2010年08月26日(木) |
起き上がり、窓を開ける。闇の薄らみ始めた西の空にぽっかり、丸い月が浮かんでいる。見事なほどそれは煌々と輝き。私はしばし見惚れてしまう。 言葉の通じない人っている。たとえば、ありがとうございます、と言いながら、すぐその後に、でも、と続ける。だったらありがとうございますと言わない方がいいんじゃないだろうかと思う。そこではっと気づく。あぁ、ゲームだ、と。交流分析でいうところのゲームだ。私はゲームを仕掛けられてたのか、と。気づいて笑ってしまった。もっと早くに気づくべきだった。そうであれば、私はただ、にっこり傍観していればよかったというのに。ひとつひとつ丁寧に返答しようと努力してしまった。それじゃぁ相手の思う壺だ。さらに、ありがとうございます、でもね、と続けてくるんだろう。決めた、もう下手に返答するのはやめよう。にっこり笑って、黙っていよう。このままいったら、両方でいやな気分になるだけだもの。 サポート電話用の、HPを作っている。作りながらふと、思いついた。貸し出し図書を一緒に為すことはできないんだろうか、と。図書館に行けばもちろんそれで済む。でも、被害者の人たちはそういった場所に出ることさえ難しいことがある。なら、私の手持ちの本を、貸し出すことはできないんだろうか。 それも合わせて、頁を作ることにする。実現可能かどうかまだよく分からないが、思いついたからにはやってみないと。今はもう、そういう勢いで、作る。 だんだん空が水色に変わってきた。私は開け放した窓からベランダへ出、大きく伸びをする。月はまだ煌々と輝いている。こんな時間まで、あんなに鮮やかに輝いているなんて。私はどのくらいぶりでこんなふうに月を眺めるのだろう。すごく久しぶりな気がする。 ベランダの、ラヴェンダーのプランターの脇、しゃがみこむ。ラヴェンダーとデージーの、絡まり合った枝葉を解く。解いていて、突然、すっと何かが抜けた。デージーだ。デージーの一枝が、すっと抜けた。それはもうすっかり乾いて褐色になっており。あぁ、終わったのだ、と思った。まだデージーはプランターの中、残っているけれど、でも、デージーの季節は終わったのだ、と。 紅い花を咲かせた枝の横で、もう一本枝が育っている。今また新たに紅く染まった新芽を芽吹かせている。こちらは何色の枝なんだろう。まだ分からない。じきに小さくてもいい、咲いてくれるといい。祈るようにそう思う。 パスカリの、支えの棒を挿した方、葉を下から順番に拭ってゆく。とりあえず、あの吸血虫の襲撃は、一段落ついたようだ。指先には何もつかない。よかった。本当によかった。それにしても、吸血虫は、ずいぶんと私の薔薇を痛めつけてくれた。もう一本のパスカリなど、ついている葉のほとんどが、半分茶色くなってしまった。可哀相に。私の手当てがもうちょっと早ければ、ここまでならなかったかもしれないのに。本当に申し訳なく思う。 ミミエデンの新芽は、どれもこれも吸血虫の影響で、葉が歪んでいる。真っ赤な新芽のはずなのに、歪んだ部分、つまり吸血虫にやられたところだけ、緑色。つまり赤と緑の斑模様になっている。ごめんね、私は呟くように、ミミエデンに言ってみる。 ベビーロマンティカは、吸血虫の影響を多少は受けているが、まだ比較的ましな方で。新芽の一部が歪んでいるだけで、半分は無事。半分開きかけたはずの蕾が、まだそのままで止まっている。もう一個の蕾は、徐々に徐々に膨らんできている。 マリリン・モンローの、二つ目の蕾が、綻んだ。と思って正面に回ってみると、これは綻んだというより、咲いたというべきだと気づく。これも小さな小さな花だった。やっぱり肥料が足りないんだろうか。最初に咲いた花の大きさとは、倍以上に違う。私はそれをそっと切り、一輪挿しに挿す。そして余った枝葉は挿し木にする。 ホワイトクリスマス、花をぴんと天に向けて立っている。白い白い、いや、少しクリーム色がかった白い花びらを、すっと見せて。指で撫でると、ひんやりした感触が伝わってくる。もうじき咲くんだね、私は声を掛けながら、咲いたときのことを想像する。 アメリカンブルーは、ふたつの花を咲かせており。今日の空をぎゅっと凝縮させたら、この青になるんだろうか。 部屋に戻り、お湯を沸かす。ふくぎ茶をポットいっぱいに作る。これがないともう、一日を過ごせない。そのくらい、今このお茶にはまっている自分がいる。これを紹介してくれた友人にそのことを話したら、大笑いされた。そこまでおいしいお茶だとは思わないけれど、と笑われたが、私には、ハーブと合わせてもおいしいし、そのままのんでもおいしい、貴重なお茶だ。紹介してもらったことを本気で感謝してたりする。 昨日は、娘と一緒に混雑する電車に乗った。最初、私が、娘が潰されないように庇っていたのに、だんだんと娘の様子が変わってくる。私の後ろに立つ人を睨みつけるようにし、そうして私をどんどん庇っていこうとする。どうしたのだろう、と後ろを振り返ろうとして、娘が、やめな、と合図を送ってくる。娘の様子からしか判断できないが、どうも娘から見て、あやしい人らしい。私は、ちょうど駅について人が出入りしている最中に、娘と一緒にさらに奥へ逃げる。 ママ、いっつもこんなに混んでる電車に乗るの? そうだね、学校へ行くときはそうだよ。ママ、電車だけで疲れちゃうでしょ。うん、疲れる。そうだと思った。こんな電車、最悪だよ。娘がぶちぶちと文句を言う。そんな娘に、私は苦笑してしまう。 ようやっと目的の駅に着いて、待っていると、友人がやって来てくれる。やぁやぁ遅れてごめんね、といつものように笑っている。その笑顔に救われたのか、娘が友人めがけて飛んでゆく。これから娘と友人はプールへ、私は学校へ。娘たちと手を振って別れ、私は教室へ駆け込む。 傾聴の授業。何の役もやりたくなかったのだが、何故か、クライエント役とカウンセラー役、両方が回ってきてしまう。でもまぁ、これも勉強勉強と自分に言い聞かせ、何とかこなす。 ようやっと授業を終えて出ると、電話が鳴る。弟からだ。急遽頼みたい仕事があるから、午後、空いてるか、と。じゃぁ急いで帰宅するから、と約束し、私は電車に乗る。帰りの電車は楽だ。座ることさえできるほど空いている。私は朝からの疲れを、座ることでせめて多少でも癒そうと努力してみるのだが、何とも情けないことに、立ち上がるとふらふらしてしまう。これじゃぁあかんと思って、薬屋へ飛び込み、滋養強壮剤をぐい飲みする。こんなの気休めと分かってはいるのだが、分かってはいても、気休めでも何でもいいから縋りたくなるときがある、というもの。 弟との仕事が終わっても、娘たちからは何の連絡もない。結局、夜遅くなって、ご飯食べて帰るよとメールが届く。そのメールに、娘がゲットしたのだろうぬいぐるみが写っており。笑ってしまう。
「あの場所から」の今年の撮影に参加してくれた子から、原稿が届く。これで今年は原稿が出揃った。もう一人書きたいという人がいたのだが、その子は急遽入院が決まってしまった。残念だが、またの機会に、という彼女の言葉を、今は受け取って、ただただ彼女が快方に向かうのを祈るのみ。 さぁ、あとは私の一人の作業だ。写真集、配布プリント、作品作り、全部、一人の作業。DMは注文するだけの状態になっている。まずは配布プリントと写真集をどうにかしてしまおう。 作品は、最後、絞込みが残っているが、これはもう、気持ち次第で何とかなる。 展示は十月から十二月。みんなの思いが詰まった展覧会だ。何とかいい方向に持っていきたい。
ほら、行くよ。わかってるってば、ちょっと待って。何してんの。ココアとキス。ったく、そんなのまたにしなよー。今行くってば! 娘と一緒に玄関を出る。 校庭を見ると。工事現場でよく見るようなショベルカーなどが並んでおり。そして校庭の端には、新しい砂利が山になっている。あ、新しい砂利、敷くんだね。そうみたいだね。色が全然違う。うん、違う。でも、学校、27日からだよ、間に合うのかな? うーん、間に合うんじゃない? そんなことを話しながら、階段を二人して駆け下りる。自転車に跨り、坂道を下る。信号を渡って公園の前へ。ママ、蝉の声が小さい。うん、小さくなったでしょ。蝉の季節も終わりに近づいてるんだよ。そうなんだ、そっかぁ、寂しいね。そうだね、寂しいね。 大通りを渡り、高架下を潜って埋立地へ。銀杏並木の脇を、ぐいぐいと自転車を漕いで走る。強い陽射しが、容赦なく私たちに突き刺さる。 とりあえず海の公園でサンドウィッチを食べよう。私たちは真っ直ぐに走る。見えてきた海は、紺色を少し明るくさせたような色合いで。何処かで汽笛が鳴った。 さぁ、今日も一日が始まる。 |
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