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| 2016年01月24日(日) ■ |
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| この大会をしっかり走れたことで、次に繋げられる |
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第21回全国都道府県対抗男子駅伝大会に「静岡県代表」として、 わが町出身の佐藤悠基選手(日清食品グループ)が、出場した。 昨年は、直前のインフルエンザで欠場したため、今回は本人から 「静岡代表として出させてください」と、志願してくれたようだ。 今まで、出身高校が長野県「佐久長聖」だったので、 どうしても「長野県代表」として参加することが多かったが、 今回は、ふるさと(清水町出身)選手として「静岡県に恩返したい」、 そんなメッセージが、本当に嬉しかった。 町立清水南中3年以来14大会ぶりに静岡県代表で走った佐藤選手は、 淡々と走りながらも、7位から4位に順位を上げる区間2位の走りで、 テレビの前で応援する私たちの期待に応えてくれたし、 レース後の「今の気持ちは?(走った感想は?)」の質問に、 「この大会をしっかり走れたことで、次に繋げられる」と語った。 4月の「ロンドンマラソン」、そして「リオ五輪」へと続く中、 1つひとつの走る機会を大切にしている彼らしいコメントだった。 最近、仕事でも良く耳にするのは「持続可能な取り組みかどうか」、 単なる話題づくりの、1回限りの打ち上げ花火ではなく、 常に次を意識して、組織、人材育成がなされているかどうか、 本当に次も任せられるかどうか、そんなことが注目されている。 そのためには、目の前に与えられたことにしっかり対応すること、 そんなことを、彼から教えてもらった気がする。 やはり「佐藤悠基さん」は、わが町の「誇り」だな。 もしかしたら・・いやたぶん「柿田川」より有名に違いない。(汗)
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| 2016年01月23日(土) ■ |
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| 怒ってんじゃないよ、悲しいんだ |
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メモを整理していたら、捨て切れずに残っていた 正月に観た「芸能人格付けランキング」という番組だったかな。 今まで、一度も外したことがないGACKTさんが、 チームメンバー(本人ではなく)が間違い、連続正解が途切れた時、 テレビ受けするようにか、がっかりした表情を浮かべた。 MCは、面白おかしく「GACKTさん、怒ってますよ」と言い、 外れたメンバーも、彼の様子を覗ったリアクションをした。 その時、彼がさらっと言い返した台詞が 「怒ってんじゃないよ、悲しいんだ」。 メモしたままになっていたが、後になって読み返すと、 子育てでも、夫婦間でも、もちろん学校の授業でも使える 名セリフだな、と思った。 今まで「怒るのではなく、叱りましょう」と言い続けてきた。 その時々の感情に任せて「怒る」のではなく、 まず相手のことを考えて「叱る」視点で・・と。 しかし、この「悲しむ」という表現は、その上をいっている。 「この人を悲しませてはいけない」と思う気持ちが、 その人を成長させるのだな、と感じたから。 さすが「一流芸能人」のGACKTさん、話す言葉も一流だな。
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| 2016年01月22日(金) ■ |
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| 「紅炉一点雪」(こうろいってんのゆき) |
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映画「終戦のエンペラー」(ピーター・ウェーバー監督)から。 つい気になってしまう、作品の中に出てくる「掛け軸」の言葉。 1つは、近衛文麿邸でみつけた「天地人」。 戦に勝つことや物事を成功させるには、3つの条件(天・地・人) が必要だと言われ、その意味は、 「天の恵みの絶好のタイミングは地の利には及ばない。 その地の利でさえ、人々の団結力には及ばない」。 なるほど・・出来ることなら戦争を回避しようとした近衛文麿氏は そんな気持ちで戦争を考えていたのか、と映画を振り返った。 しかし、今回はもう一つ、作品の中で発見した。 西田敏行さん演じる「鹿島」宅でのワンシーン。 (ほんの瞬間なので、あっているのかちょっと不安ですが・・) 「紅炉一点雪」(こうろいってんのゆき)(正確には「紅炉上一点雪) この禅語の意味は「真っ赤に燃えている炉に、 一片の雪が舞い落ちて瞬時になくなるように、跡形を残さないこと。 人間のはかない命や寿命、また煩悩や妄想が一瞬のうちに消え去る」。 こんな意味の禅語である「掛け軸」を、どうして飾ってあったのか、 それが、この作品を理解するうえで、とっても大切な気がしている。 戦争の勝利に、執着心をもっている、当時の日本国に対して その雪のように、すべては無常であると教えているのだろうか。
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| 2016年01月21日(木) ■ |
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| 恒例とは「意識的に」「同じ間隔で」「3回以上」 |
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私の日記には「恒例」という単語が溢れているらしい。(汗) 「しもさんの『気になる一言』には、頻繁に「恒例」という 単語が出てきますが、どんな時に使いますか?」という 素朴な疑問がメールで届いた。 辞書によると「いつもきまって行われること、 しきたりの儀式または行事。定例」とある。 英語では「an established custom」。 私が「持続力の秘訣」について話をするとき、 「ライフスタイル(生活習慣)にしてしまう」 「恒例にしてしまう」というアドバイスをするが、 それでも「恒例」の定義が、人それぞれなんだと思う。 私の場合、そんなに難しく考えないで 「意識的に」「同じ間隔で」「3回以上」実施すれば、 それは「恒例(行事)」と定義している。 気になる「同じ間隔」の間隔については 「毎日」「毎週」「毎月」「毎年」「5年ごと」「10年ごと」 ・・言い換えれば、何でも構わない。 「20年ごと海外旅行している」でも、本人が意識していれば、 その人にとっては「恒例行事」だと私は考えている。 だから私の手帳は、もう既に「恒例行事」で溢れている。(笑) 新しい手帳が、自分で決めた「恒例行事」で埋まっていると、 なんだか嬉しくなるのは私だけかな?
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| 2016年01月20日(水) ■ |
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| あまりものは、あまりもの |
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「ヒロシです・・」で一躍有名になったヒロシさんの 日めくり「ネガティブカレンダー」が、売れているらしい。 自他ともに認める、松岡修造さんや、 お笑いコンビNON STYLEの井上裕介さんのように 前向きの明るい言葉で、自ら元気を出そうとする考えの、 「ポジティブ・シンキング派」と いつでも、そんな「ポジティブ」で生きていたら疲れちゃう、 前向きじゃなくても生きていける・・と考えて、 一生懸命生きれば「ポジティブ」でなくてもいいじゃん・・ そんな「ネガティブ・シンキング派」が輝いていることも、 私は知っている。(つもり) その「ネガティブ思考」満載の「ヒロシ」さんが呟く、 日めくりカレンダーは、意外と私の心に響いて可笑しかった。 その中で私がメモしたのは、彼もお気に入りだという 「あまりものは、あまりもの」。 ポジティブで考えれば「残りものには福がある」だけど、 ネガティブでは、こう表現される。(笑) ズルい言い方かもしれないけれど、私はどちらでもない。 人間だから、当然両方の思考は持ち合わせているだろし、 どちらに偏った思考よりも、それをうまく使い分けて、 バランスよく生きる、がいいな。 「ポジディブ」なのも、私。「ネガティブ」なのも、私。 人生の醍醐味「喜怒哀楽」ってそんな言葉だと理解している。
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| 2016年01月19日(火) ■ |
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| 「シムキンの靴直し店」「ジミーの理髪店」 |
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映画「靴職人と魔法のミシン」 (トーマス・マッカーシー監督)から。 原題は「The Cobbler」(靴直し店) 「shoemaker」「shoe repaire」でないところが面白い。 さて、私が気になったのは靴屋だけでなく「お店の名前」。 小さな町のストリートだからか、その理由はわからないが、 店舗の上に掲げられているお店の看板に、 「○○の○○店」と、経営者の名前が入っている点だ。 最近の日本のまちかど風景で感じることは、 店名だけの看板では、なんのお店かわからない。 だからこそ、今回場面設定されていた 「NY市ロウアー・イーストサイド 1903年」は、 「シムキンの靴直し店」「ジミーの理髪店」は新鮮だった。 お店の名前やメニュー、金額で客を引き付けるのではなく、 個人の名前で、常連客がつく経営こそ商売なのかもしれない。 こういった作品の場合、職人の主人公は正直者で不器用、と 相場が決まっているのも定番で面白い。 そう言えば、原題の「The Cobbler」って 「不器用(不注意な)職人」という意味もあるんだよなぁ。
P.S. もう一度見直すと、理髪店ジミーの台詞が胸にしみる。
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| 2016年01月18日(月) ■ |
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| SNSは「友達の共感」で成り立っているシステム |
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先日、「女性との対話は『あ・い・う・え・お』」という日記を書いた。 同じ頃、Facebookの「いいね」が、いくつかのパターンが増えた。 妙に、内容がシンクロして、可笑しかったが、根源は同じことだろう。 わざわざネットに投稿して、誰も共感してくれなかったら・・という 恐怖感から、投稿はせず読むだけ・・という人は多いし、 自分の投稿に、1人でも「いいね」を押して欲しいから、 他の人の投稿に「いいね」を押す、という人もいるらしい、 とにかく「読んだよ」という印に「いいね」を押す、という人もいた。 「愛」の反対語が「無視」であるように、 私たち人間は「無視」されることに慣れていないから、 誰かに共感されたい、と心のどこかに感じながら、投稿をする。 Facebookの「いいね」は、「いいね!」「超いいね!」の他、 「うけるね」「すごいね」「悲しいね」「ひどいね」が増えたけれど、 すべて「共感」を前提とした「いいね」のような気がする。 「私はそうは思わないよ」とか「あなたとは考え方が違うな」なんて、 ボタンが合っても、誰も押さないからかなぁ。(汗) まぁ、自分と意見が違ったら、何もリアクションしない方がいい。 とにかく、SNSは「友達の共感」で成り立っているシステムだから・・。 Facebookの新しいリアクション、日本人らしく「あいうえお」 「あ〜」「いいね」「うんうん」「え〜」「お〜」だったらよかったな。
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| 2016年01月17日(日) ■ |
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| 「お前ら、近道しただろ?(笑)」「「はい、もちろんです」 |
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天気に恵まれた、1月恒例の「町親子マラソン大会&駅伝大会」。 昨年末から、わが町の陸上部門は、県市町駅伝3位入賞から、 地元中学校の全国駅伝大会4位入賞、と話題には事欠かないが、 やはり、一番身近な大会は、今日の「町駅伝大会」である。 私も、昨年は走らせていただいて、独特の緊張感を経験したし、 今年も・・と張り切っていたが、年末年始の練習中に、 軽い肉離れや、足が何度もつったりして、戦意喪失、 補欠はおろか、補助員で参加させてもらうことになった。(汗) 私のそんな体調とは無関係に、我が職場の精鋭は本当に頑張り、 なんと、一般の部、悲願の初優勝に輝いた。 参加しなければしないで「なんだ、役場は出ないのか」と言われ、 優勝すればしたで「お前ら近道しただろ?(笑)」とからかわれる。 まったく、言いたい事を言ったてくれる・・と思いながらも、 実は、そんな会話で私をいじってくれることが、とても嬉しい。 親しみのある皮肉は、私たち職場にとってはありがたい。 「お前ら、近道しただろ?(笑)」と言われれば、 「はい、もちろんです。町内の道は熟知していますから」とかわし、 「職員が通過した後『通行止め』にしておきました」と言い返す。 「役場は暇だからな」と言われる前に「役場は暇じゃないですよ、 彼らは、ちゃんと仕事もしてます」と先手を打てる。(笑) とにかく、町主催の事業に、その結果には関係なく、 「賑やかし」として参加することが、何よりも意義かある。 小さい町だからこそ、町民に顔を覚えてもらい、沿道で声援を受け、 最後には「役場、頑張ったな、おめでとう」と言われること、 それが、私の理想だった、町民とのコミュニケーション。 自分が走れなかったことは残念だけど(タイム的に無理だけど) 優勝できたことが、こんなに嬉しいなんて・・。 みんなでタスキを繋いでいく「駅伝」って、やっぱり楽しいな。
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| 2016年01月16日(土) ■ |
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| 女性との対話は「あ・い・う・え・お」 |
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雑誌「ミセス」(2016.2月号)から。妻から勧められた特集記事、 「たびたび起こる男女間での『なぜ?』男女の脳に違いがありました。」 井ノ原快彦さん(V6)×黒川伊保子さん(感性アナリスト)の対談は、 ほんの数ページの記事なのに、私のメモは溢れた。 以前「幸せの『は・ひ・ふ・へ・ほ』」と題し、日記を書いた。 これを口にすると、周りに対する不平不満もなくなる、魔法の頭文字。 (は)半分でいい。(ひ)人並みでいい。(ふ)普通でいい。 (へ)平凡でいい。(ほ)程々でいい。これは今でも大切にしている。 今回は、女性との対話は「あ・い・う・え・お」。 黒川さんは、こう説明している。 「女性との対話の法則は『共感』は欠かせません。 女性は共感ではじまって、共感で終わる形をとらないと対話とは思いません」 だから、男性(男脳)の私たちが心掛けたいのは、 「あ〜」「いいね」「うんうん」「え〜」「お〜」という 「共感のあいうえお」。 結論を出して欲しいのでもなく、問題を解決して欲しいのではなく、 単に、話に共感して欲しい、という女性(女脳)の特徴があることを、 申し訳ない、今まで理解できなかった。(汗) だから「たびたび起こる男女間での『なぜ?』」が発生していたのか・・。 この記事は、是非「夫婦」(男女)で一緒に読んで欲しい。 一緒に読まないと、余計に不満がたまるかもしれないから・・(笑)
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| 2016年01月15日(金) ■ |
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| ゴシュジンサマ・ゴハンガデキマシタ |
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映画「ロボジー」(矢口史靖監督)から。 久しぶりに声を出して笑ってしまった作品である。 作品冒頭、ロボットの中に入ってもらう人を探すために、 「着ぐるみショー」と偽り、オーディションを開催。 1日3万円の日当目当てなのか、多くの人が集まり、 次々と審査されていくのだが、共通のチェック項目は 「ロボットらしい動きをしてみてください」。 パントマイムよろしく、若い人たちの感性が表現された。 その中で「一人暮らしの頑固老人・鈴木」がみせた演技は ただチョコチョコ歩き「御主人様、ご飯が出来ました」 (ゴシュジンサマ・ゴハンガデキマシタ)と 直角に固まった2本の腕と手のひらに食事を載せて、 ぎこちなく運ぶ動きだった。(笑) そうそう、私がオーディションを受けたら、たぶん、 同じような動きをしたんだろうな、と可笑しくなった。 私たち世代がイメージするロボット(鉄人28号等)と、 若い世代がイメージするロボットとの違いは、 大きな開きがあることを実感した。 誰もが「人間が入っているのでは?」と疑っているのに 「このロボット(ニュー潮風)、俺が入っているんだ」と 素直に告白しても誰も信じてくれない。 社会における高齢者の扱いって、こんなものなのかな、 そんな視点で観たら、ちょっぴり寂しくなった。 他には「勇猛精進」と書かれた掛け軸が気になったり、 お酒の自動販売機「サカリカップ」もメモしたが、 倒れて動かなくなった時「故障ですか?」の問いに 「大丈夫です、腰です、腰」と、ロボットが腰を押さえる場面、 何気ないカットなのだろうが、 私は笑いのツボにハマってしまった。
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