あららのつぶやき
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2011年08月19日(金) とっちゃん

 元々は伊賀上野の出身
その為か関西弁がきつかった。
そして彫の深い少々日本人離れした感じの顔だった。

せっちゃん、とっちゃん、あららは
共に1年間同じ学生寮に住んでいた仲間。
この学生寮の生活も泣き笑いがいろいろあって・・・・

この時代、急に人数が増え
(私達団塊の世代の宿命だね)
寮の定員は1部屋4人だったのが
6人入る事になった。
上級生とセットでね2年生2人、1年生4人。

それは兎も角としてこのとっちゃん
現在は亀山に住んでいるって、、エ〜そんな近くに
二人で思わず声をあげてしまったワ
それに関西弁は随分と丸くなっている。
道で会っても分らなかっただろうネ。

熊谷組に勤務の8歳年上の彼とは
初めてのお見合いで決めたと・・・
写真では「何このおじさん」
彼は彼で「何〜この顔余り感じ良くないな〜」と思いながら
決まってしまったって、、縁は異なもの味な物。

結婚して生活が少々落ちついた頃、
「看護学校で栄養学の講師を・・」と話が舞い込み
教えるガラではないと思ったけど
自分も勉強になると教え続けた。

その内、某介護施設で栄養士が居ない
助けて〜との声があり、
看護学校の仕事があるので無理だと断り続けるも
「とにかく現状を見に来て」との頼みに
施設を見に行くと
「放っておけない、絶対に栄養士がいる」と
週の半分をそちらに時間を割いた。

しかし、そんな二束のわらじは何時までも履き続けられなく
介護施設の栄養士に絞り60歳の定年まで来たとの事。

彼女もしっかり働き、しっかり勉強して来た仲間だ。


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