|
|
2022年03月20日(日) ■ |
|
なぜ飽きたのかわからないけど、飽きたのである。 |
|
以前紹介した、グラフィクデザイナー・横尾忠則さんの言葉。 高齢になると、ついつい「意欲がなくなった」というフレーズを 手垢がついたように、誰もが使いたがるけれど、 自分の感覚としては、ちょっと違うなぁ・・と思っていた矢先、 彼の発する言葉に、私のアンテナが引っかかった。 「なぜ飽きたのかわからないけど、飽きたのである。」 それは、単純に「働くことに飽きた」かもしれないし、 ずっと続けてきた「まちづくりに飽きた」かもしれない。 そろそろ、生きることに飽きた・・とも言える年齢になった、 そんなことかもしれない。 それも、自分でも理由がわからない・・ところがいい。 それだけ、夢中になって続けてきた証でもある気がする。 何でもかんでも、飽きるまで続けられれば本望だと思うし、 それは、意欲がなくなった・・ということとは、 ちょっと違う感覚なんだと気付いたから嬉しい。 ついつい「最近、欲がなくなってね」と言っていたいたけれど、 これからは「最近、飽きちゃってね」って言ってみようかなぁ。
|
2022年03月19日(土) ■ |
|
一番恐ろしいのは、それを知らないでいること |
|
映画「ドライブ・マイ・カー」(濱口竜介監督)から。 約3時間(179分)が、あっという間に過ぎた作品だった。 今回は、台詞を聴き漏らしたくなくて、邦画なのに、 珍しく(字幕)バリアフリー日本語を設定した。 村上春樹さんの作品は、登場人物の名前が読みにくい。 主人公は「家福」(カフク)さん、妻の名は「音」(オト)さん、 さらに「山賀」(ヤマガ)さん「渡利」(ワタリ)さんなど、 文字で確認しないと、漢字が浮かばない苗字や名前が多かった。 私の場合、苗字が頭にパッと浮かばないと、どうしても、 それが気になって入り込めなくなるから、字幕は正解だった。 さて、前置きはさておき、気になる一言は、 「真実というのは、それがどんなものでも、 それほど恐ろしくはないの。 一番恐ろしいのは、それを知らないでいること」を選んだ。 作品の中、あちこちに散りばめられている「一番恐ろしいこと」 何気ない生活から、世界を揺るがすような事件も、 本当は何も知らないのに、知った気になっていたり、 もっと深い何かを見過ごしていたりする恐ろしさかもしれない。 世界で注目されているこの作品、世界の人々に伝えたいことは? そんな視点で見ると、唸ってしまうよなぁ。
|
2022年03月18日(金) ■ |
|
職場が変わるだけでは「第二の人生」とは言わない |
|
帰宅途中で、道草した本屋で雑誌をペラペラめくっていたら 「職場が変わるだけでは『第二の人生』とは言わない」という フレーズを見つけて、なるほどなぁ・・と思ってメモをした。 よく定年退職を迎えると、(最近では、再雇用の期間が切れた時も) これからは「第二の人生を楽しみます」みたいなコメントをする。 もちろん、私もした。(笑) しかし、よく考えてみると、それはただ生活環境が変わっただけで、 それまでの「第一の人生」を終えて、全てクリアにして 「新しい人生をスタートする」わけではない。 今まで培ってきた人間関係や、蓄積してきた知識、知恵を駆使して、 なんとなく「第二の人生」と思い込んでいるに過ぎない。 人生なんて、一回しかないから面白い・・と私は思う。 たとえ生まれ変わっても、前世は覚えていないだろうし、 人生のベテランがいたら、是非、お目にかかりたい。 だから私はあえて「第二の人生」という表現ではなく 「残された人生」という言葉を使うようにしている。 その残された人生を、どう生ききるか・・それだけ考えようっと。
|
2022年03月17日(木) ■ |
|
自分は、自転車の補助輪 |
|
最近、妙にいろいろな団体から、要請されることがある。 短期間でもいいので、団体の運営が軌道に乗るまで その団体のトップを引き受けてくれないか、というもの。 組織が衰退する原因は、人材も含め、組織のマンネリ化、 これに尽きる、と思っている私は、 思いっきり変えていいなら・・・とお返事する。(汗) 公務員として、まちづくりに38年間携わってきた経験が 「何かのお役に立てば・・」「恩返しのつもりで・・」と 考えているので、声をかけていただけるのは、正直嬉しい。 だけど私も63歳と歳を重ね、気力・体力にも衰えを感じる。 だから、最近では「自分は、自転車の補助輪」と決めている。 いつまでも、補助輪を頼っていては、自信もつかないし、 周りからも、信用されないのが、補助輪付きの自転車乗り。 軸がぶれないための補助輪の役割が終わったら、 次は、もう少し後ろで荷台を支える役割になるかもしれない。 けれど、いつかは、自分たちの足で一所懸命こがなければ、 前に進まないことも教えなければならないし、 何度でも、転んで起きて、転んで起きて・・を繰り返し、 その経験から、成長していくことを私は知っているからこそ、 「自転車の補助輪」役を頼まれたら、断らないようにしている。 少なくとも、前に進もうとしているのだから。
|
2022年03月16日(水) ■ |
|
人生の滑り台って一度、滑り出すと止まんないのよ。 |
|
映画「ミッドナイトスワン」(内田英治監督)から。 LGBT関連の作品と分かっていても、手術の様子や 股間が血だらけの描写には、ちょっと抵抗感を覚えた。 作品を通じて表現されるバレエネタで「オデットですか? 踊りがとても上手だね、お嬢様方。 でも朝が来れば、白鳥に戻ってしまう。なんとも悲しい」を LGBTと絡めてまとめようとしたけど、難しかった。 作品と関係ないかもしれないが、ニューハーフの同僚が 呟いた台詞が、妙に引っかかったので、メモをした。 「人生の滑り台って一度、滑り出すと止まんないのよ。」 遊具の滑り台は、足や手を使って、止めることはできる。 けれど、人生の滑り台は、そう簡単には止まらない。 マイノリティの世界は、生きづらさを感じるだろうし、 まだまだ、それを念頭に生きなければ、苦しくなる、 だから、慎重に生きなければ・・そう教えられた気がする。 滑り出すのも勇気がいるけれど、止まるにはもっと勇気がいる。 生半可な気持ちで滑り出すと、大怪我をするかも・・。 だから、このフレーズが気になったのかもしれないなぁ。
|
2022年03月15日(火) ■ |
|
こんな時期に、こんなに緑があるなんて |
|
柿田川公園をブラブラしていると、 ときどき会話が聞き取れない方言を耳にすることがある。 それは、九州地方の方言の時もあるし、 東北地方の方言でもあり、とても楽しそうな会話で 話しかけられると、翻訳機が欲しくなる。(笑) けれど、話かけてみると、お国自慢をする時の彼らは、 愛郷心のある独特の文化、風土みたいな話になり、 聴けて嬉しくなる。 先日、雪国の県からやってきたという観光客の第一声は、 「こんな時期に、こんなに緑があるなんて」だった。 空はどんより曇っていて、周りは雪だらけで、 こんなに明るい色(緑)が、こんな時期に見られるなんて、 大喜びだった。 もちろん、既に葉桜になった「カワヅザクラ」や、 今満開の「アタミザクラ」にも笑顔でシャッターを切った。 富士山の雪が少ないのにも、驚いていたなぁ。
|
2022年03月14日(月) ■ |
|
まん延防止などコロナ対策で、街が汚れたね |
|
久しぶりに、私の呟きである。 コロナ感染拡大防止のために、国や県の努力は、痛いほどわかる。 それに合わせて、時短営業など協力している店舗の苦労もわかる。 しかし「できることなら・・」と前置きして、こう言いたい。 「まん延防止などコロナ対策で、街が汚れたね」 徒歩通勤をしている私の目、ウォーキングを楽しんでいる私の目には、 店舗の入り口に貼られた「コロナ対策実施」の紙切れが、 セロテープ、ビニールテープ、ガムテープなどで、ベタベタ貼られ、 「景観」という視点で考えると、貼り直したい、という衝動に駆られる。 すぐ剥がすのだから・・という気持ちが見え隠れするが、 だからこそ、きっちり貼っている店舗がキレイに見える。 今更だけど「コロナ対策実施」を周知する告知チラシ、ポスターと共に、 両面テープなど、キレイに貼ったり、剥がせるものも同封する、 そんな気遣いができる人がいるといいなぁ。
|
2022年03月13日(日) ■ |
|
ガクチカ |
|
今年は、高校生や大学生など、若い人たちと話す機会が増え、 耳慣れない(省略?)単語と遭遇することが増えた。 今回は「ガクチカ」。 (「デパチカ」なら「デパ地下」として知っていたけれど・・) 「ガクチカ」とは「学生時代に力を入れて頑張ったこと」らしい。 就活をしている大学生に訊くと、 「ガクチカ」は「自己PR」や「志望動機」と並んで、 エントリーシートや面接で、頻出の質問となっているようだ。 「学生時代に熱中して取り組んだことを教えてください」や 「これまでの人生で最も打ち込んだことは何ですか?」 などと訊かれるので、ボランティア活動などをしたいけれど、 コロナ禍で、そういう機会が激減してしまい、 「ガクチカ」に書くことが見つからない、と困る学生が増えている、 そんな話も耳にした。 逆に、観光ボランティアのガイドなど、高齢化が進み、 なかなか世代交代が出来ないと悩んでいる団体は、数多い。 高校生や大学生が、長期休暇(夏・冬・春休み)の時だけでも、 観光ボランティアガイドを手伝ってくれれば、 WinWinなのになぁ・・とメモをした。 それをつなげるのが、私の役目かもしれないなぁ。
|
2022年03月12日(土) ■ |
|
柿田川公園の常連さん |
|
約3年間、毎日、柿田川公園内の様子を眺めていたら、 面白いことがわかってきた。 こんな小さな公園にも常連さんがいて、遊び方を心得ている。 日向で暖かい場所、逆に日陰の場所、風が弱い場所、 また、遊び道具もいっぱい持参し、柿田川公園を満喫している。 さらに、すごい常連さんは、心地よい風が通る場所を見つけて、 お気に入りの音楽を流しながら、しっかり昼寝をして、 数時間いたかと思えば、適度な時間で撤収。(笑) かと思えば「柿田川ブルーホール」に続く、第2展望台の階段を、 週末に黙々と掃除している方々もいる。 名前も訊かないし、理由も訊かないけど、そんな人たちがいて、 この公園は、静かに守られていることを知った。 私はと言えば、柿田川公園の定点観測をする撮影場所、 たまに、昼食テイクアウトの食事場所、 時間に余裕があれば、ひだまりの中で、読書する場所、 さらには、階段などを使って、ストレッチをする場所、 帰りは、ポケモンGOをしながら、楽しむ場所としても・・ あっ・・私が一番の常連さんだな、きっと。 たぶん、世界中の誰よりも、この場所にいるもの。(汗)
|
2022年03月11日(金) ■ |
|
今回の津波では心身ともに痛めつけられました |
|
2011.3.11からの1年間がどれほど大変だったか、を 私たちに思い出させてくれる映画をご紹介。
映画「生き抜く 南三陸町 人々の一年」(森岡紀人監督)から。 「被災者たちの静かな思いを伝えるドキュメンタリー」そのもの。 「今、何一つないもの。壊滅だもの」の「壊滅」の2字が重たかった。 避難所で、頭を抱えて呆然としている高齢者の姿や、 「毎日ここで行方不明の夫を捜していた」という妻の憔悴しきった様子。 さらに「もう、建物がなくて住宅ローンだけ残っちゃいましたよ」と 空元気に笑う人たちが直視できなかった。 極めつけは、長い期間、仮設住宅の抽選にも当たらず、 夢や希望を持つことなど考えられず、ただただ毎日を過ごすだけ、 そんな高齢種の女性が、カメラに向けて呟いた台詞、 「今回の津波では心身ともに痛めつけられました」が心に残った。 私たちは簡単に「心身ともに」という単語を口にするけれど、 体験から出た「心身ともに痛めつけられました」を耳にしてからは、 そう易々と使えなくなった。 こういう作品は、物語を勝手に作りやすくなってしまうが、 ドキュメンタリーとして、静かに被災者の声に耳を傾けていた。 タイトルも「生きる」ではなく「生き抜く」。 ここに、被災者たちの強い思いが込められていることを感じた。 3.11を忘れないためにも、年に一度は観直したいなぁ。
|
|