見つめる日々

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2010年10月01日(金) 
起き上がり、窓を開ける。いきなり濃密な雲、どんよりと垂れ込めている。まさに垂れ込めているという言葉が似合いの様相。今が朝なのか夕方なのか、間違えるところだった。何て暗いんだろう。私はしばし呆気に取られ、ぼんやりと空を眺める。
気を取り直し、ベランダに出てプランターの脇にしゃがみこむ。デージーは今日もまだちゃんと咲いてくれている。最後の輝きとでもいうんだろうか、ミニチュアの花畑のよう。ラヴェンダー、鼻を近づけると、ふわり、やさしい香りがする。
弱っているパスカリ。ひょいと伸ばした新芽が少しずつ開いてきている。紅い縁取りのある新葉。
桃色の、ぼんぼりのような花を咲かせる樹。ぐいっと根元から伸びてきた枝の先に、もしかしたらこれは花芽かもしれないという小さな粒が見える。花芽だといいな、私は指先でちょんっと先に触れる。
友人から貰った枝、先に咲いた枝の方に、新たな蕾。だいぶ膨らんできた。それにしてもこの枝は本当に元気がいい。ぐいぐい伸びてくる。この間咲いてくれた枝の方も、新たな葉の気配を湛えている。
横に広がって伸びているパスカリ。もう蕾をふたつつけている枝が、重たそうに撓っている。花が咲いたら必ず短く切り詰めてやろう。
その脇に挿した枝二本。新芽が出てきたと思ったのに、一本が怪しい。やっぱり油断は禁物なんだよなぁと私はひとりごちる。このまま枯れてしまうか、それとも芽が出るか。片方はまだ大丈夫そうなのだけれど。
ミミエデン、ふたつの蕾がだいぶ膨らんできた。そして新葉もようやく緑色に。今から花が咲いてくれるのが楽しみでならない。
ベビーロマンティカは今中央にぷっくり膨らんでいる蕾以外にも、みっつ、蕾がついた。萌黄色の新葉をぐいぐい伸ばしてきている。一部、ミミエデンにかかってしまっているものまであるくらい。でもまぁ、せっかく伸びたのだから、しばらくはこのままにしておこう。
マリリン・モンロー。新たな蕾をふたつつけた。そしてあっちこっちから紅い新葉。まさにあっちこっち。根元からも前回切った枝のところからも。これじゃぁ樹のバランスがとれないだろうにと思うのだが、そこはやっぱり根っこの強さか。びくともしない。
ホワイトクリスマス。昨日のうちに切り花にした。他にもふたつ、蕾が生まれている。上へ上へと伸びてくるホワイトクリスマスの姿。なんだかちょっと、昔観たアニメの映画を思い出す。神様の力でぐいぐい伸びてくる枝葉の姿に、何処かちょっと似ている。
ムスカリの他にも、イフェイオンまで芽がでてきてしまった。ふと見たら、ダンゴムシがこにょこにょ動いている。私は慌てて彼らをベランダから放り投げる。本当はそんなことしちゃいけないんだろうけれども、まぁ、この時間、下を歩いている人はいないから。ゴメンナサイ。
アメリカンブルーは今朝よっつの花をつけてくれた。この暗い空の下でも、輝くようなその色。ふと見上げると、だいぶ空は明るさを得てきたらしい。濃灰色の雲がみっしり、一面に広がっている。また雨が降るんだろうか。それとも今日は晴れるんだろうか。
部屋に戻り、お湯を沸かす。生姜茶を濃い目に入れる。ついでに、煮出すタイプのふくぎ茶を、薬缶いっぱいに作ることにする。
マグカップを持って机へ。PCの電源を入れ、メールのチェック。重要なメールは今朝は一通のみ。他は届いていない。ちょっとほっとする。昨日為した作業のチェックをし、とりあえず朝の仕事の準備にかかる。その前に娘を起こさないと。枕元にわざわざメモが置いてあった。「五時にたたき起こして!」と。

友人に電話をする。更年期障害についていろいろと教えてもらう。というのも、このところ、朝のぼせて、汗までかくことが続いている。こう涼しくなっても、朝汗をかくことは変わらない。彼女の話を聴いていて思い出す。そういえば私は不妊治療もしたのだった。薬も長年飲んでいる。人より早く更年期障害が来て全然おかしくはない。確実なのは婦人科に行って検査してもらうことだよ、と言われる。確かに。しかし、その勇気が沸かない。婦人科というのは、どうもいい思い出がなくて、躊躇われる。しかも、今、行きつけの婦人科で従兄弟の嫁が働き出したので、正直行きにくい。まあ、そんなこと言ってられないだろ、というのが本当のところなのだが。
電話を切ったところに、娘が帰ってくる。塾が休みの、貴重な一日。
ねぇねぇ、それでどうすることにしたの? 何が? 何がって、告白した相手とだよぉ。文通することにしたっ! えぇっ、そうなの? 住所教えてくれるって。ををっ、いいじゃんいいじゃん、ママも小学生のとき、たくさんの人と文通してたよ。楽しいんだよね、あれ。でも、あなた、字きれいに書かないとだめだよ。うーん。字の練習、したら? いいんだよ、もう。私、字、どうせ下手だもん。って、諦めないでさぁ、書き方の練習しようよ。いいよ、もう、ママ! なんでママがそうわくわくするわけ? いやぁ、これからポストにあなた宛の手紙が男の子から届くと思うと…。ママっ!!! ははは。

洗い場の下の棚を整理していて、ふと見つける。去年母から貰った根昆布茶の粉末。これ、ものはいいのだけれどもそんなにおいしくなかったんだよなぁと苦笑しながら思い出す。でも、せっかくもらったのだもの、また飲んでみようか。
私が根昆布茶の粉末を懸命に溶いていると、ママ、私も欲しい、と娘から声が掛かる。というわけで二人分、作ってみる。しかし、このままだとちょっと味が薄すぎる。というか、まさに根昆布の味。どうしようか、うん、どうしようか。二人で顔を見合わせる。そして思い出す。だし醤油があったね、あれ、ちょっとだけ入れてみようか。うんうん、それがいい! というわけで入れてみる。ぐんとおいしくなった。私たちははふはふ言いながら、お茶を楽しむ。
飲み終わって、改めて棚の片づけを続ける。賞味期限切れの缶詰がごそごそと。もったいないことをした。非常食と思って大事にとっておいたのはいいけれど、結局食べ損ねてしまった。ごめんなさいといいながら、ゴミに出すことにする。ラーメンも二袋出てきた。その昔懐かしいラーメンの包みを見ながら、私は父を思い出す。
父と山小屋に冬スキーに行くとき。母が時々ついてこないことがあった。そうすると、父はラーメンを作る。野菜も何も入っていない、まさに茹でただけのラーメン。でも、普段、ラーメンなんて食べさせてもらえない私や弟にとって、それはちょっとしたご馳走で。結構楽しみだった。父のラーメンは、時に伸びすぎていたり、時に固かったりするのだが、それでも私たちは文句言わずにぺろりと食べた。
そのスキーは、本当にもう厳しい練習で。父の教え方は容赦なかった。ストックで膝の裏を叩かれたり、お尻をひっぱたかれたりするのなんて日常茶飯事で。そして何より、リフトに乗らない。足腰を鍛えるためといって、絶対にリフトに乗せてくれなかった。私たちは斜面を懸命になって上ったものだった。弟はそれが嫌でスキーが嫌いになったと言っていた。私は、確かに父に教えてもらっている最中は嫌いだったが、いざ友人とこっそりスキーに行ってみたら、すいすい滑れるしリフトも乗り放題だし、嬉しくて楽しくてしょうがなかった。ちょっとだけ、父に感謝した。もちろん父にはそんなこと、一言も告げてはいないけれども。
今、父はスキーを母から禁じられている。冬山に独りで行って、大怪我でもした日には、という理由で、絶対に駄目だと言われている。あれほど冬山が好きで、スキーが好きだった父にとって、これはかなり辛い言い渡しだと思えるのだが。
いつか、二人でスキーに行こう、なんて、誘ってみようか。いや、まだ誘えないかも。でも、いつか。そう、できれば早いうちに、いつか…。

じゃぁね、それじゃぁね。手を振って別れる。
校庭では、秋の陸上大会のために、六年生が練習をしている。私はそれをちょっと眺めた後、階段を駆け下りる。
自転車に跨り、走り出す。坂を下り、信号を渡って公園へ。公園はしんと静まり返っており。ちょうど大型犬二匹を散歩させている人とすれ違う。あんなに大きな犬を二匹育てるのは大変だろうなぁなんて思いつつ、私は池に向かう。
池の向こう側には、例の如く、トラ猫が陣取っている。私は心の中、おはようと声を掛ける。池の水面には、暗い暗い雲と両側からせり出すように伸びている樹木の枝葉が映っている。陰影の画。
大通りを渡り、高架下を潜って埋立地へ。どこもかしこも制服警官だらけ。なんでこんなにいるんだろう。何しに歩いているんだろう。全く分からない。そのくせ、うちの家の前の交番には誰もいなかった。私はあの交番に何度か駆け込んだことがあるが、誰かいたためしがない。がっくりする。
銀杏の樹は、何本かがもう黄緑色に変わっており。あぁそういう季節なのだなぁと思う。大通りの横断歩道を渡り、左折する。そのまま真っ直ぐ走る。たくさんの通勤人とすれ違う。みな、下を向いて歩いている。前を向いて歩いている人の何と少ないことか。
駐輪場のおじさんにおはようございますと声を掛ける。駐輪の札を貼ってもらって、自転車を停める。
さぁ今日もまた一日が始まる。私は歩道橋の階段を駆け上がる。


遠藤みちる HOMEMAIL

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