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| 2015年12月25日(金) ■ |
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| 少なくともFIXで12秒は動かさない |
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映画「千年の一滴 だし しょうゆ」の柴田監督は 監督と呼ばれるのは嫌というので、敢えて柴田さんと呼ぶが、 その柴田さんに柿田川を案内しながら、つい撮影の話になり、 柿田川の今を伝えたくて、ほぼ毎日、スマホで撮影して、 Facebookに投稿している作品を、図々しく観ていただいた。(汗) 動画の画面が手ブレで揺れていることを指摘されたり、 その対策として、出来るだけ三脚の使用を勧められた。 また、いろいろな景色見せたくて、画面を左右に動かしたり、 ズームなどの駆使して、勝手に自分なりの見せ方を考えるが、 それは、見る人に対して、見方を強要していることになってしまう、 自分なら、ずっと固定(FIX)の画像を取り続けるなぁ、と言い、 そして「少なくともFIXで12秒は動かさない」と、 具体な数字を教えてくれるなど、とても参考になるヒントをいただいた。 とにかく、見る人のことを考えると、アーカイブの役割も含め、 固定した画像の撮影が基本中の基本だよ、と教えられた気がする。 実は、このアドバイス、その後の撮影に大きなヒントとなり、 投稿を楽しみにしてくれている人たちからも、 同じ画面をずっと見ているだけで癒されます・・などの感想を いただくことになり、目から鱗・・の気付きと言えそうだ。 独りよがりの構成よりも、固定された映像を編集で丁寧に繋いでいく、 その方が、よっぽど質の高い作品になるということだろう。 言い換えれば「撮りながら勝手に編集しない」ということに違いない。 これからも、ライフワークとして、柿田川を撮り続けるつもりなので、 出来るだけ、このルールを守っていきたいと思う。 きっと・・あの時のアドバイスが、と思い出す時がくるんだろうなぁ。
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| 2015年12月24日(木) ■ |
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| 人間の感情は芸術品と同じ・・偽造できる。 |
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映画「鑑定人と顔のない依頼人」 (ジュゼッペ・トルナトーレ監督)から。 ちょっと洒落た邦題と、予告編につられて鑑賞したが、 後味の悪い終わり方に、やや期待が裏切られた気がする。 原題は「La migliore offerta」(イタリア語)で「最高付け値」、 それなら、ラストシーンのドンデン返しも、 この人間関係こそが「最高付け値」だったなぁ、と笑えたのに。 鑑定士が主人公なので、何度か耳にすることとなった 「いかなる贋作の中にも、必ず本物が潜む」を選ぼうと思ったが、 なかなか、そのフレーズだけで本作を思い出すまでに至らない。 だから「人間の感情は芸術品と同じ・・偽造できる」とした。 この後「まるで本物に見える。だが、偽りだ」と続く。 「偽り?」と聞き返す人に対して「何事も偽造できるのだ」と言い、 「喜び、悲しみ、憎しみ、病気、回復、愛さえも」と言い切る。 それが見分けられるかどうか、鑑定士の腕の見せ所となるのだが、 人間の心は、芸術品よりも難しく、簡単に鑑定できない。 そして、その鑑定ミスは「最高付け値」に繋がっていく。 やはり、邦題より原題の方がよかったなぁ。
P.S. 「歯車は人間みたいなもの。 長年組み合わさっていると相手の形状に似てくる」 この台詞は、とても深い意味がありそうだったなぁ。
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| 2015年12月23日(水) ■ |
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| あっ、バスクリンの匂い・・じゃなかった(汗) |
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昨日は、冬至。 南瓜(かぼちゃ)を「ん」がつくもの(人参、大根、蓮根など)と 一緒に食べると健康にいいらしい、なんて話題で、夕食をとった。 そのあといつもの日記を書いて、お風呂は、もちろん柚子湯、 肩まで湯舟にタッブリ浸かったら、柚子の匂いが私を包み込んだ。 しかし、何を勘違いしたのか、本物の柚子を片手に、私の口からは、 「あっ、バスクリンの匂い」のフレーズが飛び出し、 後から自分で「・・じゃなかった(汗)」と言い直した。(笑) バスクリンが、柚子の香りを真似ているにもかかわらず、 いつもの入浴剤の方が、主役になってしまったのが可笑しかった。 以前、歩いていて、山梔子(くちなし)の香りがしたにも関わらず、 「あっ、トイレの匂いだ」といい間違えたことを思い出した。 人間の記憶は、香りが一番、インパクトがある気がしている。 年に何度か、早い時間に帰宅して、夕食前の一番風呂に入るとき、 バスクリンを入れた瞬間に、鼻まで広がる香りに、 自分が小さい時、父親と一緒にお風呂に入ったシーンが甦る。 春分、夏至、秋分、冬至、と続く季節の節目だからこそ、 昔のしきたりなどを教えていただきながら、 日本ならではの「四季」を味わいたいな、と最近思う。 昼が一番短く、夜が最も長い「冬至」を過ぎたということは、 これから、少しずつであるが、昼夜の時間差が縮まってくる。 Appleウォッチの「日の出・日の入りの時間」で確かめながら、 (明日の日の出は、6時48分。あと〜時間だから、6時には起床、と 一日の行動計画を立てたくなってしまうな、私の場合。
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| 2015年12月22日(火) ■ |
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| あの、その、すその |
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メモを整理していたら、頭から離れなくなってしまった 先月「ゆるキャラグランプリ2015」の浜松会場で見つけた 近隣市、静岡県裾野市のキャッチコピーである。 ご当地のゆるキャラは「すそのん」だけど、 その隣に立っていた看板には「あの、その、すその」。 この何とも言えないリズムと、平仮名だけのインパクトが、 私の脳裏に焼き付いた。 もちろん、単なる言葉遊びかもしれないが、 街を知ってもらう、という事だけに特化すれば、 ちょっとユーモアがあり、クスッとしてしまう言葉。 以前、気に入った富山県のPRフレーズ「宇宙戦艦トヤマ」に 匹敵するフレーズだと思うくらい、私にはウケた。 一世を風靡した「そうだ 京都、行こう」もいいが、 全国の「ゆるキャラブーム」と相まって、 ちょっとゆるいキャッチコピーも悪くない気がする。 わが町だったら、どんなゆるいフレーズができるのだろう。 ただ、わが町って、けっこう真面目で堅いから、 こんなキャッチコピーできても、認めてもらえないかもな。 あっ、私の言う台詞じゃないか・・(汗)
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| 2015年12月21日(月) ■ |
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| 素晴らしくて敵わないときには「素敵」と言いましょう。 |
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映画「駆込み女と駆出し男」(原田眞人監督)から。 (原作・井上ひさし「東慶寺花だより」) 今でも「縁切寺」で名高い「鎌倉・東慶寺」。 このお寺を知ったのは、さだまさしさんの名曲「縁切寺」。 当時は、そんな寺があったんだ、というくらいの認識。 「源氏山から北鎌倉へ・・」とよく歌ったものだ。(汗) さて、今回の気になる一言は、物語とはちょっと関係ないが、 主人公、信次郎が口にした「素敵」の定義。 「素晴らしくて敵わないときには『素敵』と言いましょう」。 「素敵」って単語は、イメージとして、ちょっとオシャレで、 男が使うには照れくさい感じがしていたのも事実。 もちろん、その意味なんて、考えたこともなかったが、 「素敵とは、素晴らしくて敵わないこと」という意味を知り、 今度、使ってみようかな・・と思った単語になった。 もちろん漢字の「素敵」であって、「すてき」や「ステキ」は まだ恥かしいな。耳にした人はわからないだろうけれど。(笑)
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| 2015年12月20日(日) ■ |
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| 忘年会は、リアル感を楽しむ機会 |
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「働く女性の会(ATG)」の忘年会だった。 「明るく(A)楽しく(T)元気よく(G)」の頭文字を取った「ATG」。 賛助会員として、この会に参加させていただいてから、 もう何年経つだろうか、なぜか男性なのに居心地が良い団体である。 「2ヶ月に一度」という例会は、私にとってはちょうどいい回数で、 多すぎず、少なすぎず、程よく参加できるし、 彼女たちから多くの刺激をいただいているのが、継続の理由。 最初は1人だった、男性の賛助会員も増えてきたし、 「異業種、異年齢、異性」(3異)が、近況報告も兼ねて顔を合わす。 勿論、Facebookなどで、メンバーの情報はわかるけれど、 やはり、直接に会い、生の声を聴いて話すことが楽しい。 だから「忘年会は、リアル感を楽しむ機会」を残したい。 今回の忘年会場は、地元・清水町の「北海道料理・中むら」、 私の日記にも、何度か登場している、お気に入りのお店だし、 ホストとして、しっかりおもてなししなくちゃ・・と思う反面、 みんなに来て欲しいけれど、自分が来た時に座れないのもなぁ、と ちょっぴり複雑な感覚で、いつもの「十四代」を飲み干した。 1次会は、中むらの2階で宴会、そして、下に降りてきて、2次会。 あぁ、こんな使い方があるんだ、と可笑しかった。 みんなを送った後、3次会を、1人カウンターで・・と考えたが、 今回は、飲み過ぎたので自重した。(汗) やっぱり、バーチャルの世界より、リアルの世界が楽しいなぁ。 飲み方にも、性格がでるし・・。(笑)
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| 2015年12月19日(土) ■ |
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| 脚本は、右脳と左脳の合体です |
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知人の紹介で「脚本家・金子ありさ」さんとお話が出来た。 金子さんと言えば、ドラマ「ナースのお仕事」シリーズを始め、 私が観た映画でも「電車男」「7月24日通りのクリスマス」 「陰日向に咲く」「おかえり、はやぶさ」などを手がけた女性。 一時、脚本家に憧れた私にとっては、雲の上のような存在であり、 舞い上がるような気分で、日大芸術学部の聴講生のように、 (普段なら、メモしながら聴くのだけれど、それさえ忘れて) 現役・脚本家の話に耳を傾けた。 食事をしながらの短い時間であったが、彼女から脚本について、 プライベートレッスンを受けている感覚さえあった。 その中で、印象に残っているフレーズは、 「脚本は、右脳と左脳の合体です」 脚本は、小説とは少し違う、バランス感覚が必要となるようだ。 登場する人物像などを非常に細かく設定しながらも、 プロット(ストーリーの要約)を常に意識して書いているらしい。 まさしく「ものごとを理解するときに使う脳、 言い換えれば、論理的な事柄を司る機能(左脳)と、 表現するときに使う脳、感性・感覚を司る機能(右脳)を バランスよく使いこなせてこそ、脚本家なんだと感じた。 原稿の〆切を意識しながらも、友人とランチを楽しむ感覚は、 私には、とても新鮮な発見であった。 そういえば、映画のエンドロールで、監督の名前とは別に、 脚本家(洋画では、翻訳家も)の名前を確認するのは、私だけかも。
P.S. 「脚本には(笑)とか(汗)はいらないから削除して・・と、 学生たちに指導するらしい。私の日記なんて削除だらけだ。(汗)
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| 2015年12月18日(金) ■ |
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| わからなくなるんじゃないかしら、本当に好きなものが。 |
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映画「繕い裁つ人」(三島有紀子監督)から。 「しあわせのパン」「ぶどうのなみだ」に代表される、 三島有紀子監督らしい映画、という表現がピッタリの作品。(笑) 言い方を変えれば、作品の出来、不出来ではなく、 私のアンテナに引っかかる台詞が多い、ということ。 そんな中から選んだ、今回の一言は、 図書館で「服の本ばかり」選び、勉強している男性に、 洋装店の2代目店主・市江さんが、諭すように呟いた台詞。 「そんなにあったら、わからなくなるんじゃないかしら、 本当に好きなものが。」の一部。 服に関しても、専門の知識は、ある程度必要だし、 いろいろなジャンルの服を試してみたくなるのもわかる。 だけど、情報がありすぎて、あれもこれも・・と試していると、 本当に好きなものが見えなくなってしまうわよ、と理解した。 これは、私たちにも言える。 自分が一生続けたい、分野、ジャンルは見つかったけれど、 その中でも何をしたい、というものが見つからず、 とにかく関連書籍を読み漁るけれど、余計にわからなくなる。 「広く浅く」より「狭く深く」の方が、人生が豊かになるわよ、 そう教えられたようなフレーズだった。 残り少ない人生、もう雑学はいらない。 そろそろ、一つのことに集中しようっと。
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| 2015年12月17日(木) ■ |
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| 泉頭はこの小湖(清水池)のほとりにあった。 |
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書籍「くノ一忍法帖」 (山田風太郎著・角川文庫刊・313頁)から。 徳川家康が、終の棲家(隠居)を「柿田川」周辺の 泉頭城址に求めていた話を調べていたら、 ある方から、山田風太郎さんの著作の一つに、 泉頭が舞台となっている作品があるよ、と教えていただき、 さっそく読んでみた。 「柿田川」を「清水池」に例えて、こう表現されている。 「清水池は、三島の西南二キロの位置にあり、 南北に千百メートルばかり、 東西にはひろいところで二百メートル、 せまいところで五十メートルほどある小湖である。 泉頭はこの小湖のほとりにあった」 この発想は、私にはなかった視点であり、刺激的だった。 全てが湧水のため「源泉がわかる川」として説明していたが、 「実は、昔は湖だったんですよ」なんて言っても、 誰も驚かないかもしれないな、と可笑しくなった。 柿田川の魅力にハマっている私、楽しくて仕方がない。
PS 本書によると「南竜公道事」という書物に、 家康の隠居の話が記載されているらしい、調べてみようっと。
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| 2015年12月16日(水) ■ |
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| それって、消極的な自殺行為だよ |
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お酒もたばこも、甘いものも・・度が過ぎて、 身体に悪いくらい、嗜(たしな)む(笑)ことになると、 入院したり、薬を大量に飲んだりすることとなる。 やめればいいことは、本人が一番知っているが、 「わかっちゃいるけど止められない」というのが、 多くの人の言い分に違いない。 先月、悪友たちが集って飲んだが、同級生に向かって、 きつい一言が飛び交ったが、私はなるほど、思った。 「それって、消極的な自殺行為だよ」 知らないならまだしも、理解していてやめないのは、 自分で選択しているってことだろう?ということ。 その人の人生だから、他人がとやかく言うことではないが、 心配しているからこそ、の台詞ともとれた。 その場を盛り上げるための、単なる「酒の肴」ではなく、 一度、本気にやめてみろよ、という思いが伝わってきた。 この年齢になると、どうしても投げやりになるが、 健康に良いことを続けることよりも、 健康に良くないことをやめることから始めてみようっと。
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