≪ ≫ 初日 最新 目次 MAIL HOME


しもさんの「気になる一言」
しもさん
MAIL
HOME

My追加

2022年03月26日(土) ■
自然は裏切らない

待ちに待った「柿田川外来種駆除作業」に参加した。
12月の第4土曜日を最後に、しばらく実施されないこの作業も、
毎年、3月第4土曜日に再開される。
私にとっては、毎年待ち望む、この作業参加こそが
柿田川の「春」を感じる歳時記となっていることは疑う余地がない。
しばらく触れていない、柿田川の湧水は、年末から今日まで
疲れきった体と心を、ゆっくりと癒してくれた。
外から眺める「柿田川」の景色と、川の中から流れるの景色は、
驚くほど違うけれど、昨年と同じ景色を見せてくれる。
今日はちょっと寒くて、ウグイスの鳴き声は聴こえなかったけれど、
久しぶりに会った仲間たちと近況報告しながらの約1時間半、
楽しい時間はあっという間にすぎた。
4月からは月に2度、この自然の癒しを体験できると思うと、
私は、幸せだな・・とつくづく思う。
人間には裏切られたり、傷つけられたりするけれど、
自然は、誰にも平等に接してくれて、裏切ることはない。
さて、4月からは心機一転、思いっきり生活を変えてみようっと。



2022年03月25日(金) ■
妹がいる男の人ってわかりますよね、なんか

NHKラジオ「眠れない貴女(あなた)へ」
(毎週日曜日 午後11時30分〜)
今回のパーソナリティは、和田明日香さん。
あまり親しくない人から「妹いるでしょ?」と訊かれた、
という男性リスナーからのお便りを、
楽しそうに読んでいた時に発した、彼女のコメント。
「妹がいる男の人ってわかりますよね、なんか。
優しさの層が違うんですよね、持ってる」。
へぇ、そうなんだ・・とメモしながらも、
実は私も、訊かれたことがあることを思い出してた。
それも、高校生くらいから何度も・・・。
その頃は、どうしてわかるの?くらいに思っていたが、
今、この話を聴いて、ちょっと納得した。
ただ、その「優しさの層」ってのがわからないし、
意識して、優しくした記憶があまりないから。(汗)
だから、彼女のコメントが面白かった。
その違いを説明しとてくれると嬉しいんだけどなぁ。



2022年03月24日(木) ■
気がついた人は、言わなければならない責任がある。

櫻井よしこさんが、あるテレビ番組で、強い口調で言い切った。
「気がついた人は、言わなければならない責任がある」と。
「気がついた人は、気付いていない人に気付かせなければならない」
それは、世界レベルの事件や、国内レベルの話だけでなく、
私たちの身の回りのことでも同じであろう。
俗にいう「知っちゃった責任」というものだ。
知らなければ、責任も何もないけれど、知っちゃったからには、
行動しなければ、あなたも同じ責任ですよ、という理屈。
だから、櫻井よしこさんは、オブラートに包んだ表現ではなく、
ずばり端的に、直球で表現することが多い。
彼女は、怖いもの無しなんだなぁ・・・と思っていたけど、
実は「気がついたから、言う責任がある」を実践しているだけだった。
どうしたら、その境地になれるのか・・私にはまだ遠い。
しかし、その境地に一歩でも近づけるように、努力したい。
まだまだ修行中だけど、その行動が自信に繋がるのかもなぁ。



2022年03月23日(水) ■
住民からタリバンを引き離すのが俺たちの任務だ

映画「アウトポスト」(ロッド・ルーリー監督)から。
恥ずかしい話だが、アフガニスタンの騒動を、
あまり理解しないで、ニュースなどを見ていた気がする。
噂も含めて、裏事情はいくらでも想像ができるが、
表向きのアメリカの目的はなんだったのか?が、
現地の人たちと米軍兵との会話で、はっきりできた。
まず、アフガニスタンの住民が指揮官(大尉)に訊ねる。
「なぜ来た?」「40年も居座って」と詰め寄るシーン。
「いいや。違う。それはロシア人。俺たちは米国人だ。
住民からタリバンを引き離すのが俺たちの任務だ。
あなたたちが十字砲火を浴びないように!」
そもそも、タリバンは政府でもないし、
「イスラム主義・復古主義・反シオニズム・反共主義・
反ユダヤ主義・反西洋主義・外国勢力の排除」を掲げた
アフガニスタン全土で活動している宗教組織であろう。
こういう主義、主張に、テロリスト集団が群がり、
彼らの巣窟になることを恐れて、世界の警察である
アメリカがなんとかしなければ、と動いていた。
しかし、住民とタリバンとの関係は改善されず、
アメリカがその任務を放棄した・・という構図が
浮かび上がるのだが・・。
冒頭、壁に描かれた兵士のメッセージは、
・状況は良くならない(It does't get better)
そういうことなんだろうなぁ。



2022年03月22日(火) ■
東京電力で使う電力は、東京電力エリア内で発電を

夕方仕事を終え帰宅したら、いつもと違う雰囲気に驚いた。
「節電に協力」とばかり、電気を最小限にしている様子。
なるほど、我が家も東京電力エリアだと実感した。
しかしニュースの「東京電力 管内で節電の呼びかけ」の文字に、
いいのか、これで・・と思ったのも事実。
なぜ東京電力エリアの電気を、東北電力エリアの場所で発電するのか、
原発が安全だとするならば、東京電力エリアに、
原発を作ればいいのに、そんなへそ曲がりな考えが浮かんだ。
もちろん、発電所からの距離が長くなればなるほど、
電気は減衰(ロス)するのだから、近い方がいいに決まっている。
東京電力エリア内は関東圏の「東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県、
栃木県、群馬県、茨城県、山梨県、静岡県(富士川以東)」
このエリアの電力不足、他地域で発電した電力を使わせてもらう。
供給と需要のバランスが崩れている気がする「電力産業」は、
私には理解できないシステムなんだろうなぁ、きっと。
こういう日は、電気を消して布団にくるまって早寝だな。



2022年03月21日(月) ■
ハイブリッドの母校応援(甲子園ライブ中継)

春の選抜高校野球大会、母校の日大三島高校が、
38年ぶりの出場を果たしたが、残念ながら一回戦敗退となった。
結果に対しては、にわか解説者に任せるとして、
面白かったのは、母校の応援をハイブリッドで体験したこと。
現地の甲子園へ駆けつけ応援する仲間たち3人と、
仕事などで行けなかった、テレビの前で応援する私たちが、
LINEを介して、ライブ中継さながらの応援を楽しんだ。
「どの辺りに座ってる?」「日商エステム看板の下10列目くらい」
「白い帽子、白地にピンクの集団の横にいる、赤のジャンバー」
「看板は見えるけど、人は小さすぎて判別できん!」などなど、
試合とは関係ない話ばかりだったけれど、面白かった。(笑)
最近よく活用される、会議や研修などのハイブリッドは、
私は好きではないけれど、こうした「ハイブリッド」は大歓迎だ。
意外と、甲子園の熱狂的な様子もわかったし、
気心の知れた仲間たちの小グループ応援は、クセになるかも。
敗戦が決まったら、テレビ観戦の私たちから、現地応援の仲間へ
「お疲れ様でした」のスタンプの嵐・・ライブだなぁ。



2022年03月20日(日) ■
なぜ飽きたのかわからないけど、飽きたのである。

以前紹介した、グラフィクデザイナー・横尾忠則さんの言葉。
高齢になると、ついつい「意欲がなくなった」というフレーズを
手垢がついたように、誰もが使いたがるけれど、
自分の感覚としては、ちょっと違うなぁ・・と思っていた矢先、
彼の発する言葉に、私のアンテナが引っかかった。
「なぜ飽きたのかわからないけど、飽きたのである。」
それは、単純に「働くことに飽きた」かもしれないし、
ずっと続けてきた「まちづくりに飽きた」かもしれない。
そろそろ、生きることに飽きた・・とも言える年齢になった、
そんなことかもしれない。
それも、自分でも理由がわからない・・ところがいい。
それだけ、夢中になって続けてきた証でもある気がする。
何でもかんでも、飽きるまで続けられれば本望だと思うし、
それは、意欲がなくなった・・ということとは、
ちょっと違う感覚なんだと気付いたから嬉しい。
ついつい「最近、欲がなくなってね」と言っていたいたけれど、
これからは「最近、飽きちゃってね」って言ってみようかなぁ。



2022年03月19日(土) ■
一番恐ろしいのは、それを知らないでいること

映画「ドライブ・マイ・カー」(濱口竜介監督)から。
約3時間(179分)が、あっという間に過ぎた作品だった。
今回は、台詞を聴き漏らしたくなくて、邦画なのに、
珍しく(字幕)バリアフリー日本語を設定した。
村上春樹さんの作品は、登場人物の名前が読みにくい。
主人公は「家福」(カフク)さん、妻の名は「音」(オト)さん、
さらに「山賀」(ヤマガ)さん「渡利」(ワタリ)さんなど、
文字で確認しないと、漢字が浮かばない苗字や名前が多かった。
私の場合、苗字が頭にパッと浮かばないと、どうしても、
それが気になって入り込めなくなるから、字幕は正解だった。
さて、前置きはさておき、気になる一言は、
「真実というのは、それがどんなものでも、
それほど恐ろしくはないの。
一番恐ろしいのは、それを知らないでいること」を選んだ。
作品の中、あちこちに散りばめられている「一番恐ろしいこと」
何気ない生活から、世界を揺るがすような事件も、
本当は何も知らないのに、知った気になっていたり、
もっと深い何かを見過ごしていたりする恐ろしさかもしれない。
世界で注目されているこの作品、世界の人々に伝えたいことは?
そんな視点で見ると、唸ってしまうよなぁ。



2022年03月18日(金) ■
職場が変わるだけでは「第二の人生」とは言わない

帰宅途中で、道草した本屋で雑誌をペラペラめくっていたら
「職場が変わるだけでは『第二の人生』とは言わない」という
フレーズを見つけて、なるほどなぁ・・と思ってメモをした。
よく定年退職を迎えると、(最近では、再雇用の期間が切れた時も)
これからは「第二の人生を楽しみます」みたいなコメントをする。
もちろん、私もした。(笑)
しかし、よく考えてみると、それはただ生活環境が変わっただけで、
それまでの「第一の人生」を終えて、全てクリアにして
「新しい人生をスタートする」わけではない。
今まで培ってきた人間関係や、蓄積してきた知識、知恵を駆使して、
なんとなく「第二の人生」と思い込んでいるに過ぎない。
人生なんて、一回しかないから面白い・・と私は思う。
たとえ生まれ変わっても、前世は覚えていないだろうし、
人生のベテランがいたら、是非、お目にかかりたい。
だから私はあえて「第二の人生」という表現ではなく
「残された人生」という言葉を使うようにしている。
その残された人生を、どう生ききるか・・それだけ考えようっと。



2022年03月17日(木) ■
自分は、自転車の補助輪

最近、妙にいろいろな団体から、要請されることがある。
短期間でもいいので、団体の運営が軌道に乗るまで
その団体のトップを引き受けてくれないか、というもの。
組織が衰退する原因は、人材も含め、組織のマンネリ化、
これに尽きる、と思っている私は、
思いっきり変えていいなら・・・とお返事する。(汗)
公務員として、まちづくりに38年間携わってきた経験が
「何かのお役に立てば・・」「恩返しのつもりで・・」と
考えているので、声をかけていただけるのは、正直嬉しい。
だけど私も63歳と歳を重ね、気力・体力にも衰えを感じる。
だから、最近では「自分は、自転車の補助輪」と決めている。
いつまでも、補助輪を頼っていては、自信もつかないし、
周りからも、信用されないのが、補助輪付きの自転車乗り。
軸がぶれないための補助輪の役割が終わったら、
次は、もう少し後ろで荷台を支える役割になるかもしれない。
けれど、いつかは、自分たちの足で一所懸命こがなければ、
前に進まないことも教えなければならないし、
何度でも、転んで起きて、転んで起きて・・を繰り返し、
その経験から、成長していくことを私は知っているからこそ、
「自転車の補助輪」役を頼まれたら、断らないようにしている。
少なくとも、前に進もうとしているのだから。