
戯 言ノ源
―― 連ねた意味も、持てない小鳥。
氷室火 生来
回帰
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| 2005年06月24日(金) ■ |
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| いらないものまでインプットして。 |
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人に質問するのは苦手なのだと、最近ようやく気づいて見たりもした。 聞くが一時の恥と思うだけの神経な訳もなく、勿論理由としては違うものを用意。 大抵質問文としては、〜してもよいですか、〜した方がよいですか、のような 受身態勢なものばかりだ。何がどうこうなっているのか、というところげ触れるまでには そう易々と到達出来ない。勿論、聞きたい事柄としては山程蓄えてあるというのに。 よく使うその定型文ならば、答えはYESかNOの二択。 けれどそうでない場合の否定を、こわがっているのではと思う。 予定された内の50%、必然の計算内であれば未だしも、危ない領域に入り込んで、 懐を掻き回した挙句的外れなのだと気が付いた時に、失態と軽率さに落胆する自分と そんな己が見られる事がたまらなくいやなのだろうと、恐らくは。
云いたい事がごっちゃになっている、というのも本当に事実。 ○○が××、□□が△△と聞きたい筈が、 ○○が△△、なんてざらにある事です。 え、よくありませんか。そんなしょっちゅうあっちゃいけませんか。 これだけは意外と直らない癖でも有り。 焦り症なのですかね。いつでも緊張しっぱなしとか?(笑) 頭の中で整理した文ぐらい、しっかりと言える口を持ちたいです。 つまり結論としては、呂律が回らないという事ですね(笑)。 そうしたらパソコンやケータイは例外だと仰られるでしょうがノンノン。 しっかりその枠組みにはまる辺り、薄らちっぽけな底が見え隠れしますな。
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