
|
 |
| 2021年03月10日(水) ■ |
 |
| 「音」は、相当意識しないと残らない |
 |
最近、出勤前の柿田川公園撮影に、音の録音を加えた。 どうしても、写真や動画が注目を浴びるが、 その場所ならではの「音」の保存が必要と感じたから。 きっかけは、もうすぐ10年を迎える、3.11の特集番組。 特に今年は、10年を経過するとあって、だいぶ早い時期から、 特集番組が組まれ、いろいろな角度から紹介されている。 実話を元に映画化されたり、ドキュメントレポートがあったり、 3.11の大震災と原発事故が、クローズアップされている。 私が驚いたのは、ラジオから流れてきた、 原発事故直後の、原子力発電所ないの音。 たぶん、原子炉を冷やす冷却水の音だと思うが、 ひ映像もく、耳だけで聴く「水の音」は、 なぜか、必死さ、緊迫さが伝わる水の音に聞こえた。 そして、コメンテイターが、静かに呟いた。 「『音』は、相当意識しないと残らない」と。 さらに「現場の音は特に・・」と付け加えたことで、 より一層、「音の記録」を残す必要性を感じた。 ここ数年間、気軽な「写真・映像」撮影をしてきたが、 その部分は、観光客を始め、多くのカメラマンに任せて、 そろそろ、地元ならではの「音」を保存したくなった。 ただただ、柿田川の今の「記録保存」を。
|
| 2021年03月09日(火) ■ |
 |
| 10年は節目であり、区切りではない |
 |
(すみません、情報源のメモが不明です。(汗)) 「3.11東日本大震災・福島現場事故」から10年が経過し、 今週は毎晩のように、特集番組が組まれるが、この時期を過ぎると、 パタっと違う話題に移ることも、悲しいかな事実である。 そんな特集の一つで、風化を恐れる被災者が語った、 「10年は節目であり、区切りではない」のフレーズが印象に残った。 これでもか・・と続く「3.11の特集番組」の中には、 いかにも「10年一区切り」とするようなものもある。 あの災害以後も、日本列島では、各地で自然災害が起こり、 「東日本大震災」だけが特別でないことも理解できる。 しかし、地震という「自然災害」と「原発事故」が重なったのは、 この「3.11」だけだと私は思う。 復興は思うように進まず、住めない場所がそのままの状態、 決して、一区切りついた案件ではない。 だからこそ、このフレーズは、私に響いた。 「節目」と「区切り」・・似ているようで意味は全然違う。 言葉の使い分け、しっかりしなくちゃなぁ。
|
| 2021年03月08日(月) ■ |
 |
| おばさんオーラ |
 |
以前から不思議だったことが、だんだんわかってきた。 多くの人に「おばさんみたい」と言われても腹がたたなかったし、 それは「変わっている」が褒め言葉・・と理解している私には、 ムキになって大騒ぎすることでもないから。 テーブルの上に置いてあった、女性雑誌とかを眺めていると、 女性の生き方や生活って、楽しそうだな、面白そうだなと思うし、 なんだか、色としても明るいイメージがある。 (男性が楽しくない、つまらない、という意味ではないのだが・・) 普通なら、女性の中にポツンと男性がいると、とても違和感がある。 その場の雰囲気も、遠くからみた雰囲気も・・。 しかし私の場合、なぜかその雰囲気を壊さないようでいられる、 「おばさんオーラ」がある、と冷やかされたことを思い出した。 「男にしておくのはもったいない」とまで言われたもの。 これって喜んでいいんだよね、きっと。 意識しないで、自然体なのに「おばさんオーラ」を出せるなんて きっとこれも私の特技なんだろうから大切にしようっと。 残り少ない人生、いろいろな生き方があっていいよな、 どれが正解なんて生き方はないのだから・・と思える私がいる。 あなたの周りにもいませんか? 「おばさんオーラを出せる男性」「おじさんオーラを出せる女性」
|
| 2021年03月07日(日) ■ |
 |
| なぜあの時、格納容器が爆発しなかったのか |
 |
映画「Fukushima 50」(若松節朗監督)から。 2011年3月11日の原発事故を題材にした映画、 ただそれだけならわかるが、冒頭から気になるクレジット、 「事実にもとづく物語」。 10年前の事故だけに、私たちの記憶もまだ鮮明であり、 このフレーズは「ドキュメントタリー映画」と錯覚させる。 それは、とても危険なことしではないだろうか、と観終わった。 当時政権を握っていたのは民主党、内閣は菅直人内閣。 官邸の判断の甘さ、東電本店からの威圧的な現場への指示。 そして、一番がっかりさせてのは、誰も「菅総理」に、 あなたの判断、行動が事態を刻々と悪化させています、と はっきり言えない、言わないことだった。 これって、現在の立憲民主党は調整力なし、が表現されている、 そんな印象さえ与えかねないギリギリの作品だった。 しかし、この原発事故を思い出しながら、一番驚いたことは、 ラストシーン、吉田所長の葬儀で読まれた弔辞の一説、 「なぁ、なぜあの時、格納容器が爆発しなかったのか、 いまだにわかってないんだ」 私は、物語の核となる現場の方々、言い換えれば 未曾有の事態を防ごうと現場に留まり奮闘し続けた人々の 努力の甲斐あって、最悪の状況を切り抜けられた、 そう思っていたから、唖然とした。 本当に「格納容器が爆発」していたとしたら、 今、どんな世界が待っていたのだろうか。 改めて、神様、仏様に感謝したい。
|
| 2021年03月06日(土) ■ |
 |
| 大人の「ごっこ遊び」 |
 |
いろいろなお誘いの中で、最近、私のアンテナが伸びるのは、 「大人の『ごっこ遊び』」。 かといって、今から「お医者さんごっこ」をするつもりはない。(汗) 例えば、昔を懐かしみながら、小学生の生活のように、 通学路を歩き登校(登社)し、朝のホームルームから、給食、 授業を予定帳に書き込んだりしながら、勉強に勤しむ。 そんなことを、けっこう真面目に再現してみる。 それが私の目指す「大人の「ごっこ遊び」」だ。 どこまで、本物を真似られるか、それに尽きる。 こういった時、必ず「馬鹿らしい」とか「くだらない」と、 チャチャを入れてくる輩がいるが、気にせず、楽しむに限る。 この発想、視点は「趣味・遊び」に限らず、ビジネスとしても、 応用できるはず。 昨年始めた「柿田川大楽」も「大学ごっこ」そのもの。 コロナ禍で、活動(自粛)まで真似する必要はないけれど、 そろそろ新しい年度に向けて、準備をして行こうと思う。 「校歌」や「楽生証」も必要だな、きっと。 キャンパスはあそこ、学(楽)食はあそこ・・ 学(楽)生証を提示すれば、割引してくれるお店、探そうかな。(笑)
|
| 2021年03月05日(金) ■ |
 |
| てゆうかさ、「あと」っていつ? |
 |
映画「アイネクライネナハトムジーク」(今泉力哉監督)から。 本来なら、何度も繰り返される 「出会い方とかそういうの、どうだっていいんだよ。 いいかよく聞け、あとになって あの時、あそこで出会ったのが彼女で本当によかったって、 こういうように感謝するのが一番なんだよ」 「結局さ、あの時あの場所で出会った人が、 この人で本当によかったなぁって、あとで思えるのが一番なんだよ。 自分の幸運に、あとで感謝できる出会いが一番なんだって」 なるほど・・と思いながらも、天邪鬼の私は、 この決め台詞をドヤ顔で言い放った夫に対して、妻が言い返した 「てゆうかさ、『あと』っていつ?」が響いた。(笑) いつの時点でこう思えたらいいの? 。 結婚?、妊娠?、子育て中?、老後?、死ぬ直前? さだまさしの関白宣言ではないけれど、 「お前のおかげていい人生だった」って言われても・・が本音かも。 ロマンチストの男性とリアル重視の女性の違いかな、 「男の浪漫は、女の不満」という台詞が頭に浮かんだ。 伊坂作品にしては、ちょっと物足りなかったかなぁ。
|
| 2021年03月04日(木) ■ |
 |
| 時は流れない。それは積み重なる。 |
 |
正確なメモは、こう書かれていた。 「時は流れない。それは積み重なる。そんなCMがあった。」 そこで調べてみたら、なんと 「サントリークレスト12年」、ウィスキーのキャッチコピーだった。 なるほど・・「熟成」のイメージがピッタリだと思う。 しかし、私がこのキャッチコピーを知った時、 「東日本大震災、2011.3.11」を題材にしたものだと勘違いした。 それくらい、あれから10年という年月が 「流れたのではなく、積み重なっている」と感じたから。 記憶が薄れるどころか、日毎に重なってきている。 大きな災害だけなら、あれから何度も目にしてきた。 今のコロナ禍の方が、ダメージが強いのかもしれないが、 まだまだ、3.11のインパクトには及ばない。 自然の猛威を突きつけられた時のショックかもしれない。 よく、映画でも「時は流れて・・」というナレーションがあるが、 「時は流れない。時は積み重なっていく」と言いたくなる。 私も、よく「歳をとりました」という人に、 「歳は取らないよ。歳は重ねていくものだからね」・・と どうでもいいことかもしれないけけど、指摘するのと同じかな。 人間、生きていく以上、その生きた証は、積み重なる。 それを胸に刻むだけでいい。
|
|