしても、疑わずにはいられないんだよな。貶さずには、いられないんだ。
最近自殺ブームですね。さらりと明るく爽やかフランクにする話題では到底無いのになんだこの切り口。 理由がなんであれそう追いやった現実への報復の機会を待たず努力にも疲れてか未来を築こうとせず、 何かに傷付いたり行き詰ったり責任に対しての代価を自らの命で支払うと言うのは、 いいとも悪いとも感じませんが、結局、負けなんだな、とか思ってしまう。 勝ち負け云々の理論ではなかろうし、心から死を望み昇天された方もいるのだろうから 一概には言えないし、やっぱり生きてようが死んでようが本人の意思だと思うので、 自分で下した決断であれば早いもん勝ち、かもしれないれど、負けにも近いんじゃないかなと。 どうしても世間一般から下される評価は同情やさもなくば狡いと言う非難、 そして今後一切それらを聞かなくていいと言う利点や、後者は責任逃れとか、 そんな意味合いですがその発言をする人にしてみたら多少なり羨みもあるのだろう。 度胸が無いでも残していく人が心配でもなんでも死ぬに至れない理由がある人にとって、 時に恥ずべき行為でもあり、時に、自分もそう出来たらと願うのかもしれない。 未履修については全く経験が無いどころか自分からその辺放棄しているのでなんとも言えず、 いじめについては一応されていた気配はありますが無関心だったのでなんとも言えず、 それどころか何故人はそういった行動を行なうのか、観察を楽しんでいた節もあるので やっぱりなんとも云えないし、立場状況性格家庭内容どれもによってすぐ変わる。 諦めや逃げでも無く、憧れや幼稚でも無く、純粋な死の世界を望み、そして旅立った人にとっては、 何が理由であったのかとか、それ程必要な事後解釈なのだろうか。 遺書なんかわざわざ残すタイプはそれも望んでいるのかもしれないけれど、 誰がどのように痛み感じ、誰が何も感じないのかなんて本人こそもう知る事の無い余地、 それともワイドショーで大々的に祭り上げられて社会現象の象徴とされるとか それともやっぱり叩かれるのか、心の何処かで楽しみにしながら死にゆく事もあったとして、 その本人の意思がもうこの世では確認のしようが無いのだから、誰が何を言っても仕方が無く。 願わくば、自分が自決をした時には、一週間くらいでもいいから幽霊的な意識体であって、 それがどのような波紋を生むのか眺めてみたいものです。何も生まれない確率のが高くても。 但し事故死病死他殺その他の場合で命を絶たれた場合、例えばこういったネットの世界にある、 自ら創った自分の場所に消える旨を残せないまま、というのは気持ち悪そうだ。 今から頼んでおくといいかもしれない。死んだらメールとかでもいいから死んだぞって誰かに伝えてと。 もう自分では言い出せない瞬間、怠惰や失踪では無くこれこういう理由ですよと、 述べる事で保てる何かもあるのかもしれないからね。そんな程度の体裁しかないからこそ。 しかし家人が実際そうしてくれるかは謎です。えぇ果てしなく謎ですとも。
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