原初

羅列 回帰



―― 連ねた意味も、持てない小鳥。
氷室火 生来
回帰

2006年10月26日(木)
怒りや喜びの感情をなんと呼ぼう。


ちょっとシモい話。言う程でも無いですが。懐かしい思い出乙女の秘密編。
何故今この話題を出すかと言うと健闘虚しくいやいや負けてない負けていませんが
喧嘩宜しく僕は今戦っているからです。少しでも気を削ぎたいお年頃v(いつ来るんだそんなの)
さて何年前かと辿るよりも思い起こす当時の姿から推し量るのが楽な小学校高学年の時代、
TOKIOの祖母の家でなついあつをまったり過ごしている頃でした。
注意点その一。一般的に祖父母の家といったら田舎イメージの定着した漫画っ子ですが
残念ながらこの母方の祖母は我々よりグレートな所に住んでいたのでした。
おかげで車で行く際は上り下りが一般と逆でとても快適ではありましたが。
父方は実家にえらい近い隣市に住んでいる為しょっちゅう会うので正月くらいはいきますが
やれ夏休みだなんだと託けていちいち会いには行きませんでした。悲しい差だね。
注意点その二。あ、今の含めて注意点その一なんだ。長いよおばか!
注意点その三。ちょっと待てそれで終わるのかこら! なついあつはスルーかよ! さみしっ!
注意点その四。そして三はツッコミだけで終わるのか! 以下略。次のステージへ進みましょう(誰)。
TOKIOと言っても騒がしい中心地に、地下鉄二、三駅くらいの近場でそこ自体は静かで、
つまり大変住みよく利便性も高い憧れの土地だったのでありますが、
ネズミーランドにお株を奪われる為知名度の低さは哀れみの内、
実際都にある遊園地へきっと用意したのだろう何故かあったタダ券で赴く事になりました。
タダ券ですとも。流石はマイグランマでその辺の根性は引けをとりません。買い物に電車や車は邪道で
自転車で行くもの、とは此のお方から叩かれて覚えました。おかげで付き合わされる方はうんざり。
とは言っても流石に遊園地まで地獄のロード引率者達が走れませんので公共の物を利用してくんだり、
辿り着いた遊園地でまさかこのジェットコースターもコーヒーカップも駄目、
おまけに母君様がえらいびびりの高所恐怖症なので観覧車でもメリーゴーラウンドでも全員参加不可、
とお前等何しにそこまで行ったんだいなんてつっこまれても仕方の無い状況ですが、
なんと吃驚驚き桃の木序でに言えば山椒の木(いらないから)、遊園地にはプールが付随していました。
寧ろサマーにはそれをメインで行く方も多いようで、我々もその波に乗っていざ出陣!
しかしおっとどっこい落とし穴。そろそろ皆様それとも始めからお気付きでしょうが
このお話は奮闘中に、何とって例のあれですよ乙女の神秘ですよ、昔話でもしようかと気紛れでして、
つまりちゃんと災厄は己に降りかかり、プールを楽しみにしていた少女を屠ったのでした。
祖母と母君様と若くてピッチピチな叔母(どういう目で見てんだお前)が着替える他所で
到着してから気付いたのは多分痛くなかったからだろう一番辛いのは二日目だもんな、
膝を抱えて落ち込みながら一応水着には着替えたものの入れない虚しさったらない。
しかもテレパシーの無い、結界師見てるんですね惰性でね、元いデリカシーの無い兄上様は
何で来てんのに入らないんだよといらない茶々を始終振りまいてくれましたともさ。
入りたいに決まってるじゃないか例え気乗りしてなくっても現地に付いたら対応する社交性ぐらい
当時から身に付けていましたともさそれでも何で入らないかといえば不自然に赤く染まるプールとか
あ、ちょっと面白そうとか昔も今も感じましたが自ら実験台になる意思は無い訳で、
そんな風に昔も今も振り回されっぱなしです。そもそも把握する気がないからですが。
なんなんだよな、もう。迷惑が掛かる時にしか訪れないんだな。
というより来たら諸事情が変わって色々なものが億劫になって面倒に生じる訳ですが
やっぱりこのプール事件は君がちゃんと感覚をものにしていればよかったんだよって、
そんな戒めで終わってたまるか! 皆がきゃっきゃはしゃいでるプールべりで
表情や態度にこそ出さないものの内心落ち込んでいる自分を慰める叔母の顔ぐらいやるせない。
そんな、自分にしか判らない限定のやるせなさ示されても。想像は難くないと思いますが。
来ても全く困らない時、なんてきっと無いんだ。だって来たら全てが面倒になるんだから。
そんな感じでいい感じに濁ってネガティブ路線のまま、体調の方は何とか直りました報告でした。
何処がか? 一から十までよく考えてみろクソガキと今や猫じゃない猫に脅かされますこれじゃ。

もう一つこれ系のネタを出すとしたら(もういいもういい)小学生時分からひねくれた性格でして、
何となくちょっかい出さないと気が済まない時がありました。八つ当たり程では無いのだけれど。
そんなの周知の事実だろうって答えを、それでいて答え難い質問を、
人に浴びせる事を得意としていました。これを俗に人でなしと呼びます。覚えておきましょう。
そんなだから友達がいないんだよと言うより友達の定義を見定める為の試練、
だとか自分の心の中で定義付けていた気もしますが、ある日トイレに向かう女子が
手に持っているポーチは何ぞや? と聞いてみたり。年頃の娘なんだからそれぐらい判るだろ、
勿論判っていますとも。なんというか、そういったひどく厭味な質問をした時
人はどのような反応を取るのだろう、どういった答えをするのだろう、自分以外の誰かで(重要ポイント)
実験したくて仕方が無かったのでしょう。何処ぞのトレパネーション薦めてきた人と同じです。
ちなみに自分はあっさり中身を答えるタイプです。焦らしとか存在自体しませんつまらねー。
そんな毒牙に掛かった女子もまた、あっさり秘密のポーチのネタをばらして下さいまして
うわつまんねぇ、だの同じタイプか、だのしかし自分と同じように淡白な奴もいるもんだ、
だのだの思考を巡らせた訳ですが、彼女にそう答えられた以後は目ぼしい対象が見当たらなかった為
実験を行なえませんでした。しなくていいしなくていいそんな事。若気の至りって奴です。
昔から人の事を考えないタイプだったのです。或いは一定の定義に基いた場合なら
他人にどう思われようと他人がどう思おうと構わないと傍若無人だった訳です。
何故この実験をしようと至った、思いくらいなら述べられるけれど、原因を口にするにはまだ少し、
自分に心構えが足りなくて、そうやって自身を守る事はきちっとしているから、
余計に友達なんていないんです。そりゃそうだそんな無闇な事してりゃ。
例えばそんな事する前にそこ至る動機を話せるそれこそ友達がいたとすれば、
まぁましだったんだろうと言えなくも無い。


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