
戯 言ノ源
―― 連ねた意味も、持てない小鳥。
氷室火 生来
回帰
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| 2005年04月03日(日) ■ |
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| 言い訳宣言。 |
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いやもう言い訳だろとか正直と思ったので(笑)。 更に本音をいうとこういうのって、別で枠を作るべきなんでしょうけども。 ほら、面倒くさいじゃないですかv(黙ろうか) という事でずるずると引き延ばしていた、今回の事における私なりの。 思いというかなんというか、ぼちぼち云ってみようとか。
いきなりの活動休憩状態に入ったのが、一ヶ月前。 それ以前も少憩状態であった事は否めませんがまぁこの際それは置いとくという事で(笑)。 しかし、その予兆は勿論同時期ではなく。元々、燻っていたものの認めてはいけない、 そんなものがあったのが事実。 それをどうしたものかと悩んだ、月日の結果が一ヶ月前。 けれど何も言わずに水面下も水面下、内情によって総ての処理を考え決定した実際、殆どが唐突。 相談の持ち掛けや勘繰りで悟った方がどれ程なのか、定かではないので殆ど。 その、殆どにとって殆どが唐突の、今回の事態について、取り敢えずしたためてみようとか。 これは長い旅路のような。これまで私がためていたものに過ぎないのかもしれない。 必然として長くなるし、なんて自分勝手な綴りだろう。 そういう意味では、読まずともよい文ではある。誰かにとって。 その代わり、この文さえも読めないと思われる方はこの時点で、多分さようなら。 冷たいと言われようとも、この時点で既に違うのだから。 違うのは当たり前であるけれど、正反対も面白いけれど、 つまりそういう事ではなくて、今後の文で嫌悪を感じるやもしれないという事。 誰もそんな不愉快な思いをしてまで、知りたいとは思うものではない。 だから、さようなら。 そして続きを読まれる方には。 これが私なのであると、そんな話がぐだぐだ続くという事を記しておきます。
色々書き換えたものの中に、今後の方針的なものもあります。 以前は似非のスレイヤーズであるとかゼルアメであるとか、書いてありました。 何故敢て似非などという表記にしたかと問われたら、 それはつまり多分己でこれがゼルアメでは無いとは、わかっていたから。
この辺は趣味の話ですが、基本的に私はなんでもござれです。 どの誰が誰とカプリングを組もうとも、嫌悪感はちらりとも懐かずそういう捉え方もあるのかと事実確認。 これは結構公言してますね。 けれど。それは見る側読む側、つまり一方的に情報を受け取る側である、時までの事。 今だって勿論、その部分での問題は無いのです。 つまり、問題があるのは、自分が発進側に回るという事。何かをかいて、創るという事。 そうするには自分なりのものでいいからそのキャラクタやキャラの周り、周囲、世界観。 そういったものを固めなければならない。 そして受身では無いのだから、誰かの世界観を受け入れるのではなく、 仮にある程度はそうして構築されたものであっても。 最終的に己で創らなければならないのだから、そこに好き嫌いが生じるのは必須。 かく、という事。己自ら何かをするという。 事その場面に至ってまで何でも御座れと云える程、何も感じない訳ではないのです。
ネタであるとか、パロディであるとか、そんなお気楽お遊び的な。 何もそんなものにまでうだうだと細かく拘る程頭の硬い訳でもありません。 細かいというのはこれから言おうとする事また先程から匂わせている事であって、 設定とか世界観とかそういう事では無いのです。そういうものを考えるのはすき。 さぁ、だんだん話がややこしくなってきましたね? この時点でそんなのはまだまだ早いですよ?(笑) 遊びで齧る程度、そういうものなら今だって全然平気で大好きでどんとこいです。 けれどちゃんと、かく、というのはまた、違うもの。 それを見据え向き合いかこうとして、かくもの。 その時点でようやく私にとっての好き嫌いは、出来るのです。 好き嫌い、というと両極端を一言に纏めただけあって、 多少表現したい言葉と違うような気もするのですが。 その代わりあっている、ような気もする。
宅が立ち上がったのが一年とちょっと前。看板はゼルアメで。 けれどネタでないものを書こうとした時に、気付いた。 これは私が書きたいものではない。書くものではない。書いていいものではない。 生半可な気持ちで書き連ねるのはすきじゃない。その辺はちょっと頑固者。 しかし勢いで立ち上げた訳でもない。そしてそこまで簡単に切り捨てられる、というものでもなかった。 微妙な位置付け。 それはゼルアメ自体にではなくて、ゼルアメという入口に対して、なのかもしれないけれど。
ゼルアメ、というと、違うんだ。 書きたいものが、離れていくんだ。 アメリアという人も、ゼルガディスという人も、書きたいものである事に違いは無いのに。 ゼルアメ、というと、違うんだ。 それが+や&ならまた、違った視点が得られるように。 限定せずもっと、例えばコンビという視点もあるように。 ゼルアメ、というと、違うんだ。 少し、違ってしまうんだ。
私の心に根差す其々の像が、きっと違うのだと思う。 ゼルアメと呼ばれてもしっくりこない、形を取っているのだと思う。 仮にゼルアメなのだとしても、今一般的に呼ばれるゼルアメというものとは、違うのだと。思う。 だからこそ感じる違和に、逆らおうともがこうとしていたようにも思える。 きらいではない、決して。 ただ、己がかくべきものでもないと。 はっきりしていても、認めてはまだいなかった。 そうではない、それは間違った解釈だと己の中で理由付けをする為に幾つかやってみたものの、 結局はどれも惨敗だ。 だって始めからそんなの決まっていたんだ。 誤魔化す為の創作に、一体なんの意味があるというのだろう。 それでは創られた話が可哀相。 誤魔化しの道具にされる話が可哀相。 読まれ何かを感じさせる為に存在出来ない話が可哀相。 ひいては、総て己の身に。 かいたかき手に問題があっても、かかれた話に責任が無いように。 あるとしても帰属するのは総て創り手。 私は私が創ったものに対して、卑下したり否定したりする事は無いし、 これはこれというものですきだ。つまり、読み手としての受け取り。 しかし、創り手に回った瞬間、それではいけないから。
大体、元々自由である筈なんだ。 色々なものに規制をつけて縛り付けて不自由にしているのは人であり己なのだと。 おそれるのもまたそれであるのだけれど。 この世界に生きるのなら、もう少し自分勝手になってみようと。 始めからそうであるくせに、まだ自分勝手を求めたりする、その様は中々に愚かかもしれない。 それでも、もう決めた。そして動き出した。 ゼルアメはすきだけれど。 ゼルアメはきらいではないけれど。 私を縛るものでしかないのなら。 今までの、ゼルアメとはさようなら。
そういう、事です。 今後だって読んだり見たりは勿論するし、それが楽しい事である事実にはなんら変わりようは無い。 そしてかかない訳でもない。 だが、今まででも、もう無いと。 つまりは、もう誤魔化しはやめだという事。 優柔普段や曖昧さは元々兼ね備えていたもの。 理解すべきは、受け取り側であるという事。 だってどんな思いを乗せたって、実際に受け取り解釈するのは発信者である私では無いのだもの。 それならば、始めから意思通り受け取っては貰えないのなら、もういいんじゃない? 妙な規制を敷かなくたって。 表現者の、自由にしたって。 つまりは、そういう事。
もっと簡潔に纏めると、って纏められんなら始めからそうしとけよ! それは確かなのですが、これっくらいは読んで頂けませんとv(にっこり) え、なんだか偉そう? いえいえ決してそんな事は。話を本筋に戻そうよ取り敢えず(笑)。 今後書くものは今までのゼルアメではありません。 ギャグやネタは今まで通り色々やるのは、変わらないけれど。 その他取り扱うものは、種々其々。 道なんて決まってない。あるとしても、方向性なんてその日で決まるさ。 今後、そう、今後はもう、誤魔化しはやめてみようかななんて。 結局書いている途中で沢山の誤魔化しはあるかもしれない。 けれど今までのそれとは決別なのです。 私の中に在る、渦巻いている。
アメリアをかく。
ゼルガディスをかく。
かきたいものをかく。
だって、創作ってそういうもの。 リセットじゃない。考え直し。構築のし直し。 その為に置いた一ヶ月間。 置いていた話を読まれて、無理だと思われた方には今後も 無理だと思われるものばかり続くかもしれないし。 平気だと思われたからといって、今後もずっとそうであるとは限らない。 何故なら物事は不変ではないのだから。それは普遍の事実であるのだから。 私は私のやりたいようにやる。 例え誰もそれに共感出来なくとも、許容出来なくとも、わたしはわたしでしかないのだから。
社会で生きる為に仮面をつけて対応出来るように。 今もこれからもそうであり続ける事は出来たし、容易な部類でもある。得意だからね。 でも、折角表現者に、創り手になれるのだもの。 わたしが創る、世界なのだもの。 そうしなくても、いいじゃないか。 思想の違いがあったって。 すきなようにやって。 あう人とはあう、あわない人とはあわない。 世界って、そういうもの。生きるって、そういう事。 繰り返すそれを、此処でやる事にどうして誰が文句を云える。 私は私のやりたい事をやりたいようにすきなようにやって。 そこに誰を傷付けるという意志が無くとも、 それで傷付く人がいればそれはひどく自己中心的な。 愚か者と何ら変わりは無い。 人の不快を見て楽しむのではないから、荒らしとはまた違うけれど。 部類として、受け取り方として、そういうものもある。 だから、今ここまで読んで下さった中でそうなんじゃない? と思われた方とも、やっぱりさようなら。 ごめんなさい。だってもうあわせるつもりがない。 わたしがわたしである権限を、奪う事は誰にも出来ない。
色々うだうだ面倒くさい事を云っているけれど。 結局は、思想の対立に他ならない。 なんかちょっと違うから、もちょっとやり易くやってみるよ。 そういう事。 以上、やたら長く書きながら、いまいち訳の分からない事を云っていると取られても 仕方のない文であったけれど。 後はもう、其々の方の解釈に任せます。 そしてわたしがわたしである事に、なんら変わりはないのです。 という事で、長々お付き合い、有難う御座いました。 今後も続けて下さる気がある方は、適度に宜しく(適度って)。
あっ、ちなみにリンクを貼って下さっている方々の中で。 これで見放そうと思ったり、そうなんだ。じゃさよなら。という皆々様。 また、まぁ兎も角も何っかしらが変わったんだなという許容体制の方。 どうぞお好きに棄てるなりいじるなりいじめるなりしてやって下さいませ(え)。 言葉が悪い気もするんですが、それこそ個々の判断に委ねます。 しかし結局じゃあお前はどう変わったのかと聞かれたら謎です(おい)。 ゼルアメ屋だろうがスレイヤーズだろうがその他なんであろうが、表記するのはその方のセンスv 責任転嫁は得意です。すきでもないけど(笑)。
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