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しもさんの「気になる一言」
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2014年03月05日(水)
せきとうおうりょくせいらんし(赤橙黄緑青藍紫)

「まだ小雨が降っているので気を付けて帰って下さい」と
終礼の挨拶をして、しばらく机上の整理をしていたら、
「お疲れ様でした」と帰ったはずのスタッフが、
「ものすごく大きな虹が出ています」と嬉しそうに戻ってきた。
急いで屋外に飛び出したら、見事な虹が目の前に広がっていた。
端から端まで、約180度の虹が大きな半円カーブを描いている。
これは誰かに教えてあげよう、という気持ちになるのもわかる。
それも大声をあけで喜ぶのは、子どもだけでなく、
最近、空を見上げることの少なくなった大人たちのほうが、
無邪気にはしゃいでいる姿は、なんとも微笑ましい。
さらに「虹の色も全部言える?と訊かれて、
昔、覚えたよなぁ、と記憶を遡ってみたが、思い出せない。
そんな時「せきとうおうりょくせいらんし」とリズムを付けて、
教えてくれた人がいる。
「せきとうおうりょくせいらんし」
何遍も口の中で呟いてみると、意外と記憶に残った。
もちろん「赤・橙・黄・緑・青・藍・紫」の意味。
「九九」「春の七草」「いろは文字」の覚え方と同じで、
普段は忘れているけれど、最初の単語が浮かべば、
芋づる式に単語が続くから、人間の記憶は不思議だ。
そう言えば、もう一つ思い出したことがある。
日本では「7色」だけど「フランスでは、虹は5色」という話を
2002年12月19日(木)に書いていた。(笑)
せきとうおうりょくせいらんし・セキトウオウリョクセイランシ
赤・橙・黄・緑・青・藍・紫
3回も繰り返せば、もう忘れないだろうな、きっと。(汗)



2014年03月04日(火)
「太平洋戦争」って不思議なことばかりだなぁ

映画「永遠の0」を契機に「太平洋戦争」のことがもっと知りたくなり、
関連映画・関連書籍を、片っ端から鑑賞・読み漁った。
映画は「永遠の0」「終戦のエンペラー」「凛として愛」「日輪の遺産」
「聯合艦隊司令長官 山本五十六 太平洋戦争70年目の真実」「出口のない海」
「226」「真夏のオリオン」「太平洋の奇跡・フォックスと呼ばれた男」
「男たちの大和 YAMATO」「俺は君のためにこそ死ににいく」
書籍は「永遠の0」「日本史の七つの謎」「あの戦争は何だったのか」・・
史実に基づいた作品もあれば、フィクションもあるようだ。
いろいろな立場から「太平洋戦争」を語っているが、深めれば深めるほど
まだ戦争体験者が生きているというのに、わからないことばかりだ。
どうして始まったのか、どうしてなかなか終わられなかったのか、
そして一番不思議なのは、どうして「8月15日が終戦記念日」なのか。
降伏文書に調印したのは「9月2日」(ミズーリ号船上)なのに・・。
私たちにとって、一番近い日本の歴史なのに、知らないことが多い。
そういえば、歴史の授業って「昭和・太平洋戦争」まで勉強したのかな、
それさえも記憶がない。(汗)
だから「『太平洋戦争』って不思議なことばかりだなぁ」を残そうと思う。
正直、もう少し、調べてみたくなった「太平洋戦争」である。

P.S.(その他にも以前に鑑賞した映画は・・)
「明日への遺言」「私は貝になりたい」「硫黄島からの手紙」
「父親たちの星条旗」「最後の早慶戦」
「エクレール・お菓子放浪記」「戦場にかける橋」
「戦場のメリークリスマス」など。



2014年03月03日(月)
葉っぱがあるとないんでは、料理が違うて見えるな

映画「人生、いろどり」(御法川修監督)から。
「徳島県上勝町」で実際にあった話に基づいて、製作された。
全国各地で、自然しか資源のないまちでは、過疎が進み、
残るのは高齢者ばかり、そんな話を耳にするが、
ちょびり参考になる「まちおこし」と言えそうだ。
山に行けばいくらでも手に入る「葉っぱ」を売るビジネスが、
生き甲斐のなかった高齢者の女性によって花開いたから。
いろいろな料理に添えられた葉っぱを称して「つま」と呼び、
「まぁ、ないより、あったほうがまし」と冷やかすが、
その「つま」は、実は主役の料理を大いに引き立たせている。
その雰囲気に驚かされた男性がぼそっと呟く。
「葉っぱがあるとないんでは、料理が違うて見えるな」。
そんな呟きを聞いて、女性はしやきっと答えた。
「脇役だけど、主役を引きたてる役目を果たしとんのよ」
(徳島の方言が、ちゃんと文字になっているか不安ですが・・)
「主役の料理と葉っぱのつま」の関係は、
切っても切れない夫婦を関係に似ているな、とメモをした。
「(葉っぱビジネスを続けることで)、誰に何を言われてもいいん、
ほなけん、お父ちゃんだけは嫌いにならんといて」と妻、
「みそこなうな、何十年、夫婦やってきたと思うんじゃ」と夫。
この喧嘩みたいな会話が、さらに夫婦の関係を輝かせる。
この光景を見ていた若い人恋人たちは、
「夫婦って、ようわからんもんやな」と男性が呟き、
「私も、あんな夫婦になりたいな」と女性が笑顔で返す。
まちおこしの話だと思っていたら、夫婦の話だったなぁ、この作品。



2014年03月02日(日)
「目次」を押してみてください

先日、私がネットで書き続けている日記について質問があった。
最近流行の「ブログ」ではなさそうですが・・と前置きしながらも、
「日記の内容は『カテゴリー』に分かれていないのですか?」。
私の返信は「申し訳ないです、そんな機能はないんです」と説明し、
「そのかわり日記の上段にある、『目次』を押してみてください、
月別に以前書いた日記は、簡単に読み直せるし、
気になる単語やフレーズを『検索機能』一発で探せますから」。
実はこの機能、私が一番利用している。
以前に書いたことがある内容かどうかの確認や、
ちょっとした挨拶文の参考に「夫婦」「人生」等の単語を入れて、
以前の日記を呼び出すことに使っているけど、カテゴリーでなく
書いたことを、タイミングよく、それも素早く呼び出すには、
この機能に勝るブログを私は知らない。
(実は、人前での「挨拶」の資料に、一番役に立っています)
映画・テレビの「観っぱなし」、書籍の「読みっぱなし」、
講演会やコンサート・ラジオの「聴きっぱなし」などをなくしたい、
さらに、日記の「書きっぱなし」もしたくない・・
そんな私の生き方にピッタリの「WEB日記」といったところだろうか。
情報源は出来るだけ正確に記録する、自分の感想も入れる、
そんなルールを自分で決めて、マイペースで書いているからか、
後で整理し易いし、自分にとって使い勝手がとてもいい。
後は、ブログでもない「WEB日記」がいつまで続くやら・・が、
私の一番の不安材料かな。



2014年03月01日(土)
全員を好きだってことは、誰も好きじゃねぇってことだ。

書籍「十二国記(魔性の子)」
(小野不由美著・新潮文庫刊・491頁)から。
「十二国記」の物語がはじめて読者に提示された作品だが、
その世界観・スケールの大きさに、驚くばかりである。
しかし、読んでない人にはまったくわからず、意味不明。
だからこそ、未読者にもわかる一言を選んでみた。
自分が存在すること原因で、同じ中学校の生徒が、
次々と殺されていくのを悩む、主人公。
同級生みんなに助かって欲しい、と呟く彼に、
担任の先生は、やや興奮気味に諭す。
「誰だって全部の人間に良くしてやれるもんならそうしたいさ。
しかし、順番を決めなきゃいけないときもあるんだよ。
全員を好きだってことは、誰も好きじゃねぇってことだ」
みんなに愛されたいって願望は、人間なら誰にでもある。
しかし、そんなことは不可能だから、こう言ったのだろう。
言い方を変えれは、いろいろな場面で応用できる。
「どこ行きたい?」「どこでも」という会話があったら、
「どこでもいいってことは、どこにも行きたくないってことだ」
「なにを食べたい?」「なんでも」という会話があったら、
「なんでもいいってことは、何も食べたくないってことだ」
こんな会話してませんか?



2014年02月28日(金)
「のび太」から「映画『風立ちぬ』の主人公」へ変身

何年振りかに、眼鏡を換えた。
プラスチック・レンズの傷が目立ってきたのが大きな原因だけれど。
丸い縁のメガネ(アン・バレンタインのデザイン)は、
丸顔の私には絶対に似合わないと思い、かけてこなかったが、
妻や娘のアドバイスもあり、思い切ってチャレンジすることにした。
丸い縁のメガネは「ジョン・レノン」や「大江健三郎」さん、
宮崎駿監督の映画「風立ちぬ」の主人公「堀越二郎」さんなど
個性的で、ちょっぴりオシャレな感じがするけれど、
丸顔に丸いメガネは、ドラえもんの「のび太くん」や、
サザエさんのお父さん「磯野波平さん」が代表的。(笑)
私たちの世代は「丸出だめ夫」や「大村崑」さんも、その仲間。
案の定、評価は真っ二つに割れている。
顔を合わせて「あれ、眼鏡、換えた?」までは同じだが、
「へぇ、今回は、オシャレだね」から「なんか、変!」まで、
様々な意見をいただき、恥ずかしいというのが本音。
今まで、眼鏡を換えても、誰も気付かれなかったのに、
面白いものだなぁ、と思う。
私にとって眼鏡は、小学校の頃からのお付き合いだけど、
こんなに形やデザインを意識したことはなかったなぁ。
記録に残したいから、一言にしてみた。
「のび太」から「映画『風立ちぬ』の主人公」へ変身



2014年02月27日(木)
おじさん、僕たちのほうが上手いよ

先日、静岡市出張のついでに(笑)、市内の美術館巡りをした。
駿府博物館「第3の男 下村観山」(日本画)
静岡市美術館「シャガール展」
静岡県立美術館「『幻触』と石子順造」
 同所蔵展「大地から(日本画の情景)」
 同県民ギャラリー「26回特別支援学校高等部合同作品」
昨年、なかなか足を運べなかった美術館だけに、大満足だった。
しかし・・私の感性にピッタリした作品が少なかった気がする。
1つ挙げるとすれば「寿老」(作・下村観山)。
いつまで観ていても飽きがこない、静かな日本画だった。
ネームバリューから言えば間違いなく「シャガール」なのだが、
彼の精神性がうまく理解できないのか、パリ・オペラ座天井画、
ステンドグラス、版画、その他の造形にも、心は動かなかった。
そんな時、地元の小学生たちだろうか、どどっと入ってきて、
静かな美術鑑賞は無理になったが、子どもたちは素直である。
シャガールの絵をじっと観た後、なぜか私に話しかけてきた。
「おじさん、僕たちのほうが上手いよ」
「うん、そうかもしれないね」と返したものの、
絵だけを単純に比べたら、正しいかも・・と感じてしまう私は、
絵の鑑賞センスがないんだろうな、と苦笑いした。(笑)
逆に、ちょっと心が揺れたのは、特別支援の子どもたちの作品。
この子たちの作品に、スポットを当ててあげたいな、と思う。
それが、行政の役割だと考えているから。



2014年02月26日(水)
ワレ狂カ愚カ知ラズ、一路ツイニ奔騰スルノミ。

映画「226」(五社英雄監督)から。
私たちの知っている「二・二六事件」と言えば、
「日本の陸軍皇道派の影響を受けた青年将校らが起こした
クーデター未遂事件」程度の知識である。
作品の中で印象的なのは、萩原健一さんが演じた
「歩兵第三連隊・野中四郎大尉」が、
ハンカチを窓ガラスに押し付けて、書き綴るシーン。
「ワレ狂カ愚カ知ラズ、一路ツイニ奔騰スルノミ。」
三浦友和さん演ずる「安藤輝三大尉」も、
「俺はこの言葉で動いた。この言葉で立ったんだ」と、
興奮して言うのだが、この部分の説明は僅かでわからない。
ネットで調べてみても、あまりピンとくる説明もない。
しかし「狂愚」と言う単語で、その糸口を見つけた。
なんと吉田松蔭が、自らを「狂愚」と呼んでいた。
「狂」は積極的に行動する人。
「愚」は退くことを知らぬ馬鹿正直な人間。

「狂・愚」あわせて、積極的な意味をもっているようだ。
ただし「社会に対する絶望の表現」という人もいる。
国をどうするかという意識を強く持ちながらも、
一途な思いで突進していくひたむきな生き方こそ、
青年将校と吉田松陰の共通点ではなかろうか。
いつの時代も「狂愚」と呼ばれる人たちが、社会を刺激する。
その人たちの熱い想いを、どう受け止められるかが、
私たち大人たちの役目であると思う。
この事件が、太平洋戦争に繋がった気がしてならない。



2014年02月25日(火)
そこに住んでいること自体がほっとする

講師「東郷和彦」氏(静岡県対外関係補佐官)

演題「2014年の日本外交と静岡県の対外関係」から。
いろいろな職歴・経歴をお持ちの彼が、自治体幹部職員研修に
どんな話を聞かれてくれるのか、とても楽しみに聴講した。
始めは、中国の尖閣問題に触れ、安倍総理の靖国参拝・・
今回はやはり、緊迫している外交問題が中心かな、と思いきや、
そんな話は序章であり、理想のまちづくりについて、
嬉しそうに語っている姿が、印象に残った。
安倍首相の「瑞穂の国の資本主義」については、何度も口にし、
「公共・自然・文化・伝統」を大切にすることとした、
教育基本法の改正(新しい教育理念)を褒めていた。
世界規模で21世紀の文明のリーダーになるためには、
「経済力」や「軍事力」ではないと言い切り、
「日本は少子高齢化でも、幸せなんだ」と思えるよえな
「住み心地」を重視したまちづくりの提案をしていただいた。
講演中メモした、多くのフレーズから選んでみると、
「そこに住んでいること自体がほっとする」ってことだろう。
世界では「イギリスのクッカム(Cookham)」が好き、と紹介し、
「日本ならどこだろう?」という問いが、心に引っかかった。
この話は、とても参考になったので、また後日紹介したい。



2014年02月24日(月)
「ごう音」の「ごう」は「轟」ですよ。

書籍「日本人の知らない日本語4」(蛇蔵&海野凪子著・
メディアファクトリー刊・143頁)(番外編・外国編)から。
シリーズで読んできて、えっ、本当?と疑いたくなるような、
文化の違いや、聴き間違い、いい間違いのエピソードが多数で、
いつも、飲み会で使えそうなメモが溢れてしまう。(笑)
今回は、ちょっと真面目なネタを一つ。「ベルギー」の項目だったかな。
「漢字が沢山ある方が楽ですよ! 知らない単語も意味が推測できますから。
日本は常用漢字に含まれない字を新聞でさえ、ひらがなにするでしょう。
あれ、やめてほしいです」
「『ごう音』の『ごう』は『轟』ですよ。せっかくすごくすごそうなのに。
なんで日本人は漢字を減らそうとするんでしょう。
むしろもっと作ればいいのに」
う〜ん、なるほど・・と、日本人の私でさえ納得する疑問だった。
ただ、読むことは出来ても、書くことは難しいから、
日本人としては、母国の漢字が書けないのは恥ずかしいし・・(汗)。
意味も推測し出来るから・・は、日本語を習っている外国人らしい視点だし、
それだけ、漢字というものをイメージで理解していることがわかる。
「バラ」より「薔薇」のほうが、トゲがありそうな気がするし、
「トゲ」より「棘」のほうが、尖っていたそうだものなぁ。
「薔薇の棘」・・なるほど、漢字が多いほうがいいかも・・。