見つめる日々

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2010年09月24日(金) 
起き上がり、窓を開ける。いつの間にか雨は止んで。強く吹き付ける風に、街路樹の緑がひらひらと翻っている。空には一面雨雲が残っており。濃淡のある鼠色の雲。ちょっと顔を横にして眺めると、まるでちょっと怒った人の顔のように見える。
ラヴェンダーとデージーのプランターの脇にしゃがみこむ。デージーは、まだまだ自分は大丈夫なんだよとアピールするかのように、風に揺れ、こちらに手を振っている。ラヴェンダーは、這うように伸びた枝の要所要所からさらに小さな枝が伸び、それは空に向かってぴっと立っている。これで花が咲いてくれたら嬉しいのになぁと、ちょっぴり贅沢なことを思ってしまう。
弱っているパスカリ。でも、昨日の雨が気持ちよかったのか、新葉をひらひら風に揺らしている。まだ次の新芽の気配は見られない。
桃色の、ぼんぼりのような花を咲かせる樹。今まさにそのぼんぼりが咲いている。ぽっくりぽっくり、そういえば、ベビーロマンティカの花の形とちょっと似ているかもしれない。桃色の花弁が灰色の世界の中、ひときわ映える。
友人から貰った枝を挿した二本。一本が徐々に徐々に花弁を綻ばせ始めた。濃い紅色。そしてもう一本も、元気に伸びてきている。
横に広がって伸びているパスカリ。蕾はまだ小さいけれどふたつ。長く伸びた枝が風に揺れている。花が咲き終わったら短めに切ってやろうと思う。
ミミエデン。ふたつの蕾が空に向かって首をもたげている。一方の枝からは新芽がくいくいっと萌え出てきており。これから多分涼しくなる。そうしたら少しは過ごしやすくなるだろう。その間に、元気な葉をいっぱい出して欲しい。
ベビーロマンティカは、雨をいっぱい浴びたのか、葉がつやつやと輝いている。蕾も今ひとつ、在る。萌黄色の蕾と新葉、この灰色の空の下でも元気いっぱい。
マリリン・モンローは、ひとつの蕾が花開いた。今日帰ってきたら切り花にしてやろう。そしてもうひとつの蕾も順調に膨らんできている。体のあちこちから新芽を吹き出させており。開いた花に、鼻を近づけると、芳醇なあの香りが漂ってくる。
ホワイトクリスマスもふたつのつぼみを湛えており。マリリン・モンローの勢いには負けるが、徐々に徐々に新葉を広げてきている。悠然と風に向かうその姿に、何となく私は目を細める。
アメリカンブルーは今朝むっつの花を開かせており。細い枝が、風にゆらゆらと揺れている。真っ青なその花の色が、この空の下でも鮮やかに輝いている。
私は部屋に戻り、お湯を沸かす。ふくぎ茶の茶葉がもうなくなってしまった。少し迷って、レモングラスの葉を茶漉しに入れる。そっとお湯を注ぐと、レモングラスのあの爽やかな香りがふわっと漂ってくる。いい香り。
カップを持って机に座る。椅子に座って見上げる窓の外は、やっぱり一面雲に覆われており。でも、何だろう、私にとってはこの風が心地よい。火照った上半身を風が冷ましてくれる。そんな感じ。
昨日は家を出ようとした途端、雨がぶわっと降ってきた。自転車に跨ったまま、どうする?と娘に尋ねると、このまま走る!と返事。じゃぁ行くか、ということで走り出す。一漕ぎするごとに雨粒は大きくなり、勢いを増し、私たちに降りつけてくる。それが気持ちいいのだろう、娘がきゃぁきゃぁと声を上げる。その気持ちはとてもよく分かる。私にとっても、こういう勢いのいい雨は、自然のシャワーを浴びているようで、たまらなく気持ちいい。
ひとしきり走って、駐輪場に自転車を停める。私たちは軒下に駆け込み、持ってきたタオルでごしごし体を拭く。それもまた楽しい。私たちは終始笑顔で、そのまま映画館へ。一ヶ月以上前から娘と約束していた映画を見る。
映画を見終わり、外に出ると雨は一休みしているらしく。私たちはまた、自転車で走り出す。海を見に行こうということになり、一気に走る。港は慌しく船が出入りしており。私たちは隅の方に自転車を停め、ぶらぶらと歩き出す。
ママ、海が大喜びしてるみたいだね。そうだね。さぁ大騒ぎするぞって感じ。ははは、確かにそんな感じがするね。それにしてもいい色だ。何が? 何がって、海がだよ。これいい色なの? そう思わない? うーん、なんかどす黒いって感じがするけど。そう? ママには濃紺に見えるけど。ママの目と私の目、違うのかな? そりゃ違うだろうね、うん。
途中コンビニで買ってきたサンドウィッチを頬張りながら、私たちはなおも、海を見つめている。いや、本当は、雨を待っていた。雨がいつ降りだすかと、そればかり、待っていた。
ママ、雨降ってきた! じゃ、行くか! 私たちは雨を合図に自転車に跨り、再び雨の中を走り出す。娘は大きな声で歌を歌いながら、私はその声に耳を澄ましながら走る。坂を上る頃には、雨粒はこれでもかというほど大粒になっており。恵みのシャワーを浴びながら、私たちはようやく家に辿り着く。
ほい、お風呂! 私は湯船いっぱいにお湯を張り、娘を先に風呂に入れる。こういうときの娘の風呂は長い。非常に長い。湯船に浸かりながら、リコーダーを吹いてみたり、歌を歌ってみたり、彼女のひとり遊びは実に長い。でも、そういうのを邪魔はしないことにしている。私は、お茶を飲みながら、風呂場から響いてくる音に耳を澄まし、煙草をふかして待っている。
夕飯は、娘のリクエストで、温そうめん。葱をいっぱい散らして、最後にラー油をちょっと垂らして食べる。

友人と久しぶりに話す。西の町に住む友人は、この夏を越えて、ずいぶん元気になった。とんとんとリズムよく話が進む。途中娘が割り込んできて、ハムスターの話題で盛り上がったりしながら、私たちは、岡原功祐氏の居場所シリーズの写真についてあれこれ話をする。あんなふうにフラットに撮ってもらえたらいいよね、と彼女が言う。悲惨でも同情でも何でもなく、ありのままにありのままを撮る。それができる人って、なかなかいないと思う。いつか日本でもっと活動するようになったら、その時の写真が楽しみだね。そんなことを話す。
そういえば、私の個展まで、あと約一ヶ月。準備するものは一通りしたつもりだ。あとはDMの宛名書きが残っているくらいか。それでも正直、展覧会が始まるまでは不安なのだ。何かし忘れたことはないか、何かないか、と、気になって仕方がない。やり残したことがひとつもありませんように、と、いつもいつも自分に問いかける。
ねぇさん、今夜くらいはゆっくり休むんだよ。お嬢も心配してるんだから。ね? 友人が繰り返し私に言ってくる。余計なことは考えなくていいから、もうそんなこと、どうだっていいんだよ、だってねぇさんがやれることはやったじゃん、いや、やる必要のないことまでやったじゃん、もうほかっといていいんだよ。そうなのかな。そうなの! だから今夜はゆっくり休むんだよ。よし、分かった。そうする。よし! 私たちはそんなふうにして、笑い合って電話を切る。
外ではざんざんと、雨が降っている。

朝の一仕事を終えて、娘を起こす。開け放した窓から滑り込んでくる風に、うぅ、寒い!と、シャツ一枚の娘が言う。ママ、今日は長袖? うーん、どうなんだろう、長袖かもしれないね。って、ママ、半袖着てるじゃん。あ、間違えた。ママ、ドジ! ははは。
洗い物を済まし、テーブルの上を片付けて、出かける準備。娘はココアに足を噛まれたと喚いている。噛まれた噛まれたと言いながら、それでもココアやミルクを四六時中構っている娘。ハムスターの寿命が短いことを、ふと私は思う。この子たちが死んでしまったら、娘はどんな思いになるんだろう。でも、生あるものは必ず死を迎えるもの。それもひとつの、通り道。
じゃぁね、それじゃぁね、手を振って別れる。私は階段を駆け下り、自転車に跨る。雨が降るでしょうという天気予報は聴いたが、だからといってバスに乗りたいとはどうも思えず。自転車で走り出す。
坂を下り、信号を渡り、公園へ。公園の池の周りの茂みは、鬱蒼として、まるで夕闇の中の森のようだ。私は池の端に立って空を見上げる。ぐいぐい流れる鼠色の雲。ふと気配を感じて池の向こう岸を見ると、トラ猫がのっそり、姿を現わした。おはよう、心の中、声を掛ける。
大通りを渡り、高架下を潜って埋立地へ。今朝は人の往き来する通り。ビルに吸い込まれるように入っていく人、人、人。私はその合間を縫って走る。
駐輪場で、駐輪の札を貼ってもらい、自転車を停める。一瞬ふわっと、陽光が射した。見上げると、雲の切れ間。でもそれも、一瞬のこと。
さぁ、今日も一日が始まる。私は勢いよく歩き出す。


遠藤みちる HOMEMAIL

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