見つめる日々

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2010年08月14日(土) 
横になっていると、頭にふと浮かぶ。「他人と過去は変えられない。が、自分は変えられる」。その言葉をなぞりながら、ふと苦笑が漏れる。
私はとんでもなく傷ついたけれど、傷つけた相手をどうこうしようとは思わない。その人がそうするしかなかった或いはそうしたかったというそのことだけ、覚えていようと思う。そうして私にできることは、この場所に固執せず、進んでゆくこと。自分の道を、歩み続けること。
久しぶりに友人と夕食を一緒にする。その友人が、冴えない私の顔を見て、わだかまっていることがあるなら話してしまえばいい、と言ってくれる。なのに、何故だろう、私の言葉は喉元まで出掛かっているのに、そこでくぐもってしまい、出てこない。そのことを話すと、それは相手を信用してないからなんじゃないかとからからと笑われてしまう。いや、そんなことはない、そうじゃなくて、話そうと思うのに、声が出ないんだ、と説明する。じゃぁまだ話す時期じゃないんだ、そういうことか? と言われ、そうなのかもしれない、と応える。正直、よく分からない。
私の中の誰かが、話してしまえばいい、ぶちまけてしまえばいい、と囁く。一方で、誰かが、こうも言う。話したからとて何が変わる? 何も変わらない。おまえが自分で出口を見つけるしかないんだ。両方の声の間で、私は頭を抱える。
そうしているうちに、一言だけほろり、零れ出す。私は、私という人間を、憎しみによって行為する人間とみなされたことに傷ついている。と。相手に一瞬でもそう思われたことに、今傷ついている、と。
友人が、そうか、と頷く。なんだかもうそれで、十分な気がした。
テーブルを囲んで、料理をつまむ。久しぶりに、食べるものがおいしいと感じられていることに気づく。やっぱり誰かと一緒に啄ばむ食事は、それだけでもう、おいしい。
終バスに揺られる帰り道。友人はここからさらに一時間半かけて家に帰らなければならない。ありがとう、と言い、そして、今度会うときは元気な私になってるよと約束して別れる。
玄関を開けると、がりがり、がりがりという音が響いている。私はつい笑ってしまう。急いでミルクの小屋に近づき、ただいまと挨拶をする。ミルクは、怒ったような、戸惑ったような、何となく情けない顔をしており。私は試しに、空の段ボール箱を用意し、そこにミルクを入れてやる。途端にあっちこっち走り回るミルク。無理だよと言うのに、角のところをがしがし噛んでみたり、両手で掻いてみたり。私は上からミルクの頭を撫でる。ひとしきりそうやって遊んで、じゃぁまたね、とミルクを籠に戻す。
すると今度はココアがかしかしと遊んでくれの合図を送っており。私は笑いながら、ココアを手のひらに乗せる。途端に私の腕を伝って肩まで上がってくるココア。肩にココアを乗せながら、私はあれこれ用事を済ます。ゴロはどうしているんだろう、と見てみると、ぐっすり小屋の中で眠っているところで。私は邪魔をしないよう、小さな声でおやすみと声を掛ける。
夜は瞬く間に過ぎ。朝になる。窓を開けると、強い風が吹いている。街路樹の緑がひらひらと翻っている。ベランダのアメリカンブルーも、さやさやと枝葉を揺らしている。今朝アメリカンブルーは三つ花を咲かせた。でも、残念ながら空は灰色だ。雨でも降るんだろうか。
ラヴェンダーとデージーの、絡まり合った枝葉を解く。デージーの、咲き終わった花殻がだいぶ茶色くなってきた。でもまだまだ蕾はいっぱいあって。デージーはまるで生き急いでいるように見える。必死になって、花をつけ、それを種にして飛ばそうと、そこへ向かって一目散に走っている、そんなふうに見える。それがちょっと、哀しい。
蕾を二つつけたパスカリの横で、友人から貰った薔薇を挿した、その枝が揺れている。だいぶ蕾も膨らんできたが、まだ何色かは分からない。私はじっとその蕾を見つめる。楽しみだ、どんな色が見られるんだろう。咲いたらすぐ、友人に知らせよう。
ミミエデンの葉を、今朝も私は丹念に拭う。そうしてやらないと、すぐ虫がついてしまいそうで。今のところ、一段落したらしく、新たに指が汚れることはないのだけれども。
ベビーロマンティカは、奥の方からまた新芽を芽吹かせており。今朝は、強い風に向かって喚いているかのように見える。おかしな樹だ。
ホワイトクリスマスの蕾がだいぶ大きくなってきた。まっすぐ天を向いて立つその蕾。そしてそのすぐ近くには、マリリン・モンローの、二つの蕾が立っている。こちらはまだ、小さい。
挿し木ばかりを集めた小さなプランターの中、もう諦めかけていた一本から、新芽がほろり、零れているのを見つける。さて、この子はどうなるんだろう。ここまで新芽が出てきたからといって、安心はできない。このまま立ち枯れてしまうことが殆どだから。でもできるなら、葉を広げてほしい。枝葉を広げていってほしい。祈るように思う。
部屋に戻り、お湯を沸かして、ふくぎ茶を入れる。さっぱりした味のお茶。今度何処かで見つけたら買い足そうと思っている。何処に売っているんだろう。ちょっと探してみないと分からない。
マグカップをもって机に座る。開け放した窓から、涼しい風がぴゅうぴゅう流れ込んでくる。それにしてもずいぶん涼しい。こうも日毎温度差があると、体がついていかない。私は煙草に火をつける。とりあえず朝の仕事に取り掛かろう。

ねぇさん、ちょっとは怒りなよ。うん、そう思うんだけど、怒りよりも、何というか、虚しくなってきちゃうんだよね。そうなんだよねぇ、ねぇさんは虚しくなっちゃうんだよね。うん、そうなんだよ。でも、怒るのって大事だよ、特に自分のために怒るのって、必要なことなんだよ、私、そう思う。そうなんだろうなぁ。それは分かってるんだけどね、こう、哀しいの次に虚しいがやってきて、もうそれに全身覆われちゃうんだよね、私って。だからだめなんだよぉ、ぶつけていいんだよ、理不尽なことされたらぶつけていいんだよ、相手に。うん、それも分かってる。分かってるんだけどね。ははは。私にはできないよ、ねぇさんのようなこと。とてもじゃないけどできない。それだけでもせめて、ちゃんと自分を褒めてあげなよ。うーん、そうなのかなぁ。そうなの! 自分を褒めてあげなきゃかわいそすぎるよ! うんうん、分かった、できるようになったらそうする。もう、ねぇさんてば!

ゴミ袋を持って玄関を出る。階段を駆け下りて、ゴミを出し、自転車に跨る。
坂道を下って信号を渡って公園の前へ。蝉がミンミン啼いている。樹の上の方から、ごごごぉっと、蝉の啼き声が降りてくるかのようで。私はしばし呆気にとられる。蝉は自分の命の短さを最初から知っているんだろうか。知っていて、こうやって懸命に啼いているんだろうか。
公園の池の端に立つと、池が小さくさざなみだっている。それでも、空を映し、その空は雲に覆われているのが分かる。見上げれば灰色の空、雲がぐいぐい流れてゆく。
こうして樹に囲まれて目を閉じて立っていると、いろんな音が耳に流れ込んでくる。蝉の声はもちろん、樹の枝葉の擦れる音、鳥の羽ばたく音、風が枝と枝の間を通り過ぎる音。それらはたぶん、これ一回きりのもので。二度とはない音で。私はしばし、その音に浸る。
大通りを渡り、高架下を潜って埋立地へ。こちらもまた風が強い。風にハンドルを持っていかれないよう、ぎゅっと握って私は走る。真っ直ぐ走れば海だ。
海は紺色と鼠色を混ぜたような色をしており。ばしゃん、ばしゃんと打ちつけてくる波は白く弾け。遠くで汽笛が鳴った。
さぁ、今日も一日が始まる。私は海に背を向け、再び走り出す。


遠藤みちる HOMEMAIL

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