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| 2015年07月08日(水) ■ |
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| でも、知り過ぎない方がいいんだよ |
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映画「ヒア アフター」(クリント・イーストウッド監督)から。 「死者と語る人生なんて意味がない」という理由で、 霊能者を辞めた、肉体労働者のジョージが、 料理教室で知り合った女性に、その霊能力を使って欲しいと頼まれる。 彼は何度も何度も断るが、彼女は引き下がらない。 霊能力を使う前に、彼が彼女に囁く。 「誰かのことを全て知るのは、いいことに思えるかもしれない。」 そう前置きをして「でも、知り過ぎない方がいいんだよ」と。 結局は、彼女の過去・人間関係を知ることになり、 元の関係に戻ることはなかった。 人間、生きていく上で、誰も知らないような「秘密」も必要、 そう教えられたような気がする。 好きだから、愛しているから・・あなたのすべてが知りたい。 そういう台詞は、ラブストーリーのワンシーンとしては素敵だけれど、 現実としては、息が詰まってしまい、ストレスが溜まることもあり得る。 適当な「秘密」と適当な「謎」の部分を持ち合わせた方が、 より親しい関係が築けるかもしれない。 これは、人間関係の大前提として、記憶に留めたい。 タイトルの「ヒア アフター」(Hereafter)は、辞書によると 「来世」の意味なんだろうけれど、あまり関係なかったなぁ。 「死後の世界」の方が、スッキリするのになぁ。
PS. 津波のシーンを始め、目を背けたくなる場面の連続。 たぶん、3.11の後では、作れなかったのではないだろうか。
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| 2015年07月07日(火) ■ |
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| 一年に一回しか会えない男に興味はないが・・ |
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七夕の今晩、空模様は梅雨空らしく、厚い雲に覆われていた。 22時近くに帰宅してから、それでも「七夕」をネタに、 何か書こうかな、と高校時代の物理部天文班の部員だった私は、 ボロボロになった星座手帳を広げながら、 「天の川」(ミルキーウェイ)をはさみ、相対する二つのα星。 織姫星は「こと座のベガ」、彦星は「わし座のアルタイル」、 白鳥座が羽を広げて、一年に一度の・・とメモしながらも、 今日ばかりは、このネタで日記を書く人が多いことに気付き、 知人の日記をざ〜っと読んでいたら、私のアンテナに引っかかる、 面白いフレーズが、目の中に飛び込んできた。 若い彼女の日記であるが、私にとってとても新鮮で楽しかった。 「ヒコボシとかいないけど」と前置きをして、 「そもそも一年に一回しか会えない男に興味はないが、 今年はいい七夕になりました!」。 この発想、この視点、私には思いつかなかったから、 「気になる一言」に、ピックアップしてみた。 一年に一度しか会えないという、七夕伝説なんかより、 本当に好きなら、会いたい時に会いたい、と思うだろうし、 毎日だって会いたい・・が、本音だろう。 一年に一度しか会えなくて、本当に付き合っていると言えるのか、 そんなことまで想像が膨らみ、久しぶりに面白かった。 facebookやmixiなど、SNSの楽しいところは、 自分とは性別も年齢も、住むところも違う人たちの意外な視点が、 私を驚かせてくれるところにある。
P.S. 若い女性の「七夕ネタ」、勉強になりました。 漢字の「夕」とカタカナの「タ」が似ている、なんて話題をネタに 書かないでよかったなぁ。(汗)
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| 2015年07月06日(月) ■ |
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| うちは「西島(秀俊)さん」妹のところは「嵐の大野君」・・ |
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15年以上の使用していた冷蔵庫の冷凍機能が壊れたので、 とうとう地元の大型電化製品量販店で購入し、 久しぶりに台所(キッチン)の景色が、大きく変わった。 もちろん、機種の選択には我が家の女性陣が、 大きさ、収納力、使いやすさなどを考慮して決めたのだが、 こうして、新しい冷蔵庫を目の前に、私が気になったのは、 メーカーだった。(笑) わが家は「パナソニック」妹の家庭は「日立」なのに、 彼女たちは「うちは『西島(秀俊)さん』、妹のところは『嵐の大野君』、 『杏』のところもよかったね」と、CMに出演している芸能人で 話が盛り上がっている。(杏は「三菱」でした) その感覚が、男の私にはどうも理解できない。 そういえば、以前、学生さんに「どこの辞書を使ってるの?」と 訊いたら「三省堂」とか「旺文社」という単語を期待したら、 「シャープです」とか「カシオです」という答えが返ってきて、 本当に驚いたことがあった。 商品の持つ「イメージの大切さ」を思い知らされた出来事。 そういう私も「富士通」は、パソコンメーカーだもの、いつまでも。
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| 2015年07月05日(日) ■ |
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| (コメントの下に)「翻訳を見る」 |
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先日、Facebookページの画像に、外国人からのコメントがあった。 とりあえず、何という意味だろう?と考えていたところ、 コメントの下に「翻訳を見る」という文字を見つけたので、押してみた。 そうしたら、しっかり日本語に訳されて、英語の下に表示されたから、 驚きとともに、こんな機能もあったのか、面白い・・と嬉しくなった。 Facebook読者の皆さんは、気付いていただろうか?。 海外に住むメル友の日記は、英語でコメントできないからと、 時々、盗み読みだけしていたけれど・・・。 これから、ますますグローバル化が進み、海外に澄んでいる人からも、 外国語でコメントを受ける時代がくると予感していたが、 翻訳サイトを利用しなくても、コメントがそのまま「翻訳」されるなんて、 すごい時代になったものだと、メモをした。 今のところ、英語からの翻訳が可能のようだが、 次の私の好奇心は、英語だけでなく、他の言語でも翻訳されるかどうか。 そうすれば、お互いが「翻訳」を使えば、英語を介さず、 会話が成立することになるのだから・・。 自国のパソコンやスマホの言語で書いたコメントが、 相手の国の言語で翻訳されるならば、こんなに楽しいことはない。 そうすれば、ますます、Facebookの使い勝手がアップするし、 英会話の勉強にもなる気がする。 「2020年東京オリンピック」を控え、ますます国際化が進むのだから、 是非、実現して欲しいシステムである。 今の技術ならば、出来る予感がするなぁ、多国籍の言語翻訳。(汗)
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| 2015年07月04日(土) ■ |
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| 弱った時ほど違う自分に変われて |
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女優・樋口可南子さんが、ある新聞のインタビューに 答えたメッセージの1つ。 映画「愛を積むひと」に出演したことも含め、 誰にもある、人生の節目について、淡々と語っている。 私が頷いたのは、彼女の10年前の節目だった。 東京での生活が息苦しくなり、自分を見失い、 コントロールできなかった自分を悔しがった話。 そのあと、こう纏めている。 「せっかく転んだんだから、ただでは起きない。 何かをつかんで立ち上がりたい。 振り返ると、弱った時ほど違う自分に変われて、 いい節目を迎えた気がします」と。 歳を重ねてくると、この意味がとても響いてくる。 若い頃は、弱気になることも少なかったけれど、 最近、ちょっとした失敗にも、弱気になる自分がいる。 だからこそこの機会に、新しいギアに入れ替える、 自分を変えるタイミングとして捉えたいという 彼女のメッセージが心に残った。 もちろんいつでも「ポジティブ」でいられればいいけれど 「ネガティブ」も大事、そう考えることにした。 私が常に念頭に置いているのは「バランス」だから、 良い時もあれば、悪い時もある。 強気の時もあれば、弱気の時もある。 それでいいんじゃないかなぁ、人生なんて。(汗)
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| 2015年07月03日(金) ■ |
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| 食べ過ぎるから、病気になる |
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書籍「食べない健康法」(石原結實著・PHP文庫刊・220頁)から。 現代人は「水分の摂り過ぎ」だけでなく「食べ過ぎ」でも、 健康を害していると、著者は説く。 運動と食事を意識しながらダイエットに挑戦し、実際に痩せてみて、 初めて食べ過ぎ、飲み過ぎだったことを認識できた。 冒頭「6000年前のエジプトのピラミッドの碑文」を次のように紹介、 「人は、食べる量の4分の1で生きている。 他の4分の3は、医者の糧になっている」と。(笑) 私も「2食は自分のため、1食は医者のため」という言葉を どこがで耳にしたことを思い出した。 また「太ったシマウマはいない」という言葉で表現されるように、 自然界の動物の中で、同じ種類でありながら、 これくらい体型が違うのは「ヒト」だけではないだろうか。 その根源は、使ったエネルギーの分だけ食べるのではなく、 肉体労働だろうが、一日中座りっぱなしの生活だろうが、 健康のため「三食を欠かさず、バランス良い食事」を勧めて、 却って、不健康の人が増えているような気がしてならない。 だから敢えて「食べ過ぎるから、病気になる」を一言として残し、 これからも、食べ過ぎに注意していきたい。 痩せることによって、いろいろな数値が改善されたことは、 私の健康診断結果表が証拠になっている。 騙されたと思って試して欲しい、その価値は充分あるから。
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| 2015年07月02日(木) ■ |
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| 傍にいなくても、気持ちは寄り添える |
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映画「神様のカルテ2」(深川栄洋監督)から。 さすが、続編が製作されることだけあり、 ストーリーがしっかりしていて、安心して観れた。 今回は、医者とその奥さんという、3組それぞれの夫婦関係が、 とても爽やかに、私の心に残った。 たぶん作品の根底に、お互い忙しく仕事や生活に追われているが、 「傍にいなくても、気持ちは寄り添える」という考えが流れていて、 作品全体に、それを意識した、温かい夫婦愛が散りばめられていた。 特に、柄本明さんと市毛良枝さん演ずる夫婦の関係は、 ふたりにしかわからない距離感があり、程よく支えあっている。 その夫婦の歴史が支えになって、若い奥さん役の宮崎あおいさんが呟く 「一番苦しい時に限って、私がいることを忘れてしまう」という 一方通行の想いを、熟年夫婦役の市毛良枝さんが、見事に 「傍にいなくても、気持ちは寄り添えるのよ」と双方向の想いに変え、 出産間際の若夫婦に、言葉のプレゼントをしたのではないだろうか。 じっくり考えてみると、それは、多忙の医者の夫婦に限らず、 どんな職業の夫婦でも、いや、遠距離恋愛の恋人たちにも通ずる 大切なフレーズとして、輝きを増してきた気がする。 もちろん、女性側だけでなく男性側も、こんな考え方を持てたら、 より素敵な夫婦生活が送れるに違いない。 私も愛用の手帳に、メモしておこうっと。
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| 2015年07月01日(水) ■ |
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| 毎年意識して「中間点」で軌道修正 |
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7月1日は1年(12カ月)の中間点(6月30日)の翌日。 この日は私にとって、意外と大切な日となっている。 生活・行動目標をデータ化するのが大好きな私は、 正月に立てた目標が、どこまで達成できたかを知る日であり、 そのデータをもとに、残り6ヶ月の生活リズムの修正を図る、 とても楽しい作業ができる日としてワクワクしている。 この「中間点」を意識せず、年の初めに目標を立て、 年の終りにその結果をみるだけでは、なかなか満足のいく 充実した日々を過ごすことができないことを、 私は何度も何度も失敗した経験の中から、気が付いた。 それからは、毎年意識して「中間点」で軌道修正をする。 目標より足りなければ、これからの6ヶ月で頑張ればいいし、 多すぎたら、少しペースを落としてみる。 若い頃は、ここで目標の数字を修正することも必要だが、 歳を重ねてくると、いかに年の初めに立てた目標に近づけるか、 その調整作業が楽しくなっている。 今年(前期)は、読書が多くて、映画鑑賞は少ない。 講演会は予定どおりで、コンサートが少なく、美術館は多い。 万歩計は、今までで最高の数字を示している。 私の目指すところは、バランスのいい生活。 学生でいえば、2学期制の通信簿って感じかな
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| 2015年06月30日(火) ■ |
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| 恐怖とは、心が生む異常な状態だ |
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映画「アフター・アース」(M・ナイト・シャマラン監督)から。 「ウィル・スミス親子が共演のSFサバイバルサスペンス」 そんな情報に、期待し過ぎたのか、やや消化不良であった。 そんな中、特筆するとすれば「恐怖」に関する定義だろうか。 多くの人間にとって「恐怖」を感じた瞬間、どうなるか。 それは物語前半に、こう説明するシーンがある。 「多くは体が固まる。存在しない答えを脳が出すからだ。 脳が『ヤバい』と判断する」と。 さらに、物語が進み、父親が息子に伝えるシーン。 「恐怖は、現実には存在しない。 恐怖が存在するのは、未来を考える心の中だけだ。 恐怖は、想像の産物だ。 想像が恐怖を感じさせるだけで、何も起きないかもしれない。 恐怖とは、心が生む異常な状態だ。 誤解するな『危険』は、現実に存在する。だが、恐怖は自分次第だ」 この「恐怖」を消すことができれば、敵から存在感をなくし、 攻撃されずにすむ、それが唯一の倒せる手段、という設定は、 SFの世界でなくても、この私たちが生きている世界でも、 通用することではなかったのか、と再認識した。 原案を考えたウィル・スミスは、これを伝えたかったんだなぁ。
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| 2015年06月29日(月) ■ |
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| 一皿ずつ、口を漱ぎたくなる料理でした |
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昨日「RESTAURANT Bio-s」(レストラン・ビオス)を話題にしたら、 さっそく「一言で言うと、どんな料理でした?」というメールが届いた。 美食家でもない私が、料理の味を表現するのは難しく、 直感的に思い浮かんだのは「一皿ずつ、口を漱ぎたくなる料理でした」。 そしたら「え〜、あんまり美味しくなかったのですか?」との返信。(汗) あっ、そうか、ちゃんと説明しないとそう勘違いされちゃうよなぁ・・と、 自分のボキャブラリー(語彙)の少なさが、情けなくなった。 実は、料理に合わせた飲み物も含め、一皿ずつが、とても新鮮な味がして、 このまま、一つ前に口に含んだ料理の味を、次の料理へ繋げたくなかった、 だから「一皿ずつ、口を漱(すす)ぎたくなる料理でした」という、 言葉足らずの表現になってしまった。 チェイサー(和らぎ水)を、こんなに頻繁に飲んだ料理は初めてかも・・。 自分の前に運ばれてから、目で楽しみ、匂いで楽しみ、口に含むまでに、 どんな味だろう・・と想像力を膨らませ、イメージどおりだと嬉しく、 予想外の味だと驚く瞬間を楽しんだ、というのが今回の私の感想である。 (ほとんど私の想像を超えて「美味し〜い」しか浮かばなかったが・・) しかし、食後にコース全体を振り返ると「『夏至』って感じがした」。 梅雨の合間の快晴の中、いつもの見慣れた富士山とは違う山形と、 目の前の畑から摘んだばかりの季節感たっぷりの食材、 そして、数匹の山羊を眺めながらの長閑な食事タイムは、まさしく このレストランののコンセプトである「見る・味る・観る」、 「里山の豊かな景色を見る。生まれたての野菜やその土地の食材を味る。 人や会話が生み出すドラマを観る」に相応しい空間だった。 美味しいものを「美味しい」以外に表現できるようにしなくちゃなぁ。
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