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―― 連ねた意味も、持てない小鳥。
氷室火 生来
回帰

2005年07月31日(日)
クリエイティブなポジショニング。


ちらりほらりと、興味と今後の期待を持って見ている番組と、
ほんにささやかながら参加している企画がある訳ですが。
それって物凄、ローカル放送なんですね。えぇ、ものっすご(押すな)。
壮大な企画の割には放送局がここのみってのもどうなのかしらね、と予々思っていた矢先、
なんだか大胆な事を始め出し、この企画自体もそうで有りますがまたしても未知数を呼び込んで。
生み出されるドキドキの価値は、個々の意味の中で無論違ってくるものです。
そしてこれを、よいものだと受け止めておきましょう。現時点で、今の私は。
要するに、とその内容を簡潔に話す事は容易いし幾らでも貶める事は出来るのだけれど、
壮大さだって簡単に損なわれ寧ろ何がそんなにスゴイのと言われたらそれもそれでいい感じ。
拾いものにだって、福はあるかもしれない。落ちるのを待っているよりかは、幾分。
しかし確かに、それ専用で生み出されたものに対し片手間で手出しをするなんて、ともすれば
本業の方に意味が無くなってしまうのかも知れなく、共倒れ宜しくそれが原因として
何かしらに悪化する可能性も大いに有りではあるものの、しかしそれでも試してみたい
試しておきたい気持ちも、判らないものでも無いと思う訳です。その結果、誰かしらの意欲が
ちょいとでも向上するとか、プラス面でもマイナス面でもなんでもいい、変化をする、
という事が大切であり、必要なのだと。
変化は必ずしてしまうもので、押し留める事は出来なく、考えるだけで途方も無く、
思うよりも際限ないその道幅の広さと、視覚的に判る場所のあまりの狭小さに、
手許さえ危うい事もあるけれどそれでも尚、自ら飛翔を決めたのならば、流されるだけよりは
ずっともっと、違う結果があるのではと。

まぁ兎に角、それなりに楽しみにはしているって事です。仮に時に負担に、あっても。
そう言いつつも明言をするつもりも無ければそちら側にも公に晒したくない、どちらにとっても
隠したがりの小心者根性は相変わらずなのですが、サルベージされてみたい方は、
思い切って足を進めてみるのもいいかもしれません。若しか暇過ぎて、知る為の足がかりに
利用されたいだけかも知れませんが。え、土台? えすとえむ?(笑)

この要領を得ない文だけで理解された方は、もう間違いなく神奈川っ子だとか
思っちゃいますよ思っておきます思い上がれこんちくしょう!(逆切れかよ)
いやいや、思い上がった人間てのは見てるととても楽しいものですし、ねぇ?(爽)


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