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しもさんの「気になる一言」
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2019年01月31日(木) ■
えっ、これも1959年(60年前)?

ネットで「1959年(昭和34年)に起きたことを調べていたら
驚くようなことが溢れていたので、私の呟きを一言にした。
「えっ、これも1959年(60年前)?」
実は、この驚きには2つの意味がある。
「もう60年も経ったのか」と「まだ60年前のことなのか」
特に、世界の出来事では、後者「まだ60年」の驚きが強い。
「キューバ革命」
「シャルル・ド・ゴールがフランス初代大統領となる」
「シンガポールが独立」
「アラスカがアメリカ49番目の州となる」
「ハワイがアメリカ50番目の州となる」
国内の出来事では、前者「もう60年」の驚きがあった。
「NHK教育テレビの放送が始まる」
「昭和基地に置き去りにしたタロとジロの生存確認」
「皇太子明仁親王(今上天皇)と正田美智子が結婚」
「IOC総会で、1964年の夏季オリンピック開催地が東京に決まる」
さらに60年前に誕生し、もう既に姿を消した
少年漫画雑誌「週刊少年サンデー」(小学館)や
「週刊少年マガジン」(講談社)など、時代の流れの速さを感じた。
時にはこうして、歴史を振り返るのも悪くないな。
新しい発見と気付きがあるから・・。



2019年01月30日(水) ■
定価「800円」の本が「823円」(汗)

あるお店で、ちょっと面白そうな特集を組んでいた本を見つけ、
「定価800円」(本体762円)を確認してレジで会計したら、
なにも説明なしに「823円です」と言われて
「えっ、定価800円って書いてありましたよ」と確認したら、
「本体価格が762円なので・・」とサラッと返された。
あっ、この本ちょっと古そうだな、と思っていたので、
慌てて発行日を確認したら「2014年3月1日発行」。
なるほど「消費税5%」の時の定価だったのか、と納得し、
「3%の差額分ってことですね」と店員に、再度確認した。
「はい、そうです」とは言ったものの、どうもしっくりこない。
古い本を大切にしていて、販売しているのは理解できるが、
レジを打つときに、定価のところを示して、
「お客様、この本は消費税5%の時の価格なので、
差額分を頂戴することになりますがよろしいですか?」くらいの
接待トークは必要なんじゃないかな、と思うからだ。
消費税を3%、5%、8%に上げた年月日を覚えておかないと、
こういったトラブルが、あと9か月後には必ず起こると思うから。
特に、古本など、定価が印刷されているものには、要注意だな。



2019年01月29日(火) ■
友情は瞬間が咲かせる花であり、時間が実らせる果実である

1月13日、無事に終えた「成人式」の感想を、我が課のスタッフが、
業務報告で、こう記していた。
「友情は瞬間が咲かせる花であり、時間が実らせる果実である」
ドイツの劇作家、アウグスト・ファン・コッツェーブーの言葉らしい。
友情は、最初の出会いの瞬間に何かひらめくものが必要だが、
本当の友情に至るには、時間を掛けた醸成が必要だということ。
そんな意味なのだと思う。
中学校を卒業して約5年の若者たちが、当時の友だちを見つけ
「懐かし〜い」と駆け寄る姿を目の前にして、同じことを思った。
まだまだ社会に出ていない彼ら彼女らが、これから長い期間を経て、
2回目(40歳)、3回目(60歳)の年齢になっても、
その関係を持続できたら、その時こそ「友人」(竹馬の友)と呼べる
人生の「果実」が手に入っているのかもしれない。
それは、いつも一緒にいる、という学生時代の「友人」ではなく、
年間に数度しか会わなくてもお互いを心配し合う
大人の「友人・親友・悪友」という関係になっているということ。
「果実」の数はそんなに多くなくてもいい気がしている。



2019年01月28日(月) ■
無名の時から娘を支援し続けた日本の恩義を尊重した

全豪オープン女子テニス優勝の「大坂なおみ」選手の記事、
いろいろ読み漁ったけれど、コーチがイケメンとか、
家族構成とか、そんな記事は興味がなかった。
しかし、私の心を打ったのは「二重国籍」の彼女が、
3歳で米国に移住したにも関わらず、日本を選んだ理由。
ハイチ出身の父、フランソワさんの判断らしいのだが、
彼女が頭角を表してから、多額の支援を約束したと
伝えられている米国よりも、
無名の時から娘を支援し続けてくれた日本の恩義を尊重した、
そんなコメントにハッとさせられた。
日本全国の自治体で同じようなことが起きているからだ。
無名の時は、大した支援もせずに、一躍有名になると、
「わが街の出身だ」「わが街で育った」・・等の理由で
「親善大使」「観光大使」「ふるさと大使」などを依頼し、
機会あるごとに、自治体PRをお願いする光景を何度も見てきた。
さらに、また新しい著名人が見つかると、すぐに乗り換える、
そんな「自治体の広報戦略」が浮かんだからか、
彼女が「日本人で登録」を選んでくれた理由を目にして嬉しかった。
地道な支援こそ、花開いた時の感激は格別なのだと思う。



2019年01月27日(日) ■
私の来年の目標は、もっと日本語を喋ること

昔「O・N」と言えば・・「王・長嶋」と決まっていた。
しかし、今は「大坂・なおみ」選手。(Osaka Naomi)
こうした言葉遊びがしたくなるほど、感動的な試合だった。
(全豪オープンテニス 女子決勝戦)
怒られちゃうかもしれないけれど、第2セットを取られた時点で
正直、負けるかな・・と思った。(しばらくテレビを消してしまった)
それほど、メンタル的なダメージが大きかったセットだったはず。
それなのに「トイレタイム?」(笑)から戻ってきた彼女は、
また元の冷静さを取り戻していた・・そこが私の関心ごと。
どうやって、あの状態から立ち直れたのか、あの短い時間で。
スポーツ紙もテレビも、彼女の特集番組を組むのであれば、
是非、私たちのためにも、あのメンタルコントロールに焦点を当て
そのノウハウの一部を紹介して欲しい。
彼女の明るさと謙虚さが、全世界の人々を虜にしているけれど、
それが「日本人」ということで、私たちの誇りともなっている。
誰よりも「日本人」ということを意識しているな、と感じた、
昨年インタビューに答えた彼女の目標を記しておきたい。
「私の来年の目標は、もっと日本語を喋ること」



2019年01月26日(土) ■
「ポケモンGO」の楽しみ方を変えなきゃ

当時、訳も分からず「ポケモンGO」を2016.7.23スタート。
あれから、約2年半をかけ、コツコツと経験値を増やしながら、
やっと「レベル40」の仲間入りをさせてもらった。(汗)
無課金でなおかつ「バトル」と呼ばれる戦いもあまりしないし、
ムキになって「図鑑」を埋めるわけでもない。
ただ歩いては、目の前に出現したポケモンをゲットするだけ、
その何が面白い?と聞かれても、実は私自身、答えが見つからない。
ただ、ハマるキッカケが他の人と違ったような気がする。
「ポケモンGO」を始めてから、歩くようになった人が多い中、
私の場合「歩く」ことが前提にあって、その楽しみ方の1つに
「ポケモンGO」が加わって歩数が伸びた。
また、使用しているスマホも「iPhone-5s」「iPhone-SE」と
片手で使えるサイズのため「ポケモンGO」も、ほとんど片手、
たぶん歩いてポケモンを捕まえていても、誰も気が付かない。
そんな「ポケモンGO」であるが、今回、目標を失った。
数字好きの私、今までの目標は「レベル40」(XP500万)だったが、
それが予想以上に速く到達してしまったので、
新しい目標を設定しないと、モチベーションが上がらない気がする。
とりあえず、私の呟き。
「『ポケモンGO』の楽しみ方を変えなきゃ」を残しておこうっと。



2019年01月25日(金) ■
自分自身の魅力で多くの人の心を動かす力を持っている

映画「ワンダー 君は太陽」(スティーブン・チョボウスキー監督)から。
生まれつきの障がいにより、人とは違う顔をもっていた主人公は、
10歳、小学5年生から、生まれて初めて学校に通い始めるが、
案の定、周りからの冷たい視線や、いじめに遭い、挫けそうになる。
それでも、彼の行動により、周りが少しずつ変わっていく様子は、
予想通りの展開であったが、それでもなぜか涙腺がゆるんでしまった。
彼の担任になったブラウン先生の格言の数々も、
気になる一言の候補であったが、やはりラストシーン、
本来なら、学業優秀な生徒に与えられる賞なのかもしれないが、
その年は、主人公、オギーが選ばれた。
その選定理由について説明した、校長先生の言葉を残したい。
「偉大さは強さの中にはない。強さを正しく使うことの中にある。
最も偉大である人とは、
自分自身の魅力で多くの人の心を動かす力を持っている。
静かな強さで大勢の人の心をつかんだある生徒に贈ります」
「権力よりも魅力」・・そんな言葉が浮かんだ作品である。

P.S.
プラウン先生の格言
「行いはあなたの記念碑だ」「人をいたわれ、みんなも闘ってる」



2019年01月24日(木) ■
「お疲れ様。あとは任せろ」と言われて引き継ぎたい

駅伝体験シリーズの最後は、タスキの話。
単なる一本の細い「襷(タスキ)」のはずなのに、
アンカーまで繋げたことは、妙に嬉しく、大袈裟に言えば、
チーム「下山ファイターズ」の誇りでもある。
今回、私が一番やりたかったのは、正月のテレビで放送される
「実業団」「箱根」を始めとした「駅伝」の大好きなシーン。
そう、中継点でのお馴染みの、あの「受け渡し」のシーン。
まずは、自分のチームの選手を遠くに見つけて、
手を挙げながら、ここだぞ、もう少しだ・・と叫ぶシーン。
それから、タスキを受けながら、前走者をねぎらいながら、
「お疲れ様。あとは任せろ」と、背中をポンポンと叩くシーン。
実は、あれが一度やってみたかった。(笑)
もしかしたら、走ることよりも、そのシーンを再現したくて
駅伝参加を決めたかもしれない、と思うほどだ。
その駅伝の「お疲れ様。あとは任せろ」を
新しい課長に、背中をポンポンと叩いてもらいながら退職できるよう、
残すところもあと2ヶ月ちょっとは、仕事を繋げることを意識したい。



2019年01月23日(水) ■
思い出と共に走る予定だった、3.3キロ

心配された天気も小雨で決行、待ちに待った(?)「町駅伝大会」、
私が任されたのは「6区」(アンカー)の3.3キロ。
どんなことを考えながら走ろうかな?と前日から考えていたのは、
38年という長い公務員生活を、3.3キロに当てはめてみよう、だった。
実際は、何も思い出せなかったけれど、けっこう楽しかったのでご紹介。
初めの1キロ(約5分)は、役場に奉職、総務課から始まり、沼津市役所へ出向、
税務課資産税係として、多くのお宅の家屋調査したことを思い出す。
1キロ〜2キロ(約5分)は、係長として、第三次総合計画の策定、
全国姉妹町担当や湧水まつりなどで、多くの団体の方々にお世話になったこと。
また社会教育の分野で、今でも続いている音楽会を始めとした文化事業を手掛け、
さらに広報広聴係として、町内を所狭しと飛び回っていたことを思い出す。
2キロ〜3キロ(約5分)は、農業委員会事務局や国際交流関連の随行で、
ニュージランドやカナダ・スコーミッシュ市訪問などを経験させてもらったこと。
その後は、福祉課で児童虐待やDV、子ども育成課で「子育て支援室長」となり、
町内にある大型商業施設「サントムーン柿田川」内に設置した民設公営の施設
「子育て総合支援センター」の初代所長、「子ども交流館」の初代館長として、
施設立ち上げの難しさ、楽しさを経験したことを思い出す。
そして、最後の3キロ〜3.3キロ(なんとここも約5分(汗))、
課長になってからの9年間が、ゴールまでの一番きつい登り下りとダブるから。
最後のグランド1周は、正直、キツかったれど楽しかった。
仕事と同じで、多くの方の「下山、頑張れ」「課長、もう少し」の声に押され、
予想以上の達成感を感じながらのゴールとなった。
自分でも出来すぎだな、と思うほど、公務員生活と重なり、
あっという間の「3.3キロ・38年間」のはずだったのに、何も思い出せなかった。
よくまぁ、そんなこと思いつくよなぁ・・と言われそうだ。(汗)



2019年01月22日(火) ■
大切なのは、前日も普通の生活サイクル

告白すると・・町駅伝大会の前日、私の体に異変が起きた。
ドラえもんの「のび太」と競えるくらい、どこでも寝られるし、
布団に入って、数秒で眠りに入ってしまう私が、
なぜか、大会前日の夜だけ、なかなか寝付けずに、もがいた。
睡眠障害の人の気持ちが、ちょっとだけわかった。
明日は朝がいつもより早いし、その後3.3キロ走るのだから、
ぐっすり寝なきゃ・・という思いが強かったのか、目が醒める。
トイレに起き、水道水を飲む。それを3回ほど繰り返した。
原因はわかっている、いつもと違う生活サイクルで過ごしたから。
前々日、大会を意識して、ちょっと走り込みすぎてバテたから、
前日の土曜日は、体を休めよう・・と何もしなかった。
ゆっくりすぎるほど遅く起きたし、体のマッサージをしながら、
いつもならほとんどしない、うたた寝。いや、十分すぎる昼寝。
それから、早めの食事、早めのお風呂、そして早めに布団に入った。
たぶん、これがいけなかった。
走る前から「気をつけて」「無理しないで」「迷惑かけないで」と
言われ続けたので、とにかく慎重になり過ぎた、と言うしかない。
大会に向けて大切なのは、いつもと同じ生活サイクルだと知った。

P.S.
布団に入り、目をつぶりながら心配事は
「昨日走り込みの筋肉痛が、明日の大会ででたらどうしよう」。
いゃ、私の年齢なら、筋肉痛になるなら3日後くらいかも・・。