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しもさんの「気になる一言」
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2019年10月12日(土)
投稿はSNS慣れしている人に任せる

12日の早朝から地元の公民館に詰めて、
今回の大型台風で、避難してくる区民の対応をしながら、
時折、Facebookの投稿を眺めて、ウトウトしながら、13日の朝を迎えた。
面白いことに、仕事でしか発信しない人たちが提供する情報よりも、
毎日毎日、少しずつでも発信し続けている友達の情報の方が、
台風の被害がわかりやすかった。(汗)
それはたぶん、投稿に対して、ストレスもなく、目の前の状況を
どんなタイミングで、どんな情報を発信すれば多くの方に見てもらえるか、
読んでもらえるか、知らず知らずのうちに身についたのではないかと思う。
写真の撮り方も、動画の撮り方も、
それに合わせた、コメントなども的確だった気がする。
データの信憑性は、少しばかり低くなるけれど、
それでも、シェアされてきた投稿内容も、役に立つものが多かったし、
なるほどな、と思える大型台風に対する心構えも参考にさせてもらえた。
あまり慣れていない人が発信する情報は、正確なのかもしれないが、
どこか少し、こちらが欲する情報とは違う気がした。
この体験から得た気付きは「投稿はSNS慣れしている人に任せる」だった。
この投稿技能は、台風・地震の被害状況把握で役に立つ、
「市民ボランティア」としてシステム化できないものかなぁ。



2019年10月11日(金)
興味や関心をさらに伸ばす方法を教える教育

私が毎日楽しみにしている、北海道・植松電機の社長、
植松努さんのプログ(Ameba.Blog)から。
この方は、ロケットなどの部品を作っているし、
考え方が、とても理系でわかりやすい。
だからだろろうか、教育に関する話がとてもわかりやすい。
「子ども達が興味や関心を持ったときに、
調べ方や、確かめ方や、議論の仕方や、計画の立て方などの、
興味や関心をさらに伸ばす方法を教える教育が必要です」
私は文系だけれど、この考え方に共感している。
子ども達には、いろいろな「?」を持って欲しい。
インターネットから得られる情報で満足せずに、
興味・関心の先にある、知りたい・・という欲求を持ち、
その答えを教えるのではなく、調べ方、確かめ方など、
教えてあげられる大人になりたい、といつも思っている。
最近、子ども達の前で「柿田川について」話すことが増えた。
だからこそ、そんな機会をいただいた時は、
「わざと教えない」ことを意識している。
意地悪・・と言われようが、ケチ・・と言われようが、
気になるなら、興味があるなら、調べてみよう、
そのお手伝いなら、いくらでも力を貸すから、が私の方針。
時間もかかるし、テストには出ないかもしれない、
でも、その習慣をつけることが、一番大切だと思っているから。
簡単に答えが分かっちゃ、つまらないもの。



2019年10月10日(木)
四葉のクローバー・・誰かのために残しておくって。

映画「人魚の眠る家」(堤幸彦監督)から。
原作が、東野圭吾さんの同名ベストセラーだったから、
ストーリー的には、ラストまで安心して観ていられたが、
なかなか難しいテーマを、よくここまで表現したな、と感じた。
「(今の日本では)極端な言い方をすれば、脳死と心臓死、
どちらの形で命を終わるか選ぶ権利があると言うことです」という
医師の説明に、妙に、日本らしいな、とメモをした。(汗)
植物人間に刺激を与えて、脳波とは関係ない伝達手段で、
体の一部を動かす行為が、
「人間の技術が関われることを許される範囲」かどうか、
それとも、神の領域なのか、いまだに分からない。
ただ「植物人間状態の人間を殺して、殺人罪に問われるかどうか」
これも「人は二度は死なない」という台詞に、私の心は揺れた。
「臓器提供」の問題についても同じで、自分の意見が定まらない。
そんな中、こんな話がメモに残されていた。
母親が父親に事故にあった娘の性格を伝えるシーン。
「前に公園でね、瑞穂が四葉のクローバー見つけたの。
『それ見つけたら幸せになれるんだよ、持って帰れば?』
って教えたら、なんて言ったと思う?」
「瑞穂は幸せだから大丈夫。誰かのために残しておくって、
そういう子だから・・」と泣き崩れるのだが、私も涙腺が緩んだ。
そしてラストシーン、彼女の臓器は、誰かのために役に立つことに。
重たいテーマだったけど、いい作品だっなぁ。



2019年10月09日(水)
歩いた分だけ学校に寄付できるシステム

何気なく見ていたテレビ番組で、これはいい・・と
メモした、兵庫県豊岡市の取り組み。
「歩いた分だけ学校に寄付できるシステム」
歩いた分だけ、健康マイレージなどが貯まるシステムは、
全国の多くの自治体でよく見かけるが、それはあくまで、
本人のポイントが貯まるシステムだけど、
これは、そのポイントが、自分のためでなく、
子どもや孫が通う、学校備品などに使われるという仕組み。
この視点って、とても面白いと思った。
歳を重ねると、自分の健康のために歩いてポイントを貯めるより、
自分は歩くことで健康になり、その努力が子どもや孫のためになる、
そんな仕組みが、素晴らしい。
長年勤めた会社を退職したので、何か地域のために力になりたい、
けれど、何から始めたらよいのか、わからない、
また、運動不足になりがちな高齢者にとって、一石二鳥だから。
さらに、万年予算不足の学校にとっては、ありがたいのだから、
一石三鳥の効果がある気さえする。
こんなことって、降らないかもしれないけど、やったもん勝ち。(汗)
あとは、本気にやるかどうかなんだよなぁ。



2019年10月08日(火)
パン、ぶどう、チーズはキスの味

2019年度日大国際関係学部主催(下期市民公開講座)
統一テーマ「世界の国々から・・暮らしに息づく文化」
講師「角田哲康」氏(日大国際関係学部教授)
演題「パン、ぶどう、チーズはキスの味」
(スペインを象る(かたどる)食文化)から。
スペインは、東西南北から入ってくる文化の十字路に位置し、
ここで表現したかった「キスの味」とは、
「組み合わせで得られる、多様性の思いもよらぬ素晴らしさ」
そんな説明に、わが町もそんな位置付けだな、と苦笑いした。
彼の講義は、ちょっとウィットに富んだ話題と聴きやすい声で、
私を含め、多くの聴講者たちを魅了していた。
今回も、スペインの食について説明してくれたが、
自分たちの生活時間帯と同じ、を前提に理解しようとすると、
異国の地の食について「?」が増えるばかりだから、
少なくとも「スペインの独特な生活時間帯を知ることから
スペインの食と文化の理解が始まる」と話を始めた。
8:00 朝食 家族バラバラの非常に軽い食事 (家・bar)
9:00 学校も会社も全て スタートの時間
11:30 おやつ・カフェ (学校・bar)
14:00 午前終了
15:00 家族で食事   昼寝? (家)
17:00 午後スタート
18:30 おやつ ピンチ(串に刺した料理)・タバス(小皿料理) (家・bar)
21:00 午後終了
22:00 夕食 (家)
こんな生活時間帯で過ごすから、途中「おやつ」と称する時間があり、
スペインは3食ではなく5食、なんて表現をされることも知った。
では、なぜ、そのような生活時間帯になったのか、を探ると、
これは、スペイン全盛の古い歴史から理解する必要がある。
「歴史は文化を象り、文化は食を育て、国民性を創る」
なるほどなぁ・・

P.S.
この「歴史は文化を象り、文化は食を育て、国民性を創る」のフレーズ、
2013年10月02日(水) に書いていた。(笑)



2019年10月07日(月)
お主(おぬし)に任せた

行政職員だった頃の先輩が、65歳という若さで他界した。
何年間か一緒に机を並べて仕事をしたためか、
出来事だけでなく、声まで思い出されて、辛かった。
彼は、私以上に(?)仕事熱心で、朝早くから夜遅くまで
さらに、土・日も職場で仕事をしているような人だった。
祭壇に飾られている遺影を見ながら思い出したのは、
私と話をしている時、私のことを「お主(おぬし)・・」
と呼ぶことだった。(初めは違和感があったけれど)
「お主がやらなきゃ誰がやるんだよ」
「お主しか、言える奴はいないんだから」
「お主に期待している」
「お主・・」「お主・・」「お主・・」
今でも、なぜかはわからない。(武士の時代じゃないのに)
しかし、遺影の彼が「お主に任せた」と言ったようで
不思議な気持ちになった。
彼の生前の思い出として、子ども達のために
柿田川に関する本を作った、というナレーションを耳にし、
できれば原本を見つけ出し、その続きを引き受けたい、
本気でそう思った。
先輩から後輩へ、そして次の世代の職員へと、
引き継がれていく仕事があってもいいものなぁ。



2019年10月06日(日)
そばにいるためにお金なんて必要ないわ

映画「運び屋」(クリント・イーストウッド監督)から。
ストーリー的には、メキシコ麻薬カルテルの「運び屋」で、
やや面白みに欠けたが、90歳に近い老人が
どうしてこのような仕事に足を踏み入れたのか、
大変興味があった。
その答えは、奥さんとの会話で理解できた。
「あなたはいつも外に生きてた。
各地での品評会や人付き合い、注目の的でいたいのね。
みんなを楽しませ、素晴らしい人と言われる。
家にいてもあなたは早く外へ戻りたがる」
「その通り、外で認められる方がずっと大事だと思った。
家での俺は役立たずだから・・」
そう、働いている男にとって、家の外と内では、
どうしても評価される「外」を選択したくなる。
だから麻薬の運び屋でも、評価される仕事を選び、
危険をおかして得た報酬で家族を喜ばせようとした。
ちょっと極端だけど、わからなくない。(汗)
それを知っている妻は、そっと囁く。
「そばにいるためにお金なんて必要ないわ」
外で評価されることが家族のため、と勘違いしていた。
しかし定年退職し、家族といる時間が増えたこともあり、
この台詞は、なぜか私の腑に落ちた。
今頃?と思うかもしれないが、今でも気付いてよかったな。
これから、やり直せるから。



2019年10月05日(土)
誰もが撮れる景色を、誰もが持ってるカメラで

早朝の柿田川公園ラジオ体操の前に、
本来の目的である「柿田川公園」のその日を撮影し、
「『柿田川公園』最新情報お届け隊」と称して、
SNSに投稿しているが、そのフォロワーの方だろうか、
第二展望台の「柿田川ブルーホール」を撮影していたら、
年配の女性に「もしかしたら・・」と前置きをされて、
「いつも『柿田川』の様子を投稿されてる方ですか?」と訊かれた。
私以外にも多くの方が投稿されているかもしれないので、
「たぶん・・・」とだけ答えたら、妙に嬉しそうに、
「撮影している現場でご一緒できるなんて・・」と言われ、
あの写真、どこから撮ったのですか?、何時頃の時間ですか?」と
矢継ぎ早に、質問が飛んできた。
聞けば、その写真を観て、一度、本物を見てみたい、と
わざわざ、東京から自動車でやってきたらしい。
「どんなカメラをお使いですか?」というので、
「このスマホ、iPhone-SEですよ」と正直に答えたら、
「えっ?」と絶句しながらも「それで充分ですね」と理解してくれた。
私の撮影の基本は「誰もが撮れる景色を、誰もが持ってるカメラで」
これって、手軽に撮影して欲しい、が前提なんだよなぁ。



2019年10月04日(金)
久しぶりに見た「じゃんけんグリコ」

柿田川公園には、長い直線の階段が3箇所ある。
足腰の弱い高齢者には、きついかもなぁ、と思いながら、
60段を越すこの階段で、足腰を鍛えている私には、
ちょうどいい、フィトネスジム感覚なのである。
しかし、寄る年波には勝てず、一段飛ばしとか、
走って登るにはきついのも事実。
そんなことを思っていたら、若い女の子たちが、
「グリコ」「パイナツプル」「チヨコレイト」と叫び、
いわゆる「ジャンケン」をしながら、元気よく
階段を上ってくる光景に出会って、嬉しくなった。
そういえば、この辺りでは、
そうした遊びができる場所がないものなぁ、と思った。
こんな柿田川公園の使い方があるのか、とメモし、
私の思いつかないような遊び方で、
もっともっと工夫して楽しんでくれたら、嬉しいなぁ。
それこそ「柿田川大楽」の目指すところだから。

P.S.
Wikipediaでは「グリコ(遊び)」となっていました。



2019年10月03日(木)
俺なら、ハリケーンが消えるまで、目の中で移動し続ける

映画「ワイルド・ストーム」(ロブ・コーエン監督)から。
猛烈な風が吹き荒れる巨大ハリケーンの中で、
6億ドルの強盗を企てる悪党たちとの頭脳合戦であるが、
どうしても、巨大ハリケーンの必要性があったか、と問われれば、
巨大ハリケーンならではの凄さ・恐怖は、あまり感じなかった。
悪党たちが強盗には成功したけれど、巨大ハリケーンから逃げられず、
自滅していき、ハリケーンのことに詳しい主人公たちは、
あまり被害を受けずに、事件が解決していくのかと思った。
作品中、こんなセリフがある。
「奴らは目を使って逃げる気だ」と慌てて追いかけようとすれば、
「俺なら、ハリケーンが消えるまで、目の中で移動し続ける」と
サラッと言い返す。
そして、そのハリケーンの目に入った瞬間、
「ハリケーンの目だ。約60キロに渡って、嵐の真ん中に晴天が広がる」
そして勢力が弱まるのを待って、それからゆっくり逃げる、という訳だ。
この発想は、私にはなかったので、とても新鮮だった。
相手(敵)の懐に飛び込むことは、勇気がいるけれど、
それが成功すれば、一番安全な場所なんだよなぁ。
石田三成が、身の危険を感じて徳川家康に助けを求めたのと同じかな・・
やっぱり、ちょっと違うか。(汗)