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| 2016年06月02日(木) ■ |
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| あなたが名を売るのはいい。だが、他人を犠牲にするのはよせ |
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映画「ロスト・ワールド ジュラシック・パーク」 (スティーブン・スピルバーグ監督)から。 鑑賞後のメモから推察すると、あまりに台詞が少なく、 恐竜に追われ逃げ惑う、単なるパニック映画と変わらなかった。 前作が偉大すぎたからか、あまり感じるものがなく観終わった。 強いて上げるとすれば、映画冒頭の会話。 「二度と同じ過ちは起こさんよ」「これは新しい過ちだ」 前作で生命力の強さをこれでもか、と思い知らされたにもかかわらず、 またまた、欲に目がくらんで「同じ過ち」を繰り返すことになる。 本当に懲りない人たちだなぁ・・とつくづく呆れてしまった。 そう言えば、こんな台詞がメモに残っていた。 「あなたが名を売るのはいい。だが、他人を犠牲にするのはよせ」 私が「ジュラシック・パーク」のシリーズで感じたことを一言で言えば、 このワンフレーズで表現されてしまう。 個人が責任を取れる範囲の研究・開発ならいいが、 人間はなぜか、発見したことを試してみたくなる性格をもっている。 そして、その成果を世に認めて欲しくなるに違いない。 その過程で、多くの人たちが犠牲となっている事件を、 現実の生活でも実感するからこそ、このフレーズを残そうと思う。 映像は、CGを駆使してリアルになったにもかかわらず、 恐怖心はあまり感じなかったのは、主人公は殺されない・・という 単純な発想であった気がする。 銃で撃たれて死ぬのと、恐竜に喰われて死ぬのでは、違うのだから。
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| 2016年06月01日(水) ■ |
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| 「戀」とは、いとし、いとしと言う心 |
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先月、地元の本屋さんで開催された「朗読会」。 俳優の篠田三郎さんが、三島市在住の脚本家、 故・宮内婦貴子さんの作品を朗読してくれた話を取り上げた。 その冒頭、彼女を紹介するプロモーションビデオの中で、 彼女が書き続けた作品のテーマが4つだと知った。 「命」「戦争」「戀(恋)」「絆」 特に「戀」の説明では、見慣れない難しい漢字が登場し、 それが「恋」という漢字だと理解するのに、時間がかかった。 敢えて「戀」という古い漢字を使った理由が洒落ていた。 「戀」を分解すると「糸」という字で「言」を挟み下に「心」。 だから「いとし、いとしと言う心」が「戀」です、と。 これには、なるほど・・と頷くしかなかった。 現代の恋愛観と比較するわけではないが、 メールや携帯電話がなかった時代、手紙がその役割を果たした。 だから返事を待つ間、相手のことを考え、愛しいと感じる。 そんな想いが、この「戀」という字には込められているようだ。 今では「(好きな相手を愛しいと感じる、そんな想いを)、 心の中に溜め込むことがなくなった」と呟いたコメントが とても印象に残った。 現代人は、毎日の生活が忙しいのか、すぐに結果を求めたがり、 告白もメールでする、という話も耳にした。 出来ることなら、今からでも 「愛しい(いとしい)」「慕う」そんな感情を取り戻したいな。
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| 2016年05月31日(火) ■ |
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| 「renovation」と「Re-innovation」 |
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TAKE FREEの冊子「ヌマヅのリノベ」にこう書かれている。 「今、巷で良く耳にする『リノベーション』。 『Re-innovation』とは、今あるものを活かし、 別の発想で新しい使い方をすること。」 私の場合、気になって調べてみたのは、英単語。 ネットでは、ほとんどが「renovation」でヒットするが、 あえて「Re-innovation」とした意味が伝わらなければ、 私の疑問は、ますます深まるばかり、ということになる。 「innovation」とは新たな価値やアイデアを創造・発明すること。 「renovation」とは新たな価値やアイデアを創造鷆し直す鷆ということ。 ここらに、解決のヒントが隠されているのかもしれないが、 どうも腑に落ちない。 「re-」を付けると「再度・ふただび」の意、しか覚えていないから。 流行言葉のように「リノベーション」という単語が広まり、 「建築物の改造(用途変更)」というくらいの知識しかなかったのに、 まちづくりの分野まで「リノベーション」が使われだしたから、 共通認識が欲しくなったのかもしれない。 ただし英単語だけは、外国人が読んだ時に不自然と感じないものを綴る、 そうしないと、単なる「誤記」ということになるから。 英語に詳しい方々、誰か説明してくれませんか?
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| 2016年05月30日(月) ■ |
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| 変わらない世界を嘆くかわりに、彼女は走った。 |
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映画「図書館戦争 THE LAST MISSION」(佐藤信介監督)から。 場面設定を説明せずに、この作品の面白さを伝えるのは難しい。 だから映画の場合、監督や脚本家の伝えたかったことを、 台詞や掛け軸、写真などに見つけようとしてしまう癖がついた。 今回は、自分の所属する団体、自分の勤める会社、 いや、自分の住む街に置き換えてもいい。 不平不満を言う人は、何に対しても批判的だけれど、 ではあなたは何か行動しているのか?と言えば、皆無。 批判することが楽しいのであって、自分では何も動かない。 そんな風潮を意識してか、節々に気になるシーンがある。 「どうにもお先真っ暗だな」「だから、私たちがいるんじゃん」 「ワインはね、提供する温度やグラスの形状によって、 味がまったく変わってしまう。どんな上等なワインも、 環境が悪ければ実力を発揮することができない」 「堂上さんですよね、とても強いと聞いています。 見てみたいなぁ、あなたが倒れるところ」 「見てるだけか・・直接こい」 「私たちの存在は無意味なんでしょうか? 戦っても、意味がないんでしょうか?」 「俺たちが必要かどうか決めるのは、俺たちじゃない」 そして物語のラストに出てくる写真のキャプション。 「変わらない世界を嘆くかわりに、彼女は走った。 その想いが届くことを信じて」 これかな、今回の「気になる一言」は。
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| 2016年05月29日(日) ■ |
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| 技術の進歩は、人間社会が同様に進歩しなければ・・ |
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「オバマ米大統領、広島での所感(全文)」から。 この所感に対して、なにか記録に残しておこうかな、と 何度か読み直して、印象に残ったフレーズを書き出した。 その中で選んだのは、 「技術の進歩は、人間社会が同様に進歩しなければ、 われわれを破滅に追い込む可能性がある。 原子の分裂につながる科学の革命は、 道徳的な革命も求めている」という一段だった。 もちろん、広島だから原爆に対することなのだろうが、 私は「原子力発電」にも同じことが言えるなぁ、と感じた。 ここ数年で、スマホ、自動運転の車、ロボットなど、 技術の進歩により、私たちの生活はどんどん便利になるけれど、 それを使いこなす、私たち人間も進歩しなければ、 使っているつもりが使われている、ということになりかねない。 少なくとも、人間が確実にコントロールできなければ、 技術の進歩の暴走を止めることが出来なくなるということだ。 長く熱いメッセージの中に、1つでもいいから心に残ったことを メモしておきたい。 何年後かに、その言葉の意味が分かるときがくるだろうから。
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| 2016年05月28日(土) ■ |
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| 「親友」と「知人」は、親密度が違う「友達」 |
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最近、Facebookから少し距離を置いている。(汗) 私の場合「友達承認」はけっこうこだわっていて、 顔と名前が一致しないと「承認」しないし、 毎年「誕生日」などを機に「友達」の整理(断捨離)をする。 1人ずつ、顔を浮かべ、思い浮かばなくなったら、 申し訳ないが「友達」を外すことも・・。 そうしないと、大切な友達の行動がわからなくなるし、 街で偶然すれ違った時に、挨拶も出来ない関係が 「友達」とは言えないし・・などと考えるからだ。 (10年以上メール交換している、顔も知らないメル友もいるが) いや、そんな彼ら、彼女らの存在は、私の感覚から言うと、 「友達」ではなく「知人」なんだよなぁ、とも思う。 SNSも「いいね」を何種類も分けるくらいなら、 「友達」を「親友」「友人」「知人」「仕事」「趣味」など、 普段からの「お付き合いの度合い」で振り分けるほうが、 相手がどんな感覚で、自分と「お友達関係」を保っているのか、 わかって面白い気がするのになぁ。 「とりあえず」なんてのがあったら、もっといい。(笑) 生まれてから何十年もつき合っている「親友」と、 先日知り合った「知人」を一括りにするのは難しい。 人間関係を大切にするSNSだからこそ、改善を期待したい。 現状は「親友」と「知人」は、親密度が違う「友達」と理解して、 つき合っていくしかないのかな。
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| 2016年05月27日(金) ■ |
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| 湧き水コーヒー飲みたいね。 |
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柿田川公園横のドライブイン「湧水の道」(旧・泉の館)に、 「『湧水コーヒー』」の看板が掲げられている。 しかし、観光客はその看板を眺め、当然のように 「湧き水コーヒーのみたいね」と、友達を誘っている。 その横で、お気に入りの「豆腐アイス」を食べながら、 のんびりしていた私は、その会話でメモ魔の本性が動いた。 「ゆうすい」と読まずに「わきみず」と読むのか?と。 しばらく観察していると、同じように読んだ人が多くて、 ちょっと驚いた。 もちろん、読めないのではなく、読み替えたことは分かる。 だからこそ、面白いなあ、とメモをした。 日本人にとっては「湧水」(ゆうすい)という言葉よりも、 「湧き水」(わきみず)の方が、親近感があるのだろうか。 湧いているイメージは「わきみず」の方がわかりやすいし、 音としても「柔らかい」気がするからだろうか。 最初の一言が「ゆ」より「わ」の方が発音し易いのかも・・。 しかし・・わが町のイメージキャラクターは、 「ゆうすいくん」だからなぁ・・う〜ん。(汗)
P.S. 少なくとも中国人は「ゆうすい」って読むに違いない。(笑)
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| 2016年05月26日(木) ■ |
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| 座りだこ、芸者のシンボルよ |
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映画「新・雪国」(後藤幸一監督)から。 名作「雪国」の映画化作品と勘違いして、観てしまった。(汗) あまりメモに残るようにな台詞はなかったが、作品解説に書かれた 「さりげなく芸者文化の一端を観ることができるのも興味深い」を もう少し解説したい。 芸者としての心構えが足りず、未熟な主人公でも、 足を崩して座るより、正座した方が楽なの、と言うくらい 長時間、正座することは、基本中の基本なのだろう。 足袋を脱ぎながら「座りだこ、芸者のシンボルよ」と見せるシーン、 へぇ〜と感心させられて、メモをした。 「芸者が(途中で)踊りを止められる、こんな恥ずかしいことはない」 と叱られたり「銚子は振るもんじゃない」と先輩から教わったらしい。 また作品中、中年男性の芸者遊びらしきシーンがあるが、 ちょっと下品すぎて、男の私でも鑑賞には価しない。 そんなお客にも、笑顔を見せて対応しなければならない芸者、 現代の「コンパニオン」では、考えられない厳しい世界があった。 (いくら、お客の方が悪くても)一度でもトラブルを起こしたら、 二度とその旅館のお座敷に出入りできない世界なんだ、とメモをした。 作品的には、何を伝えたいのか、よく分からなかったなぁ。(汗)
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| 2016年05月25日(水) ■ |
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| 妹はヘルス出身なんだよ |
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最近、歳を重ねたせいか思い込みが激しいのか、 耳が遠くなったのか、聞き間違うことが多くなった。 ある友人と話をしていて、仕事の話、家族の話、 趣味の話など、多岐に及んでとても楽しかったのだが、 兄弟姉妹の話になった時のこと。 彼が「妹はヘルス出身なんだよ」とボソッと呟いた。 えっ、そんなこと打ち明けてくれなくてもいいのに、 と内心思ったが、真面目な顔をして、 学歴の高い妹と比べられて嫌だったな、と言うので、 ドキドキしながら「妹、ヘルス嬢なんでしょ?」と 訊き返したら、大笑いされた。(汗) 「しもさん、耳遠くなった?」と言いながら、 「妹は、フェリスなんだ」と丁寧に言い返してくれた。 (正式には「フェリス女学院大学」のことだと思う) 「そうか、そうだよね・・」と自分で納得しながら、 面白すぎて、頭から離れなくなってしまった。 「このネタ、どこかで使わせていただきます」と言って、 今回、「気になる一言」に突然、登場したけれど、 このネタを知ったあなた、どこかで使って下さいね。(笑)
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| 2016年05月24日(火) ■ |
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| 「喜怒哀楽」が表現できる「ゆるキャラ」 |
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最近、わが町のゆるキャラ「ゆうすいくん」から 目が離せなくなってきた。 イメージキャラクターの生みの親は絵本作家「宮西達也さん」、 これは何度も紹介してきた。 そのデザインをもとにゆるキャラ「ゆうすいくん」の 着ぐるみが作られ、先日、3歳の誕生日を迎えた。 ゆるキャラの活用方法は、わが課のスタッフとともに、 試行錯誤しながら、何度となく意見をぶつけ合ってきたが、 ようやく、その答えが見つかりそうな感じがする。 出演依頼のあるイベントを待っているだけでなく、 定期的に外に出たい、という若い職員の意見を取り入れ、 柿田川公園のみならず、町内のいろいろな場所に飛び出していった。 「平成のガチャピン」を目指そう、という私の冗談まじりの意見も、 受け入れてくれ、驚くようなことにチャレンジしてくる。 ボールを蹴ったり、山に登ったり、自転車に乗ったり、 うそぉ〜、そんなことも出来るの?、人間みたい・・と、 facebookでは人気者になりつつある3歳の彼は、 何でも挑戦したがる、3歳の子どもみたいだ。 先日は、太鼓橋のアスレチックに挑戦し降りれなくなったり、 川を渡ろうとして落ちてみたり、後で知ってハラハラドキドキする。 さらに着ぐるみのはずなのに、身振り手振りによって、 「悲しそうな様子」「落ち込んでいる様子」なども表現できる。 「『喜怒哀楽』が表現できる『ゆるキャラ』」は、全国でも稀だろう。 「孫自慢をするおじいちゃんの感覚」なのかもしれないが、 本当に、可愛くて仕方がない。もう「ゆるキャラ」を卒業だな。
P.S. 今年最後のエントリーと決めた「ゆるキャラグランプリ」。 順位なんて気にしないけど、成長した「ゆうすいくん」に一票を。
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