見つめる日々

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2010年08月30日(月) 
夢見が悪くて何度も目が覚める。気持ちの悪い、おどろおどろしい夢で、起き上がるたび、体が震える。どうしてこんなにも何度も繰り返し、そんな映像が頭に浮かばなければいけないんだろう。思っても思っても、そこから抜けられない。
ようやっと眠りについたと思った瞬間、娘の足が飛んでくる。ちょうど私の顔面。痛い、と反射的にその足を叩く。叩かれた方はさぞや痛いだろうと思うのだが、娘はびくともしない。ぐーかー眠っている。私は蹴られた顔面をさすりながら、羨ましくなる。
結局明け方、ようやっと二時間ほど眠ることができたが、寝不足は顔に出て、すっかり浮腫んでいる。丹念に顔を洗い、マッサージをし、どうにか見られるようにはなったが、我ながら情けなく思う。
窓を開け、ベランダに出る。アメリカンブルーの三輪の花が出迎えてくれる。なんだかほっとしながらその花を見つめる。青く青く、目の覚めるようなその色。そっと指で花びらに触れてみる。ちょっと間違えたら花びらが折れてしまうんじゃないかと思うほど薄い花びらなのに、ぴんと張って、私の指の腹を押し返す。強いんだ、そのことに訳もなく心が震える。
留守にしていた週末、その間に、ミミエデンがうわっと新芽を芽吹かせた。どこにこんなにたくさんの葉を隠していたのかと思うほど。吸血虫のせいで縮れた葉の上に、さらに覆い被さるようにして開いてきた新芽たち。まるで私を慰めようとしているかのようで。ありがとうね、と小さく呟く。
ベビーロマンティカも、ミミエデンに負けず劣らず、新芽をふき出させている。こちらはミミエデンの紅色の新芽と違って、萌黄色の新芽。その中にもしかしたら花芽も隠れているのかもしれない。そんなベビーロマンティカは、今ひとつの蕾を咲かせようとしているところ。
マリリン・モンローも、これまた新芽を出している。赤い縁取りのある新芽たち。マリリン・モンローは、どう言えばいいんだろう、塊で新芽をぶわりと出してくるところがある。今回もそう。
ホワイトクリスマスは、花が開ききってしまった。留守の間にごめんね、と心の中、謝る。鋏でちょきんと花を切り落とす。長めに切って、その一部を挿し木にしてみる。根付くかどうかは分からないが、とりあえず。
横に横に広がっているパスカリは、その枝の先っちょに小さな花芽をつけた。多分花も小さめだろうけれど嬉しい。花が咲いたら、枝を大きく切り詰めてやろうと思う。
友人から貰ったものを挿し木したそれは、私の留守中にまた新芽を芽吹かせ、すでに紅色から緑色へと葉の色を変化させている。二本在るのだが、その二本、くっつけて挿しすぎた気がする。季節が来たら、植え替えてやろう、私は心にそう、メモをする。
桃色の、ぼんぼりのような花を咲かせる樹も、新芽を何枚か開かせた。この週末は、私が留守だというのに、本当に大きな変化がこのプランターたちにあったのだなぁと思う。その変化をじっと見つめることができなくて、本当に残念だ。
そして最後に、ラヴェンダーとデージー。娘が言っていた、ミルクとココアはデージーが好きなんだよ、と。そんなところにハムスターたちを連れてきているとは露知らず。どうも、ここに連れてくると、ミルクとココアは狂喜して、デージーの葉を噛み噛みするのだそうだ。何故なんだろう。そんなデージーはもう、終わりを迎えている。褐色に変化したその枝葉。もうそろそろ抜いてやる時期なんだろうか。そこのところが私はよく分からない。母ならきっと、そういうのがすぱんと分かるのだろうに。それを思うとちょっと悔しい。でも私は何故か、種より枝の方が好きなところがある。理由は自分でもよく分からないのだけれども。絡まり合った枝葉を解きながら、種はいつ取ったらいいのだろうと考える。そういうタイミングさえ、よく分からない。
部屋に戻り、お湯を沸かす。ふくぎ茶をポットいっぱい作る。最近これをアイスで飲むのが好きになった。アイスにすると、ふくぎ茶の爽やかさがさらに引き立つように感じられる。不思議だ。
机に座り、煙草に火をつける。ゆっくりと吸い込んで、ふぅっと吐き出す。ただそれだけのことなのだが、私はふっと自分の強張った体が緩んでいくのを感じる。窓の外、薄く雲のかかった空。水色と灰色をちょうど半々で混ぜたら、こんな色味になるんだろうか。
娘が夕べ、ぼろぼろ涙をこぼしながら、テレビを見つめていた。一人のタレントが、必死にゴールを目指して走る姿がそこには在った。娘はぼろぼろ涙を零しながら、今どんな気持ちなんだろう、今どんなに体痛いだろう、と繰り返し呟いている。私は、自分が昔、走っていた頃のことを思い出す。私は後半が好きだった。きつくなってきて、きつくてきつくてたまらなくなってきたその直後、ふっとそれが抜ける瞬間があって。それが抜けると、何故か足が勝手に走り出す。体が勝手に反応し始める。そんなところがあった。どんなにきつくても、ゴールする瞬間というのはたまらなく爽快で。でも、ゴールしてもまだ、走れそうな気持ちさえして。よく、しばらく小走りに歩き回っていたのを思い出す。
そのタレントがたまたま、ニューハーフだとかで。そのことをテレビの人がやたらに繰り返す。でも。
見ている私や、そして多分娘にとっても、そんなことどうでもよかった。彼だろうと彼女だろうと、一人の人間が懸命に今走っている。そのことが、胸をかきたてるというだけで、彼だろうと彼女だろうと、そんなこと、関係なかった。何故そんなに、繰り返し、性のことばかりテレビの人は喋っているのだろう。そのことが不思議だった。
見終わった後、顔をぐちゃぐちゃにしながら、すごいねぇと娘が言った。私も、よかったねぇと返事をする。ママ、感動しないの? 娘が尋ねてくる。感動してるよ、でも、なんで男とか女とか、いちいち言うんだろうって思って聴いてた。あ、それ思うよね、どっちでもいいじゃんねぇ、そんなの。娘も首を傾げる。
なんだかふっと、突然ふっと思った。男だからとか、女だから、とか、そういうのってどうして、いろんなところでついて回るんだろう。男だから、女だから、そんなのどうだっていいじゃないか。男が料理して何が悪い。女が走って何が悪い。そんなのどっちだっていいじゃないか。その一人の人間が、懸命に為したことなら、それは性に関係なく正当に評価されるべきで。何故なんだろう。そうならないのは。
娘が突然言う。私、女に生まれてきて、損したの? はい?? な、なんでそんなこと思うの? だって、男より弱いし、男より女はできないってイメージがあるし。私、女に生まれてきて、損したのかなぁ。うーん、ママは、女に生まれてきて損したこと、確かにたくさんあるけど、女に生まれてきて後悔はしていないよ。そうなの? だって女だからあなたを産めたわけだし。それだけじゃん。そ、それだけって、それって大きいことじゃない? 子供産めるだけで、他は全部、男より弱いじゃん、女って。男より、下じゃん。下? 下だよ、下。なんか、男の方が有利じゃん。あぁ、そういうことかぁ。うーん、ママもそれは、おかしいと思うよ。女だろうと男だろうと、いいじゃんねぇ。ママ、私が男に生まれればよかったって、思ったこと、ない? ん? 産む前、男の子が生まれると勝手に信じてたから、女の子が生まれてきてびっくりした、っていうのはあったよ。私がそう言って笑うと、娘も苦笑する。でも、ママは、あなたが女の子でよかった、と今は思ってるよ。どうして? こうやっておしゃべりもできるしね。…そうなの? うん。でもさ、私が男の子だったら、ママを守ってあげられたかもしんないじゃん。はははははは。それは逆でしょ、ママがあなたを守ってあげなくちゃならない立場で。いやいや、違う、私がママを守らなくちゃならないんだよ。なんで? なんでも! ははははは。

友人と話しながら、友人が今、まさに恋の真っ只中にいるのだな、と思う。私と一つしか違わない彼女。その彼女の、燃えるような恋の様子を聴くにつれ、私は一体何をやってるんだろうかと思うことがある。私にとって、恋は、とてもとても、遠い。何故だろう、とてつもなく遠い。

じゃぁね、それじゃぁね。手を振って別れようとした瞬間、校庭でスプリンクラーが回り始める。うわぁと声をあげ、二人して見入る。東から広がる陽光に輝く水たち。校庭全体に、小さな虹が広がっていく、そんなようにさえ見えた。
私は階段を駆け下り、バス停へ。足を踏み出そうとしたそこに、蝉が転がっていた。こわごわ指で摘む。僅かに抗う蝉。私は、誰にも踏まれない場所へ、蝉を運ぶ。ここなら大丈夫。塀の上に蝉を乗せ、そうして私はちょうどバスがやってきたバス停へ走る。
女性専用車両に滑り込み、ほっと一息。急行は、やがて病院最寄の駅に辿り着き。どっと人が降りる。私はその人ごみに塗れぬよう、一足先に飛び降りて、階段を駆け上がる。
さぁ、今日も一日が始まる。


遠藤みちる HOMEMAIL

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