見つめる日々

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2010年10月03日(日) 
何度か眠りが途切れる。途切れるたび、手元の時計を見て、まだ起き上がるには早いと目を瞑る。どうしても眠りが戻ってこないときには、頓服を半分に割って飲む。そうやって朝まで何とか眠る。
午前四時半。さすがにもうここまで来ればいいやと、起き上がる。部屋の灯りをつけ、大きく伸びをする。外はまだまだ闇色。
PCの電源を入れる。今朝最初に流れてきたのは、Pat MethenyのLast Train Home。私の好きな曲のひとつだ。その音を聴きながら、お湯を沸かそうと台所に立つと、後ろでかりかり音がする。振り返ると、ココアが籠の入り口のところに齧りついている。おはようココア、私は声を掛ける。ココアは懸命に入り口のところに齧りついて、私の声なんて聴こえていない感じだ。私は扉を開け、彼女を手のひらに乗せる。最近ココアはちょっと気が立っている感じがする。今まで娘のことなんて噛まなかったのに、よく噛んでは娘に怒られている。というより、娘が泣く。泣いて、また噛まれたぁと声を上げる。今朝はどうかなと思いながら背中を撫でてやると、私の指の腹をがりっと噛む。痛い、と思ったが、とりあえず我慢。二度、三度、立て続けに噛むことはないだろう、と思って。一度私の指を噛んで気が済んだのか、彼女はちょっと落ち着いてきた。何がそんなに彼女の気を荒立てているんだろう。最初はハムスターにも生理があるのかしらんなんて思っていたが、それにしては長い。私には事情がよく分からない。ひまわりの種を口のところへ持っていくと、かぷっと口の中に入れるココア。私は彼女を籠に戻す。
ふと見ると、ゴロがこちらを見上げている。おはようゴロ。私は笑いながら彼女に挨拶する。ゴロは、相変わらず暢気な性格のようで。鼻をひくひくさせながら、こちらが手を差し出すのを待っている。私は彼女を抱き上げ、背中を撫でてやる。三人のうちでゴロが一番穏やかな性格だ。絶対噛んだりしない。同じ種類のハムスターなのに、こんなにも違う。
ひとしきりゴロの相手をし、ゴロを籠に戻してからお湯を沸かす。レモングラスのハーブティーを入れる。マグカップを持ってとりあえず机へ。
メールのチェックをしながら、昨日送られてきた書類のチェックも為す。とりあえず今日中にやらなければならないものをプリントアウトする。
プリンターがかたかた動くのを感じながら、私は窓の外を見やる。少し闇色が薄れてきただろうか。私は窓を開け、ベランダに出る。
こんな暗い空の下でも、デージーの黄色は鮮やかに輝いている。この花が本当に終わってしまったら、きっとこのあたりは寂しくなるんだろうな、と思う。まるで灯りが消えたみたいになるんだろうな、と。ラヴェンダーはまだまだ、花芽の出る様子はなく。
弱っているパスカリ。新たに別のところからも、ひょいっと新芽を出してきた。その曲がり具合が何ともおかしくて、私はちょっと笑ってしまう。でも、新しい芽が出てきてよかった。本当によかった。
桃色の、ぼんぼりのような花を咲かせる樹。根元からぐいっと伸びてきた枝に、ひとつの蕾の気配。本当に小さい、小さい粒。他には今のところ、花芽の気配はない。
友人から貰った枝。紅い花弁が下から見え始めた。まだほんのちょこっとだけれども。咲くのが楽しみだ。この花は、切り花にすると実に長いこと咲いていてくれる。
横に広がって伸びているパスカリ。せっかく支え棒で支えたつもりだったのに、すっかりそこから外れて枝が落ちている。一本の支え棒じゃどうにもならないんだということに気づく。考えて、二本の支え棒で挟むようにしてみることにする。これでどうだろう。大丈夫だといいのだけれども。ふたつの蕾は順調に膨らんできている。
ミミエデン、ふたつの蕾はぷっくらしてきており。新葉もきれいな緑色に変わった。ひとつの蕾からは、下の花弁の白い色が、僅かに覗いてきている。
ベビーロマンティカは、まだ中央の花が開かない。一方、周りのみっつの蕾は、ぐいぐい膨らんできている。一体どうしちゃったんだろう、この中央の蕾は。開くのを忘れているんだろうか。私は首を傾げる。まぁ、もうしばらく様子を見ていよう。
マリリン・モンローは、ふたつの蕾を湛えながら立っている。体のあちこちから、紅い縁取りのある新葉をにょきにょきと萌え出させており。
ホワイトクリスマスもまた、ふたつの蕾を抱きかかえながら悠然と立っている。上へ上へと伸びてきた枝。何処まで高くなるんだろう。
そして、ムスカリとイフェイオンの鉢。ぐいぐい伸びてきている。私は小さく溜息をつく。今からそんなに元気に出てこなくてもいいんだよ、と、小さい声で言ってみる。もっと寒くなってからでいいんだからね、と。でも、きっとそんな私の声なんて関係なく、ぐいぐいと今日も伸びてくるんだろうな、と思う。
アメリカンブルーは今朝、まだひとつの花も開かせていず。それもそうだろう。まだ夜明け前。夜明けの気配さえ、おぼろ。
私は部屋に戻り、机に座る。プリントアウトしたものをファイルに閉じ、重要なところに赤線を引いて鞄に入れる。
さぁとりあえず朝の仕事に取り掛かろう。私は口紅をさっと引いて、準備を整える。

しばらく連絡を断っていた友人から、連絡が来る。彼女の事情を聴き、私は私なりに考える。彼女が、私と自分とを繋ぐものが、失われたと思っていたという言葉を聴き、あぁ、そんなふうに受け止めていたのだなぁと改めて知る。私は私なりの考えでしたことだったが、それが彼女にはそう受け止められていたのか、と。
とりあえず、事情も事情だし、会おうと約束を交わす。それから後のことは、その時また考えればいい。そう思う。

仕事を為しながら、ふと、娘のことを考える。父親不在、というその形を、彼女はどんなふうに捉えているのだろう、と改めて考える。もちろんそれは、私には知る由もなく。娘はよほどのことがなければそのことに触れないから。一度だけ、私だって寂しいんだよ、と、テレビを見ながら言ったことがあったが、それきり、だ。
でも。だからといって私が今、誰かと一緒になる、ということは、私自身が考えられない。娘には申し訳ないと思うが、それが現実だ。
どこまでこの父親不在の、母娘の形がもつのかどうか分からないが、とりあえず今は、これでやっていくしかない。娘よ、ごめん。

写真を通じて最近知り合った知人から送ってもらった現像液を使って、フィルム現像をしてみる。そしてプリントすると、ありありと分かる。目が立つのだ。びっくりするほど。をを、懐かしい感触、なんてことを思いながら、私は次々焼いてみる。
焼きながら、ふとした合間に、彼の、Ibasyoシリーズの写真を思い浮かべる。数年前、私はあの中に在たと思う。娘が言うように、私とあの中にいる彼女らの、リストカットの事情は異なる。異なるが、外から見たら一緒だろう。血まみれになりながら、幽霊のようにうろうろしていた。自分の場所を探していた。
たまたま、私には、写真という術があった。それだけが、言ってみれば、違い、とでもいおうか。
私は、もう、赦せるだろうか。あの事件で穢れた自分のことを、赦せるだろうか。…答えは、すぐには出ない。

自転車で海まで走ろう。そう思った。朝の仕事を終えて、私は一気に走った。鳩の集う公園を抜けて、川沿いをひたすら走り。港へ。
そこには穏やかな風景が広がっている。マラソンをする男女。犬の散歩をする老夫婦。穏やかな穏やかな光景。なんだか私とは、フィルム一枚隔てた、向こう側にあるかのような、そんな光景。
海は朝の陽光を全身に受けてきらきらと輝いており。でも、その色は深い深い紺色で。いっそのことこの海に溶けてしまいたい。そんな衝動に駆られる。
でも。私は溶けることができないことも知っている。所詮なることができたとしても海の藻屑。海になることは、できない。
ふと思い出して、メールを打つ。娘宛。おはよう。テスト頑張ってね。応援してるよ。それだけ打って、送信する。
整備されすぎたこの辺り、私には正直、居心地が悪い。昔の、ちょっと薄汚れた港の方が、私には馴染みがある。
私は、大きく息を吸った後、ペダルを漕ぎ出す。
さぁ、今日も一日が始まる。いい一日でありますように。


遠藤みちる HOMEMAIL

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