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| 2015年02月10日(火) ■ |
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| 次へ渡せ |
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映画「ペイ・フォワード 可能の王国」(ミミ・レダー監督)から。 原題「PAY IT FORWARD」 「PAY」という英単語は「支払う」しか意味が浮かばず、 気になって調べたところ、 「PAY」には、本当に多くの意味があり驚かされた。 ある方が、見知らぬ人に親切にされた時のこと。 「礼を言った。すると奇妙な方法で恩を返せ、という。 別の3人に善い行いをしろと」 それは、親切にされた人に恩返しをするのではなく、 その気持ちを行動として「別の3人」に与えて欲しい、 そんなに意味で使われている。 小さな「思いやりの連鎖」という流れが、大きな流れになり、 世界がいい方向へ流れて変わっていく。 それを短い言葉で表現すると「次へ渡せ」(ペイフォワード)。 いろいろな分野で世代交代がなかなか難しい時代、 「後継者育成」なんて言葉より「次へ渡せ」の方が、 インパクトがあり、その必要性を感じてもらえるに違いない。 また、他人に親切されても、その行為に気付かない人には 「とんだバカに渡したもんだ」と言おう。 きっと「どういう意味?」って訊き直してくるから。
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| 2015年02月09日(月) ■ |
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| ランニングは「素敵な景色を撮るための移動手段」 |
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最近の私は「ウォーキング」から「ジョギング」、 さらに「ランニング」へと興味が移り、行動範囲が広がった。 速度は「ウォーキング」とあまり変わらないけれど、(汗) 今まで足を運んだことがない場所へも、躊躇なく体が動く。 この気持ちを持続させている原動力が「素敵な景色」だと思う。 最近、本屋でコーナーが出来るほどの人気を博している、 「日本や世界の絶景」ほどではないが、自分の身の回りにも、 それはそれは驚くような、素敵な景色が溢れている。 わざわざお金と時間をかけて、美しい場所へ行かなくても、 予想以上に近い場所や、何気ない普段の生活の中に「美しさ」を 見つける感性を磨くことは、思ったより楽しい。 車やバイク、自転車でも入れないような場所からの撮影は、 人間の足のみが可能にさせてくれる「絶景ショット」が撮れる。 だから、私にとっての「ランニング」は、 マラソン大会を始めとした、スポーツ競技志向ではなく、 お金がかからず、思いついた時に、さっと動ける交通手段、 言い換えれば「素敵な景色を撮るための移動手段」である。 早朝でも、深夜でも、自分の気持ち次第ですぐに動けるし、 3キロくらいなら、走った方が速いもの、たぶん。 (う〜ん「10キロ」と書けないところが、まだまだだなぁ(笑))
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| 2015年02月08日(日) ■ |
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| 寅次郎の妹と言えば「杉文」?「諏訪さくら」? |
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NHK大河ドラマ「花燃ゆ」から。 今年は大河ドラマの主人公が、吉田松陰(寅次郎)の妹(杉文)でも、 まだ日本では「寅次郎の妹」と言えば「さくら」と決まっている。 もちろん映画「男はつらいよ」(フーテンの寅さんの妹)のこと。 とらやの先代の主人、平造の長女、寅次郎の腹違いの妹で、本名は櫻。 女優・倍賞千恵子さんが、自由奔放な兄(寅次郎)の一番の理解者として 陰ながら支える妹役を演じていたのが印象的だ。 時代背景や家族構成も違うが、吉田松陰(寅次郎)も、 誰かに迷惑をかけるという意識を持たず行動、その自由気侭な生き方に、 皆が巻き込まれるが、家族が支えていく展開は、面白いようにダブる。 (優香さん演じる、文の姉(寿)も寅次郎の妹なのであるが・・) 先日、今回の大河ドラマ「花燃ゆ」の企画意図をホームページで読んだら、 同じようなことが書いてあって、思いっきり笑えた。 初回から今まで「幕末編『男はつらいよ』」がピッタリの表現である。 今回の「野山獄唯一の女性、高須久子」が「マドンナ役」であれば、 「男はつらいよ」と対比しても、申し分ないのだが果たして・・(笑)。 今年の大河ドラマは、安政6年(1859年)10月27日、 吉田松陰が処刑されてからが、このドラマの見どころと言ってもいい。 主人公「車寅次郎」抜きでは物語が進まない「男はつらいよ」ではなく、 兄の死後、幕末を力強く生き抜いた「寅次郎の妹」の活躍が期待される。 今年の年末には「寅次郎の妹」と言えば「杉文」となればいいな。
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| 2015年02月07日(土) ■ |
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| 乾燥しちゃうかと思って |
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今晩の夕食が鍋だったから、というわけではないが、 昨年の忘年会での出来事を思い出した。 メインだった鍋料理をたいらげ、あとはお酒の勢いを借りて 話が盛り上がっていたところ、メンバーの1人が 私の目の前に置かれたガスコンロの上にある鍋に水を入れて、 弱火でコトコト・・時々、しゃもじを回転させている。 何をしているのかもわからず、「鍋も空だし、もったいないから もう(ガスコンロ)消していいよ」と声を掛けたら、 なんと「乾燥しちゃうかと思って」の一言。 寒い季節、部屋の暖房をガンガンきかせているけど、 湿度調整器があるわけでもないから、空気は乾燥しっぱなし。 乾燥すると、喉が痛くなったり、風邪もひきやすくなる。 ホントに細い弱火でも、水蒸気を発生させている仕組みは、 私には発想できずに、新しい発見だった。 みんなが盛り上がっている中でも、冷静に状況を判断できる行動、 これって、嬉しい心遣いだな、と感じたシーンである。
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| 2015年02月06日(金) ■ |
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| 心はいつも一緒だ。パパより |
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映画「突然、みんなが恋しくて」 (ジェニファー・デボルデール監督)から。 この作品、きっと評価が分かれるな、と観終わった。 性別、年齢、未婚か既婚か、子どもが男か女か、 それによっても、まったく違ってくると思えたから・・。 男・50歳代・既婚・子どもが女の子だけ、の条件にあえば、 この主人公の気持ちが、手に取るようにわかる。 しかし、それ以外の場合、駄作と勘違いされるケースだろう。 死んでから発見された「投函してなかった、娘宛の手紙」には、 必ず書かれていたメッセージがある。 「(愛してるよ)、心はいつも一緒だ。パパより」。 自分の愛情を上手く娘に伝えられない、父親の気持ちが詰まっている。 「お前の前では、なかなかいい父親を演じられないけれど、 どこにいても、心はいつもお前のことを考えているよ」 そんな不器用な父親の気持ちが伝わってきた。 「父親が娘の元彼とつるむなんて!」と大声で怒鳴られても、 その気持ち、ちょっぴり理解できる。 また自分の葬式に、娘の元彼が勢揃いするシーンがあるが、 「娘が寂しくないようにと声を掛けた」ようだ。 まったく勝手な言い分だけれど、この行動もわからなくない。 父娘の物語だったから、映画「アルマゲドン」を思い出してしまった。
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| 2015年02月05日(木) ■ |
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| 若い頃の体型に戻りましたね |
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「食事コントロール」と「ウォーキング」などで、 10キロ減量達成、そんな話題を以前に書いた。 だからって「羨ましい」とか「頑張ったね」という言葉を 期待しているわけではない。 ただし、痩せたことは健康にいいはずなのに、 スリムになった私の姿を目にして発する一言が面白い。 「どうしたんですか?」(病気でもしたんですか?)から 「ちっちゃくなった」「しぼんだね」「品租に見える」等、 あまりいい表現がない。 いや、痩せた人に対して、誉めるフレーズが見つからないのか、 「あまりに痩せて声を掛けられなかった」という人まで。(笑) 逆に、体重が増えた時は、健康面ではよくないはずなのに、 「太ったねぇ」から「丸くなったね」「貫禄がついた」など、 意外と良いイメージを想像させる表現が思い浮かぶ。 本人にとっては、体が軽くなったし息切れもしない、 人間ドックの検査結果も、健康体の数値に近づいて、 大満足の「肉体改造」(笑)だからいいけれど、 減量したい、標準体重を目指したいと口にする人が多いのに、 他人に対するイメージは逆なんて、面白い。 一番嬉しかったメッセージは、昔の私を知っている人からの 「若い頃の体型に戻りましたね」かな。
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| 2015年02月04日(水) ■ |
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| 語尾をのばす大人は、ばかか優しいかのどちらかだ。 |
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書籍「号泣する準備はできていた」(江國香織著・新潮社刊・252頁)から。 最近、また「江國香織さん」にハマっている。(マイブーム?(笑)) 10年ほど前、この作品で「直木賞」を受賞したはずだから、 一度は、さらっと読んだ記憶が蘇ったが、久しぶりに読み返したら、 当時とはまた違った場所が私のアンテナに引っかかり、一気に読み終えた。 私たち年代の男女の気持ちが、恐ろしいくらいわかる気がする。 短編の小説というより、誰かの日記をネットで読んでいる感覚に陥る、 それくらい、今の私たちの感覚に近いと言えそうだ。 例えば、気のあった友達とお酒を飲むシーンがある。 「酒は飲むと辛いが、飲み終えると甘い余韻が残るのだった」とか 「三人は礼儀正しく冷やかしてくれる。どうしてー、とか、けちー、とか。 語尾をのばす大人は、ばかか優しいかのどちらかだ」など、 その絶妙な人間関係を、言葉にするのが本当に上手い。 さらに「おいしいお酒がないと、ごはんっておいしくないもの」とか 「『ビールって、つめたいのもおいしいけど、 少しぬるくなったのもおいしいと思わない?おそくに飲むときはとくに』と言う。 『東京の夜の空気に似た舌ざわりがする』」なんて表現は、もう頷くしかない。 何度か目にした「私は独身女のように自由で、既婚女のように孤独だ」 という表現、女性にはどう感じるんだろうか。
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| 2015年02月03日(火) ■ |
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| 包丁と鉄板、どちらが消耗品だと思います? |
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メモを整理していたら、ふっと目に触れたフレーズ。 情報源は、昨年、母の傘寿祝で訪れた「神戸旅行」の1コマ。 兄妹の2家族で考えた、サプライズ企画の一つは、 「目の前で『神戸牛』を焼いてもらい食する」だった。 上等な神戸牛を、鉄板の上で形の良い包丁を使い、 見事に切っていく料理人に向かって質問をした。 「さぞかし、高い包丁なんでしょうね」と。 その答えは意外にも、私の想像した答えと逆だった。 「包丁は、そんなにいいものは使っていませんよ」と言い、 「傷つけたら大変ですから・・」と付け加えてくれた。 その意味がわからず、肉の筋を切らないようにするためとか、 旨味を殺しちゃうとか、さもありがちな理由を挙げたら、 「包丁と鉄板、どちらが消耗品だと思います?」と質問された。 「簡単には取り換えが出来ない『鉄板』を傷つけないために、 あまり尖った切れの良い包丁は使わない」というのが、 その答えのようだった。 私たちの目の前に設置された長い鉄板は、代々大切にされ、 多くの良質の神戸牛を焼いた脂が染み込んでいるのかもしれない。 どちらが大切か、そしてそのために何をすべきか、 どちらかの質をわざと落とすことは、すごい判断である。 どちらも大切にすると、中途半端になっちゃうんだろうなぁ。
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| 2015年02月02日(月) ■ |
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| 私たちを銃殺して下さい。 |
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フリージャーナリスト・後藤健二さんの著書「ルワンダの祈り」 そのタイトルを見て、思い出した映画があったのでご紹介。 映画「ルワンダの涙」(マイケル・ケイトン=ジョーンズ監督)から。 先日、映画「ホテル・ルワンダ」を観てから、私の心の中で 何か引っ掛かっていた「ルワンダ大虐殺」の真実を再確認して あらためて、人間の醜さを感じることになってしまった。 印象に残ったシーンは「殺される」ことを覚悟したツチ族の1人が、 撤退することになった平和維持軍の大尉に願い出た台詞。 「撤退なさる前にお願いします。私たちを銃殺して下さい。 ナタで殺されたくない。銃なら一瞬だし、苦痛も少ないから」 この究極の選択を口にした彼らの気持ちを考えると、 映画と知りながらも、胸が締め付けられる思いがした。 同じ殺人でも「銃で一撃」と「ナタでメッタ切り」では違う。 親族・知人・友人が、目の前で殺されるのを観るだけでも、 ナタが凶器の方が、精神的な苦痛は計り知れない。 何度も何度も、会話の始めに使用される「You are OK?」は、 まともな精神力では耐えられない光景、場面に遭遇するから。 「大丈夫?」「気分は?」・・といろいろ訳されていたが、 観ている私たちにも、問いかけているような台詞だった。 原題となっている「Shooting Dogs」の意味を、 是非、この作品を鑑賞して、自分の目で確かめて欲しい。
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| 2015年02月01日(日) ■ |
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| 古典落語は「落ち」がわかっていてもウケます |
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地元清水町の「第6回地域交流センター寄席」から。 毎年、この季節の歳時記となっている、古典芸能鑑賞会、 演目は、誰でも知っているような古典落語4席だった。 「饅頭こわい」(三遊亭歌むい)「長屋の花見」(春風亭一之輔) 「たいこ腹」「(春風亭朝之助)「竹の水仙」(春風亭一之輔) どの作品も、一度は耳にしたことがある落語であるのに、 やっぱり、噺家の話術より声を出して笑ってしまうから不思議だ。 そういえば「真打・春風亭一之輔師匠」が、前口上で言っていた、 「古典落語は『落ち』がわかっていてもウケます」が蘇った。 音楽で言えば「クラシック音楽」、映画で言えば「名作」(?)、 その他の分野でも「スタンダード」と称される作品は、 なぜか、何度耳にしても飽きがこなく、私たちを癒してくれる。 その理由はわからないけれど「王道」と呼ばれるものには、 私たちを引きつける、それなりの魅力があると思う。 若い頃は、ついつい新しいものにチャレンジしたくなるけれど、 歳を重ねると、この「スタンダード」に惹かれていく。 「古典落語」を耳にして、また「名人」の落語が聞きたくなった。 1月の振り返りは「笑ったこと」が少なかったのに、 2月は初日から、声を出して笑った。幸先がいいぞ、今月は。
P.S.一之輔師匠の前口上からもう1つ。 「声を出して笑ってください。決して鼻で笑わないように」 なるほど・・(笑)
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