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| 2013年12月18日(水) ■ |
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| 雪の音なのかもしれない |
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書籍「十二国記(丕諸の鳥)」の中の「丕諸(ひしょ)の鳥」、 (小野不由美著・新潮文庫刊・358頁)から。 作品の中に「静かな音」についての表現が出てくる。 「水の零れる音、流れる音、せせらぎ、さざなみ、 どれも違う気がする。かと言ってどんな風の音でもない。 水音も風音も、何かを語りすぎる気がする。もっと、静かに・・ そう、そうだな、確かに雪の音なのかもしれない」 どれも、心地よい音のはずなのに、静寂さを伝えるための音は、 「雪の音」という視点が、私を驚かせた。 「しんしんと降る雪」に「結晶とか、冷たさ」は想像できても、 かすかに感じる「音」までは思い浮かばなかった。 私が雪国に住んだことがないからだろうか。 窓から眺める、空から落ちてくる雪の音が、わからない。 水の音や風の音を、何かを語りすぎると感じる感性は、 研ぎ澄まされているに違いない。 雪国を訪れることがあったら、雪の音を確かめてみたいな。 (雪国に住んでいる方の御意見、お待ちしています。(笑))
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| 2013年12月17日(火) ■ |
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| 窓を開けるのは、子どもたち自身なのですから |
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書籍「子どもを本好きにする50の方法」 (さくまゆみこ著・柏書房刊・174頁)から。 1から50まで、なるほど、と思う方法が詰まっていた。 その中から少しだけ紹介しておこうと思う。 (13) 「本屋さんや図書館に慣れておこう」 本屋さんや図書館を、子どもにとって「おなじみの場所」に なるようにしてあげよう、そんな提言だった。 さらに「マナーを教えることも大切」と書かれていて、 私を喜ばせてくれた。 本が好きになると、自然に本を大切に扱うようになったり、 図書館の使い方もしっかり覚えて、職員と仲良くなったり、 いつ行っても安心できる、楽しい場所になるようだ。 実際に、カウンターに座るスタッフに聞いたら、 本が好きな子は小さくても、バーコードが読みやすいように 並べ直してくれたり、彼ら彼女らなりの思いやりが感じられ、 嬉しくなるという話を耳にした。 そして50番目の方法を読んで、さらに共感した。 (50)「本はさまざまな風景を見せてくれる窓」 「本は窓です。窓を開けると、ここが違う風景が広がっている。 世界を知る窓、言葉を知る窓、人の気持ちを知る窓。 本という窓から外を覗くと、 こちら側とは違ういろいろなものが見えてくるはず ただし、大人ができるのは、窓を用意することだけです。 窓を開けるのは、子どもたち自身なのですから」 窓を開けた子どもたちの顔を楽しみにしようっと。
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| 2013年12月16日(月) ■ |
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| 何を話していいか、わからないんだ |
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田村映二作品展「夢國旅日記」のスペシャル企画 「田村映二・宮西達也のギャラリートーク」から。 面白くなるだろうな・・と想像は出来たけれど、 予想をはるかに超えて、(私にとっては)大爆笑だった。 子どもの心を掴む天才・絵本作家・宮西達也さんと、 普段は、ほとんど子ども相手にしゃべらない(汗) ジオラマアーティスト・田村映二さん。 会場には、保育園児もいっぱい集まり、 宮西さんは得意分野、田村さんは苦手分野。 この違いが、漫才の「ボケとつっこみ」そのもの。 「ずっと沼津市の原で育ったの?」「はい・・えへっ。」 「(いろいろ話して)・・楽しかったねぇ」「楽しかったな」 突っ込み役の宮西さんが何度も口にする「もっとしゃべれよ」、 田村さんが口にする「何を話していいか、わからないんだ」。 しかししかし、田村さんは気付いたようだ。 「僕に子どもがいなかったから、 こんなしゃべり方ができなかったんだって」 そして妙に嬉しそうに話した「来年、生まれます」の一言が、 微笑ましかった。(先輩に対して、すみません(笑)) 来年、田村さんのしゃべりが、どう変わるか、楽しみである。
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| 2013年12月15日(日) ■ |
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| 落ち葉たち もうすぐ冬だと おき手紙 |
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地元小学校廊下の壁に貼られていた11月の「言葉遊び」一席、 「落ち葉たち もうすぐ冬だと おき手紙」 思わず・・うまいなぁ、とメモをした。 著作権があるかもしれないので紹介が遅れたが、 たしか作者は、小学校4年生。 この感性は、自然をじっくり観察していなくては、 こんな素敵な表現できないだろうし、 落ち葉が多すぎてもう大変・・と嘆く大人たちと違い、 この落ち葉さえなくなると、本格的な冬がやってくるよ、と 木々が「落ち葉」を使って、私たちに伝えてくれている。 落ち葉の光景は、この時期ならどこでも見かける。 いつも車で移動している人には、たぶん分かりにくい、 「晩秋」と「初冬」の違いを「もうすぐ冬」という文字で、 風の冷たさを感じさせてくれる。 こんな子たちが、日本の良さを伝えてくれることに感謝したい。
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| 2013年12月14日(土) ■ |
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| 巡り巡り巡り巡って |
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映画「さや侍」(松本人志監督)から。 侍が竹林から走ってくるオープニングシーンと 最初から約9分間、台詞らしい台詞がほとんどない展開に、 ちょっぴり期待したが、「30日の業」たる変な処罰から 物語がわからなくなってきてしまった。 映画のジャンルを確認する必要を感じた、笑えないギャグが とことん続く。 いい加減にしろよなぁ、と呟きながら、ラストシーン。 きっとこの30回目で、悲しみに浸っていた若殿がニコッとして、 めでたしめでたし、侍は無罪放免を予想していたが、 期待に反して笑わず、切腹を言い渡される。 もう一回与えられた「辞世の句」で面白いことを言い、無罪放免・・ という勝手に想像したストーリーも、裏切られた。 ただこの時から、映画の軸である、父と娘という親子の関係が 急浮上してくる。 娘に悟られないように渡された、娘に宛てた手紙。 (竹原ピストル作詞作曲のエンディングテーマ曲) 「巡り巡り巡り巡って あなたが父の子に産まれた様に 巡り巡り巡り巡って いつか父があなたの子に産まれるでしょう 巡り巡り巡り巡って ただそれだけですがそれが全てです」 お笑いの映画と勘違いしていた私は、ここで号泣。 「父と娘」の関係って「母と娘」とは全然違うんだよなぁ。 映画「アルマゲドン」の「父と娘」の親子愛を思い出した。
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| 2013年12月13日(金) ■ |
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| 50代の大人がゆっくり本を選べる場所 |
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書籍「伊藤まさこの雑食よみ」(日々、読書好日) (メディアファクトリー刊・169頁)から。 この中では、本ばかりでなく、お気に入りの書店なども、 非常にいいタイミングで紹介している。 神田古本屋街のちっちゃな書店や、松本の雰囲気のある書店、 そして、今注目を集めている書店まで、いろいろ。 今回、私が気になったのは「代官山蔦屋書店」。 佐賀県武雄市立図書館の指定管理を受けたことでも、 気になる存在の企業であるから、 先日、実際に足を運んで、隅々まで確認してみた。 「2011年12月オープン」、既に2年も経過しているというのに、 その斬新さは、驚くばかりであった。 この本の紹介文は、たしかこう書かれている。「大型書店なのに、 どこかしら個人の方の書棚をのぞいているような気になるのは、 きっと各専門分野のコンシェルジュの方たちのおかげなのですね。 50代の大人がゆっくり本を選べる場所というのが、 この書店のコンセプト」。そのとおりであった。 さらに「こういうお店があったらいいな、という 本好きな大人の思いがかたちになった。 たまに訪れては、幸せな時間を過ごさせてもらっています」。 大切なのは、目新しさではなく、コンセプトなんだと、 改めて実感した形となった。
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| 2013年12月12日(木) ■ |
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| しもさんに恥をかかせるわけにはいかないでしょ |
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造形絵画師・田村映二さんの作品展「夢國旅日記展」が、 清水町地域交流センターで、今週末から始まる。 (沼津市在住の「タムタム」といったほうがわかるかな?) 今回の企画展にあわせて、御自身の肩書を変えるところが、 彼らしいこだわりで、実に面白い。 5月くらいから少しずつ打合せを始めていたが、 現実に作品が並べられると、その魅力が倍加してきた。 私の予想以上の作品群に驚き、つい野暮とは思いながらも、 「田村さん、予算伝えてありますよね?」と訊いたら、 「わかってるよ、だけど妥協したくないんだ」と言いながら、 「しもさんに恥をかかせるわけにはいかないでしょ」。 さらっと口にした台詞に、胸がジーンとして涙が出そうだった。 春には、主に子どもたちを喜ばせたくて「宮西達也絵本原画展」、 秋には、主に高齢者を喜ばせたくて「前田光一木版画展」、 そして、この冬、主に若い人たちを喜ばせたくて 「田村映二夢國旅日記展」と続けてきたが、 今年の企画展は、どれも私が開催したかったものばかりだから、 大満足の一年になりそうだ。 クリスマス(25日)まで続く「タムタムワールド」は、 公共施設での開催は初めてという、おまけつき。 田村映二美術館が、台湾(花蓮市)にオープンして、 これから、ますます活躍が期待される「ジオラマ・アーティスト」は、 なんと宮西さんと同級生で、私の憧れの先輩たちである。
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| 2013年12月11日(水) ■ |
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| 生きるってことは、嬉しいこと半分、辛いこと半分 |
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書籍「十二国記(風の万里、黎明の空)」(小野不由美著・ 新潮文庫刊・上350頁・下370頁・計720頁)から。 場面設定を説明しても、わかりづらいだろうからしないけど、 人の幸せ・不幸せについて、語る場面がある。 そのキーワードが「嬉しいこと半分、辛いこと半分」。 「人が幸せであるのは、その人が恵まれているからではなく、 ただその人の心のありようが、幸せだからなのです」 「苦痛を忘れる努力、幸せになろうとする努力、 それだけが真に人を幸せにするのですよ」 「人よりも不幸なことを探してさ、ぜ〜んぶ、それのせいにして、 居直って、のうのうとしているのって。 単に人より不幸なのを自慢しているだけじゃねえの」 「べつに不幸じゃなくても、無理やり不幸にするんだよな・・」 「気持ちよく不幸に浸っているやつに、同情するやつなんていないよ。 だって、みんな自分が生きるのに、いっしょうけんめいなんだから」 「自分だって辛いのに、横から同情してくれ、なんて 言ってくるやつがいたら嫌になるよ」 「自分が一番可哀想だって思うのは、自分が一番幸せだって 思うことと同じくらい気持ちいいことなのかもしれない」 「人が幸せになることは、簡単なことなんだけど、難しい・・」 「生きるってことは、嬉しいこと半分、辛いこと半分なんだって」 数えたらキリがないくらいメモは増え、私の心に残った。 いろいろなことを教えてくれる、SFファンタジーである。
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| 2013年12月10日(火) ■ |
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| 私もあなたの数多くの作品のひとつです |
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書籍「タモリ論」(樋口毅宏著・新潮新書刊、190頁)から。 全体的には「タモリ論」とわかっていながらも、 「北野武さん」や「明石家さんまさん」を小馬鹿にしたような その内容に、途中で、読むのをやめようか、と迷ったのが本音。 しかし「人類が誕生してからというもの、 この世界には七つの芸術があると、言われています。 建築・彫刻・絵画・音楽・詩・演劇・そして映画」や、 ちょっと頷いてしまった「笑いについて知る者は賢者だが、 笑いについて語るものは馬鹿だ」というフレーズ、 さらに「優れた芸術家は真似る。偉大な芸術家は盗む」 は、悔しいけれど納得してメモしてしまった。 また、赤塚不二夫さんの告別式でタモリさんが読んだ弔辞、 「私もあなたの数多くの作品のひとつです」は、心に残った。 この本を思い出すには、やはりタモリさんの人柄を表している このフレーズだなと、選んでみた。 「料理は家庭の中でできる最高のクリエイティブなことだ」 これも、どこか挨拶で、使わせてもらおうっと。(汗)
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| 2013年12月09日(月) ■ |
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| 礼なら、父に |
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映画「フィッシュストーリー」(中村義洋監督)から。 伊坂幸太郎さんの同名小説の映画化であるが、 場面設定も違うシーンが多く、最初ちょっと戸惑ったのは本音。 もちろん原作をそのまま映像化する場合もあるし、 今回のように、根底に流れる考え方は崩さず、 監督や脚本家など、映画スタッフにより変える場合もある。 どちらもありだと思うし、原作者が納得してくれればいいのだろう。 私は、原作がある場合、最初に図書館で本を借りて読む。 そして、じっくり読み終えてから、映画観るタイプなので、 この文字が、映像になるとどう変わるのか、 原作でメモした台詞が、映画でも使われているかな?などという ちょっとオタクっぽい鑑賞の仕方をしているのも事実である。 「風が吹けば桶屋が儲かる」的な物語で、偶然が重ならないと 繋がっていかない展開の中、大事な役割は「正義の味方」の出現。 小説では「ハイ・ジャック」、映画では「シー・ジャック」をやっつける役、 彼がいなければ、この物語は続いていかないのだが、もっと面白いのは、 その「正義の味方」を育てた父親がいたから・・という視点。 それを思い出すのは、正義の味方が事件解決の後、呟く台詞であろう。 「礼なら、父に」 (書籍では、最終的に世界を救った女性が呟く。 「お礼は、その人のお父さんに」) 世の中に起きていることは、すべて多くの人が関わっていることを この作品で、再認識する事になる。(笑) この映画を観ることが出来たのも、伊坂幸太郎さんを育てた親がいたからだな。
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