DEAD OR BASEBALL!

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Vol.207 鉄人たちの挽歌
2011年05月30日(月)

 今ネット上で騒がれている、都市伝説のようなある噂がある。今のように個人単位での情報発信メディアが発達していなかった時代には、ここまで広まっていなかったであろう噂。それは、「阪神・久保康友は、自身の登板試合では金本知憲をスタメン起用させないという契約を結んだ」というものである。

 この噂がいつ頃から流れ始めたのかは定かではないが、5月に入ってから少しずつその話をネット上で目にするようになってきたと思う。

 金本は昨季、それまで続いてきた連続フルイニング出場が途切れ、今年に入ってからは連続試合出場も途切れていた。その後は週1日の休養日を設けながらの試合出場を続けており、金曜日を休養日としてベンチを温めていたようだ。右肩の手術明け、そして今季43歳になった肉体面への配慮と見られ、先発ローテーションで金曜の登板を続けていた久保の先発試合と重なっていた格好だが、そのことが噂の発端になっていたようだ。

 しかし、5月頭、久保の今シーズン4試合目の登板まではあくまでも噂レベルの話で、少なくとも久保の契約レベルでの話はそこまで出ていなかったように思う。

 噂が一気にネット上で既成事実化されたのは、5月13日(金)・5月14日(土)の中日戦である。

 雨天中止などの関係で、久保の登板は土曜の試合に移っていた。しかし、この試合で金本はスタメンを外れ、レフトの守備に入っていたのは林威助。そして、久保が投げなかった金曜の試合には金本がレフトでスタメン出場している。

 それまでは「単純に金曜=金本の休養日で、休養日と久保のローテーションが重なっているだけでは」という論調も少なくなかったが、この週のオーダーで、噂は疑惑になり、いつの間にか疑惑は既成事実のようになっていった。そして、契約というレベルにまで既成事実化は進んでいったのである。

 久保は今年の春季キャンプに自費参加をしている。契約更改が長引いた為で、久保の更改が終了したのは12球団の全選手中最後だった。5月に入ってからこの件を持ち出して、「そこまで契約が長引いたのは、自身の登板試合で金本を出さないという契約を認めさせるのにモメた為だったのでは」という話が広まっていった。一度既成事実のベクトルが固まってしまうと、それを強化する為の材料はいくらでも作られる。

 この噂について、真偽のほどはわからない。契約の内容でも表沙汰にならない限り、確たる証拠は何もないからだ。

 しかし、状況証拠が揃い過ぎているのも事実ではある。久保の登板試合と金本のスタメン出場が重ならないのは、曜日という要素が消えた以上、不自然という他ない。5月29日の楽天戦では、久保の登板と金本の出場が初めて重なったが金本はDHでの出場で、少なくとも久保と金本が同時にグラウンドに立つシーンは今年まだない。

 こういう噂が大っぴらに出てしまうことは、昔からお家騒動がお家芸という笑えない体質がある阪神の恒例とはいえ、チームとして非常にまずい事態である。そのような契約が実際にあるのだとしたらチームとしての体を成していないと言う他ないし、噂を助長させるような首脳陣のあからさまな選手起用に問題があるのも間違いない。

 何より、噂が表面化することで選手同士が空中分解する要因にもなり得る。今は噂レベルでも情報が形を変えながら拡散される時代、噂が拡大している理由として球団の情報管理体質に甘さがあるという誹りは免れ得ないだろう。

 噂が拡大している要因は、もう一つある。

 金本自身の衰えが顕著に出ていることだ。特に、ここ数年金本が見せていた守備力の衰えは今年に入ってから一段と加速している感があり、打たせて凡打を重ねるピッチングスタイルの久保にとっては自身の成績を悪化させる要因になり得ている。

 レフト守備では右肩故障の影響によりまともなスローイングができず、ランナー2塁でレフト前に打球が飛べばホームはフリーパス状態になっている。送球以外にも、守備範囲の狭さ、打球に対する反応の悪さ、球際の弱さ、カバーリングの遅さ、落下地点へ入るスピードの遅さ……およそ外野守備の要素全てで、言葉はきついが足を引っ張っているとしか思えないレベルで、センターを守る俊介とショートの鳥谷敬はかなりのフォローを余儀なくされている。

 レフト前の飛球を追う鳥谷の姿は、正直な話、悲壮感すら漂っていると感じてしまう。金本のまずい守備が致命傷になった試合も、今年既に数試合目にした。このレベルの野手が守っていたら、投手に対して同情的にならざるを得ない面があるのは確かだ。

 打撃力の衰えも一昨年から顕著で、今年はさらに状態が悪い。

 打率は2割台前半にやっと乗せたが、凡打の内容が良くない。ランナーを置いた打席で簡単にポップフライを上げたり、こねたバッティングで簡単にファーストやセカンドにゴロを転がしてしまう打席が目につく。打球を強く引っ張り込めなくなっているのは明らかで、スイングスピードが衰えていることが要因に挙げられている。単純に打った・打たない以前に、以前のような状況に応じたバッティングができなくなり、打席でのチーム貢献度が目に見えて下がっているのだ。

 かつてはトリプルスリー(3割・30本・30盗塁)も達成したトータルプレイヤーだった金本だが、それ以上に繋ぎやチームバッティングができながら打線の中心で居続けたところに私は凄みを感じていた。

 広島からFAで阪神に移籍してきた2003年、阪神は1985年以来のリーグ優勝を遂げたが、その中心には金本がいた。

 この年の金本は3番に座り続け、打率.289、19本塁打、77打点。数字だけを見るとクリーンアップとして平凡な数字で、広島時代の水準を下回るものだったが、印象としてチームへの貢献度は抜群だった。2番の赤星憲広(引退)の盗塁を度々アシストし、エンドランを絡めた攻撃は度々ビッグイニングを演出した。選んだ四球数93はリーグトップ。4番に座った濱中おさむ(現ヤクルト)への繋ぎを果たしながら、いかに他球団の投手が金本を恐れていたかが窺える数字で、日本シリーズでは4本塁打と爆発力も見せつけた。

 阪神移籍3年目には打率.327、40本塁打、125打点とキャリアハイを迎えたように、阪神移籍後に完成形を迎えた選手だった金本。四球数シーズントップは阪神移籍後の2003年〜昨年までの8年間で4度を数え、広島時代の2度を含めると昨年までの現役19年間で計6度。衰えが目立ってきたと言われた一昨年ですら、リーグトップの88四球を選んでいる。

 あの野村克也ですら自著の中で「今のプロ野球界で、真のチームの中心と言える選手の一人」と認めていたのは、チームへの貢献度という意味で常に試合に出続けることで味方には背中を見せ続けたキャプテンシーと、常に相手に重圧を与え続けることで相手チームには嫌がられ、恐れられる存在であったということが理由だったと思う。

 今の金本は、はっきり言って対戦相手から恐れられていない。もっと言えば、阪神というチームの戦力における貢献度が、これまでとは比較にならないほど低くなっている。

 レフト守備では度々相手打線に狙い打ちされ、アウトにできていい打球を長打にしてしまったり、まず本塁突入できないようなヒットをタイムリーヒットにしてしまっている。

 打席での衰えは、四球数の減少にはっきり見て取れる。フルイニング出場が途切れ、打席での雰囲気がはっきり弱くなった昨年の四球率(四球数/打席数のパーセンテージ)は9.85。一昨年の14.21と比べてガクンと落ちている。今年は5月29日の試合終了時点で10.48。復調の兆しは見られない。金本自身の選球眼の衰えもあるだろうが、相手投手が昨年からいかに金本を恐れなくなっているかという証左と考えていいだろう。

 これらの低迷要因が、久保の噂と密接に結び付いているのだろうと思う。今季43歳になり、右肩に重大なダメージを抱えている金本が、ここから劇的な復権劇を遂げるシーンは正直なところ想像できない。

 久保は昨年、14勝5敗、防御率3.25という好成績で阪神の右のエースに躍り出た。久保は今や阪神の先発ローテーションに欠かせない投手である。金本が2000年代の阪神最大の功労者の一人で、偉大な選手であることは大いに認めるが、今のチーム貢献度、もっと言えば“体たらく”を考えると、久保がそういう契約を結びたいという気持ちを持ったとしても理解できなくはない……自分なりに想像してみた阪神ファンの心理である。

 現在、阪神はチームが低迷している。シーズン前は少なくない評論家が優勝候補に挙げ、上位争いをするだろうと予想していた。しかし今は、打撃も守備もチグハグさが目立つ。投手力は悪くないが、ランナーを進めるべきところで進められず、守るべきところで守れず、首脳陣の采配も不可解さが目立つ。

 今の状態の金本を不動のレギュラーとして扱い、レフトの守備にもつかせることに、多くの批判があるし、私もその選手起用は不可解だと思う。チームが低迷している時にファンはチームの新陳代謝をよく求めるが、その生贄にされようとしているのが今の金本で、バッシングを助長しているのが首脳陣の金本に対する不動のレギュラー扱いだろう。

 今の阪神はベテラン選手が多く、若手の抜擢に躊躇することも多いチームである。今季、桧山進次郎が42歳、下柳剛が43歳になり、金本を含めて一軍に帯同する選手の中に40歳以上の選手が3人もいる。トレーニング技術の発達で選手寿命が以前より伸びている現状、戦力になるのであればそれ自体は悪いことではないし、珍しいことでもない。

 しかし、結果が出ないベテランを使い続けてチームが低迷すると、その矛先は他のベテラン選手にも向けられるし、若手のモチベーションにも影響するだろう。素直な感想を言うと、今の阪神はチームが空中分解しかねない要素をいくつも孕んでいるように見える。

 首脳陣が現状のベストメンバーを組むというベクトルから外れれば、その余波はチームの崩壊を招く。久保の周辺に状況証拠の揃い過ぎた噂が広がるのもそうだし、ここ数年の阪神に見られるチーム作りの青写真が見えにくい泥縄式の補強策もそうである。

 何より、“鉄人”と呼ばれ、阪神を強豪チームとして支え続けた金本が、こういう形でバッシングをされるのは、首脳陣の配慮が無さ過ぎるか、その配慮があったとしてもあまりに明後日の方向過ぎる。そのことが残念極まりない。

 成績の衰えは仕方ない。金本は偉大な選手だが、選手としての寿命は誰にでもある。しかし、寿命を延ばすこと、役割を変えながらチームに貢献し続けることはできる。今の金本なら、守備力の回復は無理だろうと思われるので、二軍でバッティングの調整をした上で代打屋稼業に専念した方がチームに貢献できるだろう。

 だが今の金本は、不動のレギュラーという役割をあてがわれ続けていることで、自身の晩節を汚しているように見える。「球団の功労者に花道を用意する」と言えばそれはそれで残酷だが、せめて晩節を汚すような余計な雑音を発生させないようにするのが、球団の行うべき配慮ではないかと思う。

 代打屋稼業でいい仕事を見せている桧山も、ノラリクラリの投球術で先発ローテーションを守っている下柳も、かつて30歳台中盤でほぼ引退と言われていたプロ野球界を思えば、私にとっては充分に鉄人である。

 金本も、役割を変えればまだ数年やれてもおかしくないと思っている。しかし、彼ら鉄人を追い遣る動きが、泥縄式の新陳代謝によって起こり、久保の噂に縁取られたものとしてファンに記憶されるのでは、あまりにも寂しい。

 鉄人たちの挽歌が、バッシングやチーム崩壊という、怒りや悲しみに彩られたものによってもたらされないことを――今年の阪神を見ていて、ただただそう思う。

 不要な雑音を生み出している首脳陣には、「チームが勝つ為に、勝ち続ける為に必要なことは何か」という極めてシンプルなことを、今一度考えてもらいたい。今の不可解な采配やチーム作りは、傍から見ていてもあまりに痛々し過ぎる。



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