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| 2016年11月19日(土) ■ |
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| ピアノって、こんなに大きな音が出るんだね |
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先月下旬、ロシアの天才ピアニスト「デミトリー・シシキン」、 ピアノリサイタルを聴きに三島文化センターへ足を運んだ。 5年前、わが町で演奏していただいた時は、19歳。 2011年6月5日(日)の「気になる一言」に 「音が強いけれど、乱暴じゃないよね」という感想を 驚きとともに、言葉として残していた。 今回は「あれから5年、容姿も音も成熟したよなぁ」と ちょっと丸みを帯びた、柔らかい雰囲気に絶賛であった。 (専門家ではないので「そんな感じに聴こえた」程度ですが) 私が一番驚いたのは、ピアノの音量。 最近、静かなクラシック中心のピアノ曲や、 ジャズなどのBGMとしてのピアノの音、 または、合唱の伴奏としてのピアノの音を耳にしていたので、 彼が弾くピアノから溢れ出てくる、ピアノの音量に、 5年前以上に驚かされた。 横で気持ち良く聴いていた妻に、思わずこう呟いた。 「ピアノって、こんなに大きな音が出るんだね」 その楽器の最大の音量って、あまり聴いたことないものなぁ。
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| 2016年11月18日(金) ■ |
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| アフリカに殺人事件などありません。 |
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映画「ナイロビの蜂」(フェルナンド・メイレレス監督)から。 (10年ほど前の)アフリカで暮らす、 英国外務省一等書記官ジャスティンと妻テッサ。 彼らは、文明社会がアフリカ人をモルモットして、 新薬の研究をしていることを知り、大きな敵に立ち向かう。 物語の最後に、そんな悲惨なアフリカの状況と、 先進国の残酷さを伝えるメッセージが語られるシーンがある。 「アフリカに殺人事件などありません。 『痛ましい死』があるのみ。 そのような死を超え、文明社会は利益を得ます。 利益はたやすく得られます。 彼らの命は、あまりにも安いからです」 「世界中がアフリカを食い物に・・」というフレーズで、 胸が痛くなるのを感じた。 彼らの犠牲の上に、私たち先進国の人たちが生きていることを、 どれだけの人が意識しているだろうか。 これは想像の話ではなく、現実なのかもしれない。 外交官の夫が寝ている様子を、妻がビデオで映しながら、 こんなメッセージを添えている。 「(夫は)理想の世界を夢見て眠ってる。 彼の理想の世界とは・・雑草のない世界よ」と。 そして彼女は、ガーデニングを趣味と言いながら、 「雑草を抜かなくちゃ」と、大きな権力に戦いを挑み亡くなる。 この結末に、やるせない気持ちで観終わった。 まさか、エイズの治療薬も「アフリカ」で試してないよね。(汗)
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| 2016年11月17日(木) ■ |
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| 昆虫採集する兄弟みたいですね |
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業務終了のチャイムが鳴ると、どちらかともなく 「今日もポケモン、捕まえて帰る?」となる。 「ポケモンGO!」にはまってしまったのは、 今年定年退職の先輩と、58歳の私。(汗) しかしゲーム内のジムで戦うとか、そういった野望もなく、 帰宅途中の「ポケストップ」で道具をゲットし、 突然現れる「ポケモン」に、一喜一憂しながら、 ただただ、スマホ片手に歩く、歩く。 (時々、ぶつぶつ言いながら、立ち止まるけれど) そんな様子を見ていた女性職員が、私たち2人に向けて 「昆虫採集する兄弟みたいですね」と声をかけてくれた。 宮崎駿さんの世界よろしく「夏の暑い日、ランニングシャツに 麦わら帽子を被り、虫取りの網を片手に、兄弟仲良く、 昆虫採集に飛び出していく姿」がダブったようだ。 ちょっと違うのは、歩くのに疲れた2人は、時々、 1000円札握りしめて「生ビールだけ飲んでくか?」と、 なることかなぁ。(笑)(実は、これまた楽しい。)
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| 2016年11月16日(水) ■ |
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| 今、日本の話題は「清宮・清武・清水」(笑) |
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今朝、いつものように新聞を広げたら、 目に飛び込んできたのは「清○」の単語だった。 野球関連記事で「清宮」、サッカー関連記事で「清武」。 さらに、まちづくりの記事で「清水」となればリズムがいい。 「キヨミズ」でなくて「シミズ」でしょ?なんて、 野暮な突っ込みは、置いといて・・(汗)。 キャッチフレーズなんて、耳に残ればいい、と思っている。 以前話題にした富山県のキャッチコピー「宇宙戦艦トヤマ」、 「タヒチ島・ハワイ島・オワフ島・バリ島・グァム島・・・ そして「あの島より、福島。」という福島県のキャッチコピー。 もちろん、これらには及ばないが、突然思い浮かんだ、 「今、日本の話題は『清宮・清武・清水』」だって、 目に入ってくる「文字」や、耳に入ってくる「音」にとしては、 悪くない気がする。(汗) シティプロモーションも、キャッチコピーも、 面白い、と感じてもらえるか、ふと立ち止ってもらえるか、 そんなもんじゃないかな?と思っているから。 好奇心旺盛の私は、いつもそんな視点で町を徘徊しているから、 ウォーキングが楽しくて仕方がない。
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| 2016年11月15日(火) ■ |
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| 戦略のない単発の複数企画は、地域に疲労感を残すだけ |
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全国で、地域おこし、シティープロモーションが華盛り。 夏休み中、毎日どこかで賑やかなイベントが開催され、 これでもか・・というくらい、花火が打ち上げられた。 (11月も、毎週どこかでイベントが・・) 別にそれを否定しているわけではない。 ただ、単発で打ち上げられる、各自治体の花火(行事)は、 周りの様子に関係なく繰り返されているようにも感じる。 そんなことを考えながら、インターネットを眺めていたら、 ある方のコメントに、こんな言葉が書かれていた。 「戦略のない単発の複数企画は、地域に疲労感を残すだけ」 全国のまちづくりで名を馳せた、地域コーディネーターらが、 地元民では気付かなかった「観光資源」に光を当てて、 一時的に「有名」になる、ここまではいい。 しかしながら、それは各市町に雇われた「仕事人」であり、 隣接した市町のまちづくりまでは、関与しないから、 限られた新聞地域情報の紙面を奪い合うことになっている。 これまた、それ自体を否定しているわけではない。 ただ、もっと広い視野に立てば、どんな戦略に基づいて、 どこを競争相手としてイベントを開催しているのか、 それが見えないことが、ちょっと淋しい気がする。 相手は「東京ディズニーランド」であったり、 「ユニバーサルスタジオ」かもしれないのだから。 振り返れば「まちづくりに疲れたぁ」という人たちが増えた、 そんなことにならないようにしたいな。
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| 2016年11月14日(月) ■ |
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| 旦那にご飯食べさせなきゃならないから帰るよ |
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先週、町芸術祭(発表の部)に観客として訪れてくれていた おば樣方が口にした、お決まりの台詞が気になった。 プログラムが進み、お昼近くになると、そわそわ帰り支度をする 高齢者の女性たち。 「そろそろ帰らなくちゃ・・」と呟いたかと思うと、 「午後のプログラムは見ていかないの?」という友達の問いに、 「旦那にご飯食べさせなきゃならないから帰るよ」 「そうだ、私も食べさせなきゃ」と、続く会話が可笑しかった。 世の男性陣を代表して言わせてもらえば、今ではコンビニもあるし、 奥さんがいなくても、お昼の一食くらいなんとかすると思う。 いざとなったら、食べなくても死ぬわけじゃない。(笑) それなのに、帰る理由が「旦那にご飯を作ってやらなくちゃ」。 1人ならまだしも、何人かが同じ台詞を口にしたからメモをした。 そんなにご主人のことを愛しているのか、それとも心配なのか、 はたまた、顔が見たくなっちゃったのか、本意は判らない。 旦那さんは、お腹をすかして待っている赤ちゃんでもないし、 家でご飯を与えてくれる人を待ってる、犬や猫でもない。 そんなことは誰でも知っているのに、何も出来ない(汗)ご主人を その場から帰る理由にするって、女性たちでは暗黙の了解なのかな。 男女共同参画社会が進まないわけだなぁ。(汗)
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| 2016年11月13日(日) ■ |
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| そんなことはどうだっていい。死ねばゴミだ |
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映画「エヴェレスト 神々の山嶺(いただき)」(平山秀幸監督)から。 国民の祝日に「山の日」が制定されたからではないと思うが、 「エヴェレスト」に関する作品が続いた気がする。 その山に、イギリスの登山家ジョージ・マロリーが、 1942年6月8日に初登頂に成功したのか否か、の関心が高まる中、 山岳カメラマンの深町が、伝説のアルピニスト・羽生丈二に訊ねる。 「マロニーは、頂上を踏んだかなか?」 「生きてこなかった奴が、頂上を踏んだかどうか、 そんなことはどうだっていい。死ねばゴミだ」 この言葉は、冷酷のように感じるが、実は重くて温かい。 だからこそ、何としても生きて下山してこい、と諭す。 評価されるのは、最初に登頂した時ではない。 登頂し、さらに厳しい岸壁を無事に下山できた時、 世界の人々は、彼らを評価する。 いつまでも、誰が最初に登ったか、などに拘っているな、と 山に登る人たちに向けて発せられたメッセージのようだった。 最近、日本・世界の名山を登る人たちが増えている。 この考えは「エヴェレスト」に限らず、胸に刻んでおきたい。
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| 2016年11月12日(土) ■ |
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| 「近隣のイベントを満喫できる町」っていいな |
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11月は毎週のように、とこかでイベントが開催されている。 特に、わが町と隣接している沼津市や三島市のイベントは楽しい。 わが町の「公道周回自転車レース」(クリテリウム大会)を明日に控え、 なぜか、ぽっかり空いてしまった土曜日は、忙しかった。(汗) 早朝、前日の雨から想定して、今日の富士山は真っ白だろうな、と 長靴に履き替え、いつもの「柿田川撮影」からスタート。 さらに午前中は、狩野川沿いに歩き、沼津市のイベント 「よさこい東海道」に顔を出し、鳴子に合わせて踊る人たちから、 エネルギーをたっぷりいただいた。 せっかくここまで来たから・・と、千本浜まで足を伸ばし、 静岡県東部では「ポケモンGO!」の聖地?となりつつある場所で、 珍しいポケモンをゲットしてご満悦。 その後、沼津駅から三島駅まで電車で移動し、三島駅前の楽寿園へ。 浜松城を数多くの菊で飾った「菊まつり」や、見頃となった紅葉、 またまた珍しい「ポケモン」をゲットして、帰路についた。 万歩計は、久しぶりの20,000歩超え。(笑) 昔から言われる「沼津と三島に挟まれた、ベッドタウン」、 には変わりがないが、パンケーキのように平らな町に住み、 沼津や三島のイベントに、自分の街のイベントのように行ける。 (私の場合、全て歩いていける距離のイベント) これも、わが町の特性だなって思いながら、こうメモした。 「近隣のイベントを満喫できる町」っていいな。 あとは、その「近隣のイベント情報」をいかに町民に届けるかだね。
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| 2016年11月11日(金) ■ |
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| 私ももう、そろそろ、このへんで |
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親戚の伯母さんの「通夜・火葬・本葬」に足を運んだ。 他界する間際の様子が気になったが、家族から聞いた話では 「みなさん、お世話になりました」と前置きをして、 最後の言葉は「私はもう、そろそろこのへんで」だったらしい。 兄弟姉妹も配偶者も、とうの昔に死に別れたからか、 迎えにきていたのかな?という身内の台詞にも頷いてしまった。 94歳という年月を生き、大正生まれらしい気丈な生き方に、 尊敬もしていたし、最後の最後までお洒落だった女性である。 死の直前、仲良しだった猫が突然、行方をくらましたり、 彼女の異変を敏感に感じた動物たちの動きもあったようだ。 それにしても、やはりこの台詞に涙腺が緩んだ。 「私ももう、そろそろ、このへんで」 自分に与えられた「生」を、精一杯生き切ったという、 満足感が伝わってくる台詞である気がしてならない。 自分もこんな素敵な言葉が、死ぬ間際に自然と口から出るような そんな生き方をしたいと思う。 「死に様」とか「辞世の句」って、やっばり大事だな。
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| 2016年11月10日(木) ■ |
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| 私は今でも、世界を変えたいと思っているのですよ |
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映画「杉原千畝 スギハラチウネ」(チェリン・グラック監督)から。 鑑賞後、走り書きで書いたメモを眺めてみると、 やはり「世界を変えたいと思う」がキーワードとなって浮かぶ。 「世界を知れば、日本をもっとよく国に、素晴らしい国に」という、 熱い想いで、障子越しに寝ている(はずの)友人に向かって、 「なぁ、お前は世界を変えたいと思ったことがあるか? 俺は常に思っている」と言い切るシーン。 また、初めて自分の名前を正しく読んでもらった女性と結婚し、 その彼女が訊ねる。「ねぇ、千畝(チウネ)さん、 あなたは今でも世界を変えたいと思っていますか?」の問いかけに、 間髪入れずに「常に思ってる」と答えるシーン。 そして昭和40年、当時スギハラに助けられた人の1人が、 その時のお礼を言いたくて28年間も探し続け、モスクワで再会。 「居場所を見つけたのですね」と喜ぶと「いいえ」と呟き、 「私は今でも、世界を変えたいと思っているのですよ」と語り、 静かにフェードアウトしていくシーン。 幾つになっても、どんな場面でも、日本のために 「世界を変えたい」と考え、その信念を曲げなかった彼だからこそ、 今でも、世界で語り継がれているに違いない。 彼の残した戦時中の業績よりも、その信念に拍手を送りたい。
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